物語序章 第一版 71章
第二次・第三次遠征隊の出航
前回の大航海から数年。
日本国はその成功をもとに、より広範囲の調査を目的とした
第二次・第三次遠征隊を組織することとなった。
今回は航路も長く、調査範囲も広い。
第一隊は北方へ――日本列島から樺太、そしてアリューシャン列島を経てアラスカを目指す。
第二隊は南方へ――台湾、グアム、パプアニューギニア、
そして広大な未知の大地・オーストラリアへ向かう。
江戸湾の造船所では、出航の準備が進んでいた。
巨大なディーゼル補給艦の船体が次々と滑り出し、
造船工たちのかけ声が夜明けの霧に響く。
今回の遠征では、以前よりも燃料効率の高い新型エンジンを採用し、
補給艦には冷蔵倉庫・燃料タンク・医療区画・工作室を完備。
まるで小さな浮遊都市のような設備を持つ艦隊となった。
明賢は出航式の壇上で静かに語った。
「我々が目指すのは征服ではない。
この地球のすべてを理解し、
正しく扱うための“知”を手に入れることだ。」
彼の言葉に、士官や学者、技術者たちはうなずいた。
今回の遠征には軍人だけでなく、地質学者、植物学者、気象学者、
さらには工業技術者や民間移民までもが同行する。
探索だけでなく、将来の開発と資源確保を見据えた計画的な航海だった。
特に南方行きの艦隊――「南洋探査団」は、
その規模が桁違いであった。
数十隻の補給艦が並び、各艦には重機の部品や資材が満載されている。
中でも注目は、東京郊外の工場で新たに開発された
日本国建機採掘車一号(愛称:クジラ)。
この巨大な露天掘り用採掘機は、オーストラリアでの地下資源探索を目的に設計されたもので、
現地で組み立てられれば、山をも削る威力を持つ。
航路は慎重に分けられた。
北方探査隊は寒冷地での動植物調査と油田の探索、
南方探査隊は熱帯圏での鉱物資源と農業用植物の調査を担う。
両隊とも通信衛星こそまだ存在しないが、
長距離無線機と独自の暗号通信方式を導入し、
母国との連絡を途絶えさせないよう工夫が施されていた。
出航の日――
艦橋に立つ艦長が敬礼をし、汽笛が低く鳴り響く。
その音は湾全体にこだまし、見送る民衆の胸を震わせた。
「北方隊、発進――!」
「南洋隊、続け――!」
白い波を切り裂きながら、日本の艦隊は再び未知の海へと向かう。
行く手には、氷の大陸と灼熱の島々。
そしてその先には、まだ誰も知らぬ新しい未来が待っていた。
アラスカ編 北の果てを望む航路
北上する艦隊のエンジン音が、朝靄の日本海を震わせていた。
冬の名残を帯びた風が冷たく頬を撫で、甲板に立つ隊員たちは白い息を吐く。
艦首には、国旗と共に「北洋探査隊」の旗がたなびいていた。
「海氷が増えてきたな……」
操舵室で双眼鏡を構えた副長がつぶやく。
前方の海には、点々と白い氷塊が浮かび、
ゆっくりと潮流に流されていく。
艦隊は北海道北端の宗谷海峡を抜け、北方四島の沿岸を慎重に進んでいた。
羅臼岳の雪を遠くに望みながら、
艦隊はゆるやかに千島列島の列を追って北上を続ける。
霧が濃くなり、視界は徐々に白く染まっていく。
通信室から声が響いた。
「気温、マイナス二度。風速、北東七メートル。
氷塊、前方七百メートルに多数確認!」
艦長が短く指示を出す。
「速度を半減、見張りを二重にせよ。氷の海は油断できん。」
昼夜を問わず続く監視。
波が荒れるたび、艦の外板を叩く音が鋭く響いた。
しかし、この極寒の航海にも慣れた隊員たちは、
無駄な言葉を交わすことなく、淡々と作業を続けた。
その中には、旧松前藩出身の北国育ちの兵も多く、
「この寒さならまだ春みたいなもんだ」と笑っていた。
数日後――
千島列島の最北端、占守島を抜けると、
水平線の向こうに鈍い灰色の陸影が見えた。
「陸地、発見!」
見張りの報告に艦橋がざわめく。
海図を広げた航海士が叫ぶ。
「ここが……アラスカか!」
空は厚い雲に覆われ、
波間には氷山が不気味に漂っていた。
しかしその先に広がるのは、
どこまでも続く森林と山脈――
未だ人の手が入っていない大地だった。
明賢は通信越しに言葉を送る。
「ここが、北の新世界だ。
焦ることはない。まずは観測と調査の準備を整えよ。」
艦隊は慎重に距離を取りながら、
アラスカ沿岸を南へと舵を切った。
上陸の時は、もうすぐそこまで迫っている。
