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物語序章 第一版 67章

帰還


 翌朝にはさらに上流での採取が続き、数日をかけて数千粒のパラゴムノキの種子が収穫された。

 艦の倉庫には丁寧に詰められた木箱が整然と並び、工業の源が静かに眠っていた。


 「任務完了。――帰還の準備を始める。」

 明賢の言葉に、甲板上で風が吹き抜けた。

 艦の煙突からは静かな黒煙が立ち上り、アマゾンの青い空へと消えていった。


 アマゾンの濃い霧が、朝日をうっすらと反射していた。

 艦隊は静かに錨を上げ、ディーゼルエンジンの低い唸りが森にこだました。

 船倉には慎重に包まれたパラゴムノキの種子が数千も積み込まれ、温度計がわずかに震えている。

 「出航準備、完了。」

 報告の声に、明賢は頷き、短く告げた。

 「――日本へ帰る。」


 スクリューが回り、濁流が泡立つ。

 艦は静かに流れに乗り、密林の奥からゆっくりと離れていった。

 この航海が終われば、すべてが変わる――彼はそう信じていた。



 アマゾン川を下る艦隊は、再びフォークランド諸島(福嶺島)を目指して南下を開始した。

 日を追うごとに空は曇り、風が強まり、波が荒れ始める。

 「波高六メートル、風速十五!」

 「針路を五度修正、速度を維持!」

 怒号と共に甲板を叩く潮水。

 それでも艦はびくともしない。鋼鉄の船体とディーゼルエンジンの力が、それを押し返していた。


 「帆船なら、もう沈んでただろうな……」

 副長が冗談めかして呟くと、明賢は苦笑しながら前を見つめた。

 「時代を進めるとは、こういうことだ。」



 数日後、福嶺島の霧の中から小さな港が姿を現す。

 木造の小屋が並び、寒風の中、見張りの兵が旗を振っている。

 「お帰りなさい! 皆、ご無事で!」

 先遣隊長の声が響き、隊員たちは笑顔で手を振った。


 「お前たちの報告、すべて読んだ。気候観測も生態調査も見事だ。」

 「ありがとうございます。南極風は厳しいですが、動物資源は豊富です。」

 明賢は頷き、持参した燃料・食料・医療品・発電機を引き渡した。

 「この地は将来、南洋航路の要になる。引き続き、観測を頼む。」



 艦隊は補給を終えると再び北上を開始。

 次の寄港地、パナマ(汎名)へ向かう。

 気候は徐々に温暖になり、潮の香りが柔らかくなっていく。

 汎名の港に近づくと、かつてスペイン人の要塞だった町がすでに日本式に整備されつつあった。

 港には鋼鉄の桟橋、倉庫群、そして通信塔が立ち並んでいる。


 「明賢様、運河予定地の測量、完了いたしました。」

 先遣隊長が地図を広げる。

 蛇行する川、そして地形の高低。

 「ここを掘り抜けば……二つの海が繋がる。」

 明賢は指先でその線をなぞり、静かに言った。

 「いつか、この汎名が世界の物流を変える。」



 再び艦は進路を北へと取り、サンフランシスコ(山番市)へ向かう。

 船倉のエンジンが律動する音が夜を貫き、乗組員たちは甲板で星を見上げた。

 「帰ったら、何を食べたい?」

 「白米と味噌汁だな。」

 「俺は風呂。もう潮の匂いはこりごりだ。」

 小さな笑い声が夜風に混じる。


 山番市の港では、留守を任された先遣隊が健在だった。

 「補給物資、受け取りました。住民との関係も良好です。」

 「よし。焦らず、この地を第二の拠点に育ててくれ。」



 そして最後の寄港地――ハワイ(羽合)に到達する。

 穏やかな入江には既に立派な桟橋と倉庫が建ち並び、真珠のように光る海面が艦を迎えた。

 「ここが羽合か……見事な景色だ。」

 明賢は目を細め、海風を吸い込んだ。

 「この港は真珠湾――南洋航路の心臓になる。」


 港の人々が日の丸を振る中、艦隊は静かに汽笛を鳴らした。

 その音は、旅の終わりと、新しい時代の始まりを告げる鐘のようだった。



 数週間後。

 東方の海に、かすかに島影が見えた。

 「陸影、東方三十度――日本です!」

 見張りの叫びに、歓声が巻き起こる。

 皆が手すりに駆け寄り、故郷の姿を目に焼きつけた。


 明賢は小さく呟いた。

 「帰ってきたな……この種子が、新しい産業の根になる。」


 朝日が東京湾の海面を照らし、艦隊はゆっくりと港へと滑り込んでいった。


帰還報告と新たな決断


汎名遠征艦隊が東京湾に帰還したのは、長き航海の末、季節が再び春を迎えた頃だった。

政府中枢では大規模な報告会が開かれ、国防省・外務省・農林局・帝国大学の代表者らが一堂に会した。

副嶺島・羽合・山番市・汎名、そしてアマゾンでの調査結果と、それぞれに置かれた先遣隊の状況が明賢の前で詳細に報告される。


「長い航海、ご苦労だった。これで我が国の未来に欠かせぬ資源が手に入る。」

明賢は静かに言い、持ち帰られた木箱を前に立つ。

木箱の中には、遠征の主目的であったパラゴムノキの種子が、厳重に封印されていた。

温度と湿度を一定に保つため、冷却装置付きの保管庫がすでに設けられている。


帝国大学の植物学者が慎重に確認を行い、「この状態ならば発芽率は高い」と報告すると、会場から安堵の息が漏れた。

明賢はその場で次なる指令を下す。


「この種子を種子島に送れ。あの島の気候は温暖で湿潤だ。アマゾンと近い環境が揃っている。」

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