物語序章 第一版 75章
資源の受け入れ
黒き血脈 ― 石油輸送艦隊と房総備蓄基地 ―
冬の終わり、アンカレッジ港の湾内に、
黒光りする船体がずらりと並んだ。
艦首には「日本国輸送艦第一船団」と記された白文字。
総計十五隻――うち十隻が大型タンカー、
残り五隻は補給艦と護衛艦である。
艦隊司令の桐原が、出航前の甲板で声を張り上げた。
「我々の任務は、北の血を日本へ運ぶこと! 一滴も無駄にするな!」
整然と並ぶ乗組員たちは、無言で敬礼を返した。
各艦のエンジンはすべてディーゼル駆動。
雪と氷で試された信頼の機構だ。
燃料は自給しながら、航海距離に合わせて搭載量を細かく計算する。
司令艦の機関室では、機関士が圧力計を睨みながら呟いた。
「電子制御なしでここまで動く……まるで生き物みてぇだ。」
港を離れると、
艦隊はアリューシャン列島沿いを南下し、北太平洋へ進む。
海は荒れ狂い、波が甲板を打つ。
だが各艦の船体は厚い鋼板で補強され、
船員たちは平然と作業を続けた。
途中、補給艦から補給を行うと、
再び進路を西へ――目指すは東京湾である。
数週間後、房総半島沖に到着。
曇天の中、半島沿いの岬にはすでに巨大な桟橋が姿を現していた。
それが、房総石油備蓄基地の第一期施設であった。
「見ろよ……まるで鉄の森だ」
若い通信士が呟く。
眼下には、幾重にも並ぶ銀色のタンク群、
地面には新設のパイプラインが縦横に走り、
タンクローリーが蟻のように行き交っている。
艦隊の先頭がゆっくりと接岸する。
タグボートがホースを接続し、
黒い原油が日本の地に再び流れ込み始めた。
備蓄基地の司令棟では、
国土交通省とエネルギー局の職員が
有線通信で各地と連絡を取り合っている。
「タンク一号、注入開始。流量良好」
「二号タンク、圧力安定」
「第三船、接続準備完了!」
房総基地は、東京湾の湾外に位置し、
もし戦時や災害で湾内施設が被害を受けても、
独立して稼働できるよう設計されていた。
地下には岩盤層を利用した貯蔵トンネルが掘られ、
地上の十倍もの容量を誇る巨大な貯油空間が存在する。
夜、基地の上空には赤い警告灯が灯り、
灯台の光が海面を照らす。
輸送艦隊の乗組員たちは交代で岸に上がり、
基地の食堂で温かい飯を囲んでいた。
「これが……祖国の光ってやつか」
「ただの港じゃない。未来を燃やす心臓だ」
その声を聞きながら、
司令の桐原は静かに頷いた。
――北の血が、日本の心臓に通い始めたのだ。
黒の血脈 ― 全国石油輸送網の確立 ―
房総の海風が吹く。
巨大な備蓄タンク群の間を、パイプラインが何本も伸び、
その先は地平線の向こうへと続いていた。
明賢の計画は、ここを「日本の心臓」として機能させるものだった。
「ここから流れ出す油が、国の産業を動かす血になる」
エネルギー局長の言葉に、現場の職員たちは頷いた。
まず最初に、東京湾沿岸に並ぶ石油発電所と化学コンビナートへ、
専用の中型タンカーによる定期輸送ルートが確立された。
艦隊で培ったディーゼル技術を応用し、
小回りの効く船が日本沿岸を縦横に走る。
各発電所の港では、油を受け取る専用のタンクが整然と並び、
昼夜問わずポンプの低い唸りが響く。
関東から西へ――
東海道沿いには名古屋・大阪・北九州といった主要拠点が建設され、
それぞれが房総半島の中央基地と海上輸送ネットワークで結ばれた。
瀬戸内海沿岸では、穏やかな波を利用して補給港を整備し、
夜には白く灯る灯台が中型タンカーの帰路を照らす。
陸路の輸送も同時に進められた。
鉄道省は燃料輸送専用の「油槽車」を設計。
