物語序章 第一版 84章
大陸を貫く高速の道 ― 幹線道路建設計画 ―
新大陸の地に鉄路が走り、貨物列車が昼夜を問わず走り抜けるようになってから、
新たな輸送の課題が浮かび上がっていた。
それは「時間」と「柔軟性」だった。
鉄道は大規模な物資輸送には優れるが、
目的地ごとに荷を積み替えねばならず、
細かな配送や都市間の迅速な移動には限界があった。
そこで明賢は次なる命令を下す。
「鉄の線の次は、アスファルトの道だ。
大陸を一本の道路で貫け。
どこまでも速く、どこまでも安全に――」
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高速道路計画の始動
建設局は即座に動き出した。
ノーフォーク、ニューオリンズ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストン――
これら主要都市を基点に、**「日本新大陸幹線道路網」**の建設が始まった。
設計理念は明確だった。
・都市と都市を直線で結ぶこと。
・トラックが高速で安全に巡航できること。
・未来の拡張を見越し、片側4車線を確保すること。
・交差点を廃し、立体交差とインターチェンジ方式を採用すること。
測量班は再び緯度経度を基にルートを割り出し、
道は山を削り谷を埋め、
橋梁は大河を跨ぎ、
砂漠には一直線の黒い帯が伸びていった。
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高速道路の形、そして思想
各都市から伸びる高速道路は、格子状の構造で形成された。
主要路線には番号が振られ、
「日本新大陸第一幹線(EN-1)」はロサンゼルスからニューオリンズ、
「日本新大陸第二幹線(EN-2)」はノーフォークからサンフランシスコを横断する。
そして内陸部にはそれらを縦に結ぶ支線網が張り巡らされた。
舗装はアスファルトとコンクリートの二重層。
橋には重トラックが何十年走っても割れぬよう、
下層には鉄筋を組み、排水路を左右に備えた。
中央分離帯には整備用道路と電信線が通され、
夜間は等間隔に街灯が灯る。
建設初期から整備局と軍輸送部隊の共同運用が定められ、
戦時・災害時には即座に軍車両が通行できるよう設計されていた。
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サービスエリアという新たな文化
また、100キロごとに**「サービスエリア(給油所兼休憩拠点)」**が設置された。
燃料補給用の大型タンク、整備ピット、食堂、休憩所、宿泊施設を完備。
冷蔵・冷凍貨物を運ぶトラックには電源供給装置も備わっており、
夜間停車中も貨物温度を維持できるようになっていた。
整備士たちは24時間体制で常駐し、
「道の街」と呼ばれるほどに、
サービスエリアは新たな生活圏を形づくっていった。
やがてドライバーたちはその距離を「〇〇サービスまであと50キロ」と言い合い、
まるで旧来の宿場町のように、
道中の節目として親しまれるようになる。
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アスファルトの大陸
完成した高速道路は、鉄道と並ぶもう一つの文明の血管だった。
物流はさらに高速化し、地方都市は即座に首都圏や港湾と繋がった。
トラックのヘッドライトが夜の荒野を連なり、
赤いテールランプが地平線の彼方まで伸びていく。
整然とした線形、滑らかな舗装、
それはまるで大陸そのものが意志を持ち、
「前へ進め」と語りかけているようだった。
大陸を動かす影の都 ― 物流拠点と倉庫都市 ―
日本新大陸幹線道路が完成して間もなく、
各地の道路管理局には新たな課題が舞い込んでいた。
「この速さで物を運べるなら、
どこに、どれだけ蓄えておくべきかを考えねばならぬ。」
輸送は速くなった。
だが、物が動くたびに積み替え・仕分けが発生し、
それを管理する施設が必要だった。
こうして**物流拠点**の構想が生まれた。
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インターチェンジに集う「動脈の節」
高速道路の主要インターチェンジ付近、
都市部から少し離れた平地には、
巨大な平屋の建物がいくつも建ち始めた。
どれも数百メートルにも及ぶ倉庫。
整然と並ぶトラックの列、
滑らかに走るフォークリフトの音、
仕分け機の金属音が、
昼夜を問わず大地に響いた。
それはまるで**静かに脈打つ“都市の心臓”**だった。
各地の倉庫群は番号で管理され、
「第一区画 北関東総合拠点」「第七区画 山番市西物流港湾区」などと呼ばれた。
高速道路を降りてすぐ搬入口に入れる構造となっており、
都市部への渋滞を避けるため、
流通は郊外で分岐し都市へと流れる設計が取られた。
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機械と人の融合 ― 日本国の新しい労働形態
内部では、鉄道とトラックの連携が緻密に管理された。
鉄道で運ばれてきた貨物は、倉庫のプラットフォームで降ろされ、
すぐさまトラックに積み替えられる。
「午前の列車が着くぞ、ラインを開けろ!」
「2番レーンは東行き、3番レーンは冷蔵だ!」
作業員たちは統一された制服にヘルメット、
端末代わりの紙とペンを片手に走り回った。
まだコンピューターによる完全な管理は不可能だったが、
緻密な帳簿と人の目によって、
驚くほど正確な物流が成り立っていた。
冷凍倉庫ではスターリング式冷凍機が低音を保ち、
常温倉庫では金属製の棚が整然と並び、
食料から金属資材まであらゆる物が一時保管された。
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倉庫都市の誕生
やがて物流拠点の周囲には人々が住み始めた。
家族連れの作業員、運転手、整備士、管理官――
彼らの生活のために商店や診療所、学校が建てられ、
それは一つの**「倉庫都市」**として形を持ちはじめた。
夜になると、道路沿いの街灯が青白く光り、
トラックのエンジン音が遠くまで響く。
昼と夜の境目が曖昧な街。
時間を問わず動く人々の町。
誰かが言った。
「ここは眠らない街だ。
物が動く限り、俺たちも動き続ける。」
倉庫都市は北米大陸のいたるところに生まれ、
それぞれが交通の要として機能していった。
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物流の新しい地図
山番市からバンクーバーへ、
ノーフォークからニューオリンズへ、
羽合から列島本土へ――
全ての拠点は、線と線で結ばれた。
海の上では貨物船が行き交い、
陸ではトラックと列車が交差し、
海中では海底ケーブル通信によって指令が飛び交った。
日本国の新大陸物流網は、
まるで人間の神経網のように大陸を覆い、
どんな遠方の都市にも、
「物が届く」という安心をもたらした。
それは単なる物流の発展ではなく、
文明そのものの鼓動であった。
日本大陸輸送網の再編 ― 軍の手から民の手へ ―
新大陸と日本を結ぶ航路が定期的に往来し始めた頃、
輸送の中心にいたのは依然として軍の輸送部であった。
しかし、日本が平和と発展を手にしつつある中で、
もはや軍の手で全てを動かす時代は過ぎ去ろうとしていた。
「このままでは、物資の流れが軍の手で滞る。」
「我々は守る者であって、運ぶ者ではない。」
軍幹部たちの言葉を受けて、政府は新たな組織の設立を決断する。
それが――日本国大陸輸送庁であった。
この新庁は軍から輸送部署を引き継ぎ、
国内外の港湾・道路・鉄道・航路のすべてを一元管理する。
軍人出身の技術士官、鉄道省の職員、造船技術者らが集まり、
“平和のための輸送”という理念のもと再編が始まった。




