物語序章 第一版 82章
国境
数週間後、隊はさらに西へ進み、南下を開始した。
湿気を帯びた風が次第に熱を帯び、地平線には乾いた山々が見え始める。
やがて彼らはレイノサと呼ばれる町にたどり着く。
そこで、思わぬ存在と遭遇する――スペイン帝国の部隊だった。
赤と金の旗が風にはためく。
スペイン語の怒号が飛び交い、一瞬、緊張が走る。
だが、両軍ともに無用な衝突を避けたい思いは同じだった。
「我々は日本国の者だ。戦うために来たのではない。」
通訳官が穏やかに告げると、スペイン側の司令官も驚きつつも警戒を解いた。
「ならば話をしよう。互いの領土のために。」
次の週、鹿児島へスペイン大使が招集された。鹿児島で外交交渉が始まる。
木製の机を挟み、協議が繰り広げられる。
スペイン側は新大陸の中南部――中南米を既に掌握しており、
日本国は北部の開拓を急速に進めていた。
「我々としては、この大陸での衝突は望まぬ。」
スペイン側代表が言う。
「では――以北の大陸は我が日本国の統治下に。
以南は貴国が治めるということで、いかがか。」
日本側代表が答えた。
沈黙ののち、スペイン代表は深く頷いた。
「……良いだろう。新たな時代に備えるためにも、争いは避けたい。」
こうして、両国の間に**“新大陸分割協定”**が結ばれた。
以北は日本、以南はスペイン――互いの領土を尊重し、
開拓と発展を進めることを約束する。
その夜、情報はニューオリンズ隊の基地へ送られる、外では風が砂を巻き上げていた。
若い兵士が遠くの星を見上げて呟く。
「これで……俺たちの行く先が決まったんだな。」
彼の声に、隣の工兵が笑う。
「そうだ。ここからが、本当の開拓だ。」
レイノサの夜、二つの国の境界が静かに決まり、
北米大陸は――新たな均衡の時代へと踏み出した。
西海岸――山番市を中心に、北と南、そして東へと伸びていく線路が、まるで大地の血管のように広がりつつあった。
太平洋から吹きつける潮風の中、砂塵を巻き上げながらトラックが走り抜ける。地平線の先には線路を敷く工兵たちの列が続いていた。
「こっちの枕木、あと二十本だ!急げ!」
「了解!次のレール接続まで二時間で終わらせろ!」
掛け声とともに、鉄のレールが一枚、また一枚と並べられていく。
その先頭には“山番開発局”の旗を掲げた指揮車両がゆっくりと進み、測量班が緯度と経度を確認しながら、真っ直ぐな路線を描き出していた。
山番市は、今や太平洋沿岸最大の拠点となっている。
港湾部では巨大なクレーンが休む間もなく資材を積み上げ、ドックでは輸送船が何隻も停泊している。
上陸してから数年――木造の桟橋だった港は、今ではコンクリート製の防波堤に守られ、都市の中心には電信線が張り巡らされた。
「東への線路はあとどれくらいだ?」
測量士が地図を広げると、工事監督が答える。
「砂漠地帯の手前まで来てます。もうすぐニューオリンズ隊が東から伸ばしてきた線路と繋がるでしょう。」
「そうか……ようやく大陸がひとつの鉄で繋がるわけだな。」
その背後では、別の隊が沿岸部の南へ向けて進んでいた。
南方へは砂地の多い地形を抜け、やがて温暖な海岸線に達する。そこでは漁業基地の建設と小規模な街の造成が始まっていた。
北方では森林地帯の伐採と港の拡張工事が進んでおり、将来的には羽合や副嶺島への航路を結ぶ中継地とする計画である。
工事現場の隅では、若い測量士が双眼鏡を覗き込みながら呟いた。
「昔、ここにはただの荒れ地しかなかったんだよな。」
隣にいた老練な工兵が頷く。
「ああ、けど今じゃ海から山まで鉄の道が通る。次は大陸のど真ん中だ。日本の鉄道が、新大陸を貫く日も近い。」
