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物語序章 第一版 63章

汎名パナマへの航路準備


 翌朝、海軍本隊は再び出航準備を始めた。

 山番市の浜辺には整然と並んだ艦船の列。

 補給艦では燃料と水の補充が行われ、

 遠征で痛んだ部品の交換作業も進められていた。


 機関兵がディーゼルエンジンの調子を確かめ、

 補給士官たちは冷凍庫の温度を測りながら

 補給物資を再配置していく。


 「目的地はパナマ。

  ここを越えれば南大陸の海が見える。」

 航海長の声に、甲板上の兵たちは一斉に頷いた。


 風は穏やかで、潮の流れは南へと誘うように緩やかだった。

 明賢は艦橋の上から、

 静かに山番市の港を見下ろした。

 そこには確かに灯があった。

 人の手によってともされた、

 新しい文明の灯。


 「……よし。行こう。次はパナマだ。」

 その一言で、艦隊の汽笛が鳴り響いた。

 異国の海に、低く深い音が長く尾を引いた。


赤道の海 ― 灼ける航路


 山番市を離れ、艦隊は南へ舵を取った。

 海風は次第に生ぬるく、空はどこまでも白く霞み始める。

 日中の気温は日に日に上がり、

 甲板の上では立っているだけで汗が滲み出た。


 「もうすぐ赤道だ」と航海長が呟いた。

 羅針盤の針がわずかに揺れ、

 天測に使う六分儀の金属が熱で膨張し、扱いにくくなっていた。


 船内では機関室の温度が上がり、

 ディーゼル機関の冷却水が唸るように流れていた。

 冷凍庫の氷も減り、

 冷やした飲料水は貴重な資源となった。

 「熱帯の海とはこうも重いものか」と副官が苦笑し、

 明賢はロープを張り直す乗組員たちを見て

 「この経験が必ず次に繋がる」と静かに答えた。


 海は鏡のように光り、夜には南十字星が姿を見せた。

 新しい星座の下を進む船団は、まるで未知の神話の登場人物のようだった。



密林の海岸 ― 汎名への道


 十数日後、視界の彼方に濃い緑の壁が現れた。

 それは中米の密林――

 木々は海岸線にまで迫り、根が海水に触れていた。

 湿気を帯びた風が腐葉土の匂いを運び、

 遠くでは猿の声が響いた。


 「これが汎名パナマか……」

 明賢は地図を広げ、

 現代の海図と照らし合わせながら海岸線を確認する。

 「陸の奥に細い水路が続いている……

  ここが、二つの海を分ける地かもしれぬ。」


 艦隊は湾の外れ、

 外海から見えにくい入り江に錨を下ろした。

 帆布立て、古びた麻布を張り、

 艦体の艶を落とし、木製船に見えるよう偽装を施す。

 遠目には、時代のどこにでもある旧式の帆船にしか見えない。



異国の影 ― 西洋人の足跡


 偵察隊が小型舟で沿岸を巡り、報告を持ち帰った。

 「明賢様、南の岬の先に、

  白壁の建物が数棟……十字架を掲げております。

  旗には赤い印が――恐らくスペインのものかと。」


 艦橋の上で報告を聞いた明賢は、

 眉をひそめながら遠くの水平線を見つめた。

 「やはりあったか。

  しかし、我々は彼らの地を外交交渉で得るために来た。ただ、戦争をする訳では無い。」


 望遠鏡を覗くと、海岸線には小さな砦と桟橋、

 そして異国の帆船が一隻、静かに停泊しているのが見えた。

 帆が張られていることを確認、

 白人の兵が帽子をかぶり見張りに立っていた。


 「偵察はここまで。無用な接触は避けよ。」

 明賢は命じた。

 「我々は外交交渉をしに来たのだ、それ以外の情報を絶対に取られないように注意せよ。」


 艦隊は静かに帆を下ろし、

 湾の奥の入り江に身を潜めた。

 夜風が木々の間を抜け、遠くの雷鳴が密林の向こうに響く。

 暗い海面に船影が揺れ、

 まるで南の夜そのものが呼吸しているようだった。


鹿児島交渉――「汎名パナマ買収」の夜


 ここで少し時は遡る。

鹿児島の冷たい秋風が港町を吹き抜ける頃、外交館の大広間には重厚な空気が満ちていた。

 蝋燭の光に照らされた長机の上には、箱詰めの絹と砥ぎ上げられた刀の箱、金貨の延べ板が並ぶ。だが机の端に「世界地図の写し」はない。明賢の方針は明確だった──現代の工業的な品や設計図は一切見せぬ。見せるのは、日本の品格と金だけである。