アラスカ上陸 ― 氷と鉄の港湾都市
灰色の雲が低く垂れ込め、海面に雪のような霧が流れていた。
艦隊は慎重に速度を落とし、湾内へと滑り込む。
氷を砕く鈍い音が、金属の船体を震わせた。
「ここが……アンカレッジなる地だ」
航海長がつぶやき、明賢は頷いた。
冷たい風の中、甲板には緊張と高揚が入り混じった空気が流れていた。
小型舟艇が海面に降ろされ、隊員たちは厚手の防寒具を身にまとって浜へと漕ぎ出した。
上陸と同時に周囲の安全確認が行われ、杭が打ち込まれる。
「第一測量班、東へ展開!」「重機班、クレーンの組み立てを開始!」
号令が飛び交い、静寂だった氷の大地に人の声と機械の音が響き渡った。
初日に建てられたのは、仮設の通信所と燃料庫。
そこからわずか数週間で、港湾の骨格が立ち上がっていった。
氷上でも動ける特製のブルドーザー〈日本国建機6号:氷雪仕様型〉が、
厚い地盤を削り取り、凍土の上に鉄の杭を打ち込む。
「これで冬の嵐が来ても崩れはしないな」
現場監督の清助の言葉に、作業員たちは誇らしげに笑った。
やがて巨大な防波堤が湾を囲み、
桟橋には燃料輸送用のパイプが通され始めた。
この港は単なる拠点ではなく、将来的に北の石油を貯蔵し、
日本本土へと送り出すための“北の心臓”として設計されていた。
港から少し離れた場所には、整然と並ぶバラックと工場棟、
そして鉄道の敷設準備を進めるための測量所が作られた。
線路の先はまだ雪に埋もれた大地の向こう――
目的地、プルードベイに続く果てしない凍原だ。
「先遣隊、出発準備完了です!」
報告に明賢は静かに頷いた。
「気を抜くな。極北は甘くない。
鉄道と車道は日本の血管だ、確実に通せ。」
重装備のトラックが白い地平を進む。
その車列は、極寒のアラスカを縫うように北へ――
氷の海から生まれた新たな街と、その先の資源への道を、
ひとつずつ築き上げていくのだった。
プルードベイ到達 ― 氷原の果ての黒き眠り
吹き荒ぶ吹雪が、世界を白一色に塗りつぶしていた。
極北の空はどこまでも鈍色で、地平線さえ見えない。
その中を、キャタピラを軋ませながら前進する車列があった。
先頭には、氷雪地帯専用のブルドーザー〈日本国建機6号・改〉。
続くは燃料を満載したタンクローリー、最後尾には調査班の移動研究車。
「エンジン、温度降下! 冷却水が凍る!」
無線が割れ、運転手が焦る。すぐさま後方から整備班が飛び出した。
外気温は氷点下四十度。工具を握る手袋の内側まで痛みが走る。
隊長が顔を覆う布越しに叫んだ。
「予備の加熱器を回せ! 油圧ホースを凍らせるな!」
エンジンの唸りが再び立ち上がると、皆が小さく安堵の息を漏らした。
昼夜の区別が曖昧な極地での行軍は、
人の精神を静かに削っていく。
視界を奪う吹雪、霜で曇るゴーグル、
氷に閉ざされた世界で方角を失うたび、
彼らは信頼する仲間と機械だけを頼りに進み続けた。
三週間目の朝。
地質学者が雪上に膝をつき、凍りついた地面を削ると、
淡い黒色の粒が顔を覗かせた。
「……見つけた。これは……油だ」
瞬間、隊員たちは凍える空気の中で歓声を上げた。
周囲の地形を確認し、ここを第一採掘予定地と定める。
報告を受けた明賢から無線が入った。
『よくやった。ここを北方資源開発の要とする。
調査基地を設置し、凍土層下のデータを集めよ。』
翌日から建設が始まった。
雪上に打ち込まれる杭、持ち込まれたプレハブの骨組みが立ち上がる。
資材は最低限。
それでも隊員たちは、氷点下の風の中で黙々と作業を続けた。
やがて白い平原の中に、
鋼鉄の柱で支えられた**調査基地〈北方第一観測所〉**が姿を現した。
建物の内部は二重構造で、壁には断熱材と温風循環管が通されている。
発電機の排熱を利用して暖を取り、
室内では測定器が低く唸りを上げていた。
「ここが……俺たちの最果ての家か」
隊長が呟くと、誰かが笑いながら答えた。
「帰る頃には、この白い地面の下から
“黒い黄金”が湧き出してるかもしれませんね」
夜。
小さな観測所の窓からは、オーロラがゆらりと揺れていた。
その光の下、調査員たちは静かに報告書を書き上げる。
“プルードベイ、油層の可能性大。
凍土下、試掘準備開始予定。”
こうして、日本国の北方資源計画は、
極寒の地で確かな一歩を踏み出したのだった。