その夜、山番市の街には灯がともり、太平洋の風に鉄道の汽笛が響いた。
港に停泊した輸送船の甲板から、整備士の一人が遠くの線路を眺めて呟く。
「いずれ、この道が汎名を越えて大西洋まで続くのかな……」
こうして西海岸は、すでに“辺境”ではなく、大陸を繋ぐ新たな文明の玄関口として動き始めていた。
南洋の波を越えた船団がサンディエゴの浅瀬に静かに錨を下ろした。
旗艦には「開拓第五隊」の文字があり、甲板には線路資材、杭打ち機、ブルドーザー、トラック、測量具、通信機器――そして多数の入植者と工員が並んでいる。
明賢からの指令は簡潔だった。
「西海岸の要所を押さえよ。北へはサン・ロサンゼルスを経て山番市へ、南へは半島の確保、東へは西海岸の起点をロス・モチス、そして東海岸の起点をレイノサ(Reynosa)緯度沿いに直線の国境を明示せよ。往来は遮断する構えで。」
上陸するとまず港湾の整備が始まった。
仮設桟橋を打ち、倉庫を建て、補給線を確保する。測量班が方位を取り、鉄道班が枕木とレールを並べ始める。
「まずはサンディエゴ—ロサンゼルス—山番市の幹線確立だ。北への線路で物資と人員を迅速に送れるようにする。」
工兵は昼夜を問わず働き、列車通行に耐える路盤を築いた。沿線には中継基地が等間隔で置かれ、工場、給水塔、修理小屋が整備される。
同時に南進部隊はカリフォルニア半島へ渡り、半島沿岸の小港を確保した。
半島の尾根に沿って小規模な防波堤と停泊湾が築かれ、補給線として機能するように整備される。現地の地形を生かしつつ、将来の基地化を見越した簡易道路網も敷かれた。
東へ向かう別働隊は、砂漠地帯と小さな山脈を横断しながらロス・モチス方面を目指す。
ここでは給水と補給が最大の課題だったため、井戸掘削班と補給中継船団が先行して働く。測量により選定された経路はできる限り直線化され、緯度経度を整えた碁盤目のような道づくりが進められた。
そして国境線画定――レイノサ付近での作業は慎重を要した。
スペイン側との協定に基づき、両者の代表が現地で再確認の会合を持ち、測量士たちが正確な経緯度を両国の記録に落とし込む。合意に達した地点には、鉄の杭と石の標柱が一定間隔で打ち込まれた。
日本側の作業は厳格で、国境は「交流を遮断する」ための物理的境界として整備される方針だ。監督官は計画を説明した。
「我々は通過検問を置かず、恒久的な柵と排水溝(防護溝)を併設する。往来を物理的に阻むことで、国境管理の負担を最小化する。」
作業は単なる杭打ちでは終わらない。柵は二重構造とし、外側には幅のある掘り下げ(排水兼防護溝)を配する。夜間監視のための巡視路、見張り台、少数の観測小屋が等間隔に設置され、地下に隠された通信線で連絡網が張られた。
「表向きの我々の目的は『戦うための砦』ではなく『不可侵の線』だ。人の行き来は遮るが、管理と監視は確実にする。」現地責任者の言葉は冷静だが決意に満ちていた。
サンディエゴの港では、北行きの貨車が満載で出発し、山番市方面へと走り出す。南側では半島の小港が交易の受け皿として機能を始め、東側では杭列が伸び、国境の輪郭が大地に刻まれていく。
開拓民たちは格子状の区画に家を建て、商店を開き、学校を作った。道は精密に緯度経度を測定され直線的に、まっすぐ未来へ伸びる。だがその外れに、長い柵と深い溝が静かに横たわる。
夜、サンディエゴの街外れで若い測量士が星を見上げる。
「やったな、つながった。」
「つながったが、同時に線を引いた。境は守るものと守られるものを分ける。」
隣の老兵は黙って頷き、焚き火の火をそっと撫でた。