 スペイン側代表は当初、領土譲渡という話に眉をひそめた。だが彼らもまた、現地行政の負担と遠隔地維持の負担を知る身だ。鹿児島代表は淡々と条件を述べる。


「我が国はスペイン領であるシウダー・デ・パナマを、日本国の恒久的領土としたい。こちらは代価として、頭金を以て即時引渡しを行う。残金は現地での最終決済とする。渡すのは金貨と日本の名産のみ──絹、漆器、銅箱に詰めた金貨、茶、刀。これを以て貴国の損失と撤退費を賄う。」


 スペイン領事はしばらく沈黙した後、渋い笑みを漏らす。


「なるほど。現地の管理に金がかかる。教会の安全、在留者の移送、湾の防備――これらの費用は膨大だ。もし貴国が約束の金を確実に渡し、我が人間の安全を保障するならば、検討しよう。」



合意の骨子(物語内の成立条件)

1.工芸品の譲渡

•日本の工芸品を多数譲渡する

•提示物は「当世江戸の工芸・工匠技術範囲」の名産品(金貨・絹・漆器・刀・茶など)のみ。

2.頭金の即時引渡し

•鹿児島にて、頭金:金貨延べ板5,000両相当+絹反2,000反・漆器200箱・刀200振(物語内価値設定)をスペイン代理に引渡し、受領書を受け取る。

•受領により、スペイン側は仮契約に署名し、正式譲渡へ向けた準備を開始する。

3.暫定管理と撤退合意

•スペイン側は、正式引渡しまでの暫定管理者となる。

•暫定期間中、スペイン側は現地の治安・教会・在留スペイン人の安全確保に責任を持つが、将来的な完全譲渡を妨げる行為(領有権主張、追加施設建設等)は行わない。

•スペイン側の完全撤退、および教会施設・在留者の移送・補償については契約条項に明記。教会の財産保全と移送費用は日本が補償する。

4.現地での最終清算

•日本側は遠征隊の一部を現地代表として派遣し、現地で残金(約45,000〜75,000両相当)を金貨で支払うこと、及び最終譲渡証書に署名することを約定。

•支払いと署名の同日の立会により、正式にパナマは日本領となる。

5.輸送と護衛の条件

•日本は頭金および残代金の運搬を自国の船で行う。スペイン人を日本の補給船に同乗させることは一切ない。

•ただし、日本艦隊はスペイン人撤退船の途中までの護衛(海上での安全確保)を提供する。護衛はあくまで「途中まで」であり、その後スペイン人は自国の商船等で帰国するか他地へ移送される。

•日本の船は外見を時代風に見せる偽装(帆船風の外観)を行う。軍規のため、甲板にスペイン人は乗せないという条項を明記する。

6.住民保護と現地体制

•現地住民の権利は契約に明記し、土地制度の再編や徴税方針は日本側の到着後に住民代表と協議のうえ決定する。

•教会と聖職者の保護・移転費用、在留スペイン人の移住費の補償(選択的)を日本が全て負担する旨明記。

7.証人と保全策

•契約には両国の代表に加え、商業的第三者(中立の商人)を証人とする。鹿児島にて写しを双方保管。

•頭金受領時の受取証は三通作成(スペイン側原本、日本側写し、第三者保管)とする。



署名と頭金授受の場面


 儀式は簡潔に行われた。漆塗りの箱が開かれ、銀の延べ板が光を反射する。スペイン領事は受領の証に署名し、古い羊皮紙の仮契約書に重々しく署名押印した。鹿児島の役人が書類の写しを三部に分け、互いに交わす。場には静かな満足が漂った――スペイン側は「金で解決できるなら」と呟き、日本側は「現代文明の種は守った」と胸を撫で下ろした。

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