黒光りするタンク車が列をなし、
東京から関西、九州へと続く幹線を走り抜ける。
駅ごとに油槽所が設けられ、
列車が停まるたびに、手際よくバルブが開閉された。
トラック部隊もまた、この流通を支えた。
日本国建機製のディーゼルトラックが、
各発電所や工場、農村の機械化拠点まで燃料を運ぶ。
運転手たちは皆、白いヘルメットに「黒き輸送隊」の紋章を付けていた。
彼らの仕事は危険で、だが誇り高いものだった。
「この油一本で、工場が一日動くんだ」
そう言って笑う若い運転手の背に、
夕陽がオレンジ色の影を落とした。
房総基地の中央管制室では、全国の燃料データが
銅線を通じてリアルタイムに集められていた。
有線通信機の前に座る通信士が声を上げる。
「大阪・北九州、貯蔵率80パーセント! 次便、出航準備とのことです!」
「了解。第四タンカー、明朝出港!」
有線のランプが点滅し、各地の音声が交錯する。
電子制御もコンピュータ化もない時代、
だが人の手と頭脳によって動くこの体制は驚くほど精密だった。
やがて、夜。
房総の海岸から見える灯は、もはや漁火ではなかった。
それは全国の発電所がともす「文明の火」。
日本列島の隅々まで、黒き血脈が通い始めていた。
石炭と石油の安定供給により、
ついに地方都市にも“夜の光”が灯り始めた。
これまで東京や横浜など一部の地域だけが明るく照らされていたが、
千葉の油田と房総半島の石油備蓄基地、
そして各地に建てられた新しい石油発電所によって、
光は山を越え、海を渡り、全国へと広がっていった。
まず最初に明るくなったのは大阪だった。
淀川沿いの工業地帯には巨大なタンクが並び、
そこから延びた送電線が街へと張り巡らされていく。
夜になると、道頓堀の水面に電灯の光が反射し、
初めて見る「夜の街」を人々は静かに見上げた。
「これが……電の灯りか。」
手に提灯を持っていた老人が、
もう火を灯す必要がないことに気づき、微笑む。
広島では瀬戸内海沿いの石油発電所が稼働を始め、
港のクレーンや倉庫の屋根に白い光が落ちた。
夜も船の荷役ができるようになり、
「夜の港」という新しい風景が生まれた。
潮風の中で光る鉄の艀、遠くで聞こえる汽笛。
それはもう戦国の港ではなかった。
北九州では、鉄と石炭の町がさらに変わった。
八幡の製鉄炉群が夜を赤く染め、
その上空に電灯の白い光が重なる。
昼夜の区別が消えつつある――
そんな錯覚すら覚えるほど、工場は活気づいていた。
機械の基礎には天然ゴムが使われ、
潤滑油にはオーストラリア産の資源が流れ込む。
地方の工業化が始まったのだ。
一方で、農村の夜も変わりつつあった。
これまで油灯と囲炉裏だけが頼りだった集落に、
電柱が立ち、電線が張られ、
村の集会所に初めて電灯が灯された。
その光を見た子どもたちは歓声を上げる。
「昼みたいだ!」
「これで勉強が夜でもできるぞ!」
老人たちは火の気のない灯を恐る恐る見つめ、
やがて温かい笑みを浮かべた。
夜の町並みが変わった。
街灯が等間隔に並ぶ通りでは、
商店の看板が光を浴び、窓越しに談笑の声が漏れる。
電力の安定化は、
人々の生活に“時間の自由”を与えた。
夜はもはや休息だけのものではなく、
働き、学び、語り合う“もうひとつの昼”になった。
静かな夜道を走るトラックの荷台には、
ガストーチ用のガスタンクと工具箱が揺れている。
運転手は笑いながら言った。
「今や、夜でも仕事ができる。眠らない町だ。」
こうして地方都市は、
東京に続く第二の夜明けを迎えた。
それは文明の光が、
国のすみずみにまで染み込んでいく始まりだった。




