物語序章 第一版 62章
サンフランシスコ湾到達 ― 未知の大陸
太平洋を渡る航海は、四十日を越えていた。
潮風に焼けた甲板の上では、日ごとに緊張と疲労が重なっていたが、
誰一人、故郷を思って弱音を吐く者はいなかった。
夜、航海士たちは油灯の下で星を測り、
六分儀と羅針盤を頼りに航路を割り出した。
明賢は甲板に出て、
果てしない闇の海を見つめながら静かに呟いた。
「この先に、新しい世界がある――必ず、ある。」
そして出航から四十三日目の朝。
霧の向こうに、ついに陸の影が見えた。
「陸影確認!」と叫ぶ声が、艦橋に響く。
乗組員たちは一斉に双眼鏡を構え、
霧の切れ間から覗く緑の丘陵を見た。
彼らが目にしたのは、今のサンフランシスコ湾の入り口――
入り組んだ湾と広大な平原が広がる未踏の大地だった。
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初上陸 ― 無垢の大地
艦隊は湾内の水深を測りながら慎重に進入した。
潮流は穏やかで、波は低い。
明賢は地図に印をつけながら言った。
「ここは良港になる。真珠湾と並ぶ、日本の西の玄関口だ。」
補給艦から小舟が降ろされ、上陸隊が砂浜に足を踏み入れる。
湿った砂が足元で沈み込み、
草むらの向こうでは鹿が逃げるように走っていった。
空は高く澄み、海鳥が鳴く。
「……人の気配がある。」
偵察班の一人が指差した。
丘の上に、褐色の肌をした数人の人影が立っていた。
彼らは弓を手にしていたが、弦を引くことはなく、
ただ警戒するように日本人たちを見つめていた。
明賢は慎重に手を上げ、武器を下ろすよう指示した。
「我々は敵ではない。争うつもりはない。」
言葉は通じない。
だが、身振りと表情が語る。
明賢は手を軽く叩き、深く頭を下げた。
その仕草を見て、先住の長と思われる男も、
同じように手を叩き、短く頷いた。
その瞬間、双方の間にあった緊張の糸が、
少しだけ、緩んだ。
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焚き火の夜 ― 異国の灯
夕暮れ、砂浜に小さな焚き火がともされた。
日本人と先住民たちは少し距離を保ちながら、
互いの文化を観察し合っていた。
現地の民は、貝殻や骨で作った飾りを身につけ、
動物の皮で身を包んでいる。
一方の日本側は、規律正しく並び、
米飯と塩漬け肉を鍋で煮ていた。
先住民の一人が興味深そうに鍋を覗き込み、
明賢は笑って木の匙を差し出した。
「食べてみるか?」
言葉は届かぬが、意図は通じた。
慎重に口へ運び、男は驚いたように目を丸くした。
次の瞬間、仲間たちが笑い、
火のそばに座り込んだ。
焚き火の明かりの中で、
彼らは互いの歌を交わした。
言葉はわからなくても、
その声の調子から喜びも哀しみも伝わってきた。
明賢は空を見上げた。
無数の星が、静かに瞬いている。
「この地もまた、我らの友となるだろう。」
そう呟くと、焚き火の灯が優しく揺れた。
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初期拠点 ― 西の港の礎
翌朝から、上陸隊は拠点の建設に取りかかった。
まず、周囲の地形を測量し、
防衛線と貯蔵庫、仮設の工房を作る。
周囲の木材を伐採し、仮設桟橋を延ばすと、
艦から資材が運ばれてくる。
明賢は地図を見ながら指示した。
「ここを中心に街をつくる。
将来、この湾を“西の真珠”と呼ぶ日が来るだろう。」
彼はその地を、
将来の太平洋航路の中継地――
そして西方交易の要として設計するつもりでいた。
こうして、サンフランシスコ湾――
後に「西海拠点・山番市」と名付けられる
日本初の大陸拠点が、静かに誕生した。
山番市・西の港にて
拠点建設から十日が過ぎた。
山番市の入り江は霧が多く、朝になると白い靄が海面を覆い、
昼になるにつれて太陽の光がそれを払いのける。
空気は冷たく澄み、山々には見たこともない草花が咲いていた。
木の皮は厚く、葉は固い。湿度が高く、
日本で使っていた木材では思うように加工が進まなかった。
明賢は測量図を広げ、海岸線の形を確かめる。
「この湾は天然の要害だな。
波が少なく、深さもある。ここを港としよう。」
彼の傍らで副官が頷いた。
「この地の木材は硬くて扱いづらいですが、
乾かせば造船にも使えそうです。」
「ならば残る者たちに試させよう。」
山番市には百二十名ほどの残留隊が置かれることになった。
彼らの任務は、現地の観測と港の基礎整備、
そして先住民との友好維持だった。
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残留隊の任務
彼らは仮設の倉庫と整備場を残し、
海岸沿いには見張り台と小さな防柵を築いた。
明賢はその中心に立ち、短く告げた。
「我らはここを日本国の西の門とする。
この地を守り、海を知り、風を読むのだ。
決して争うな。だが、舐められるな。」
将校たちは一斉に頭を下げた。
その眼差しは誇りに満ち、
異国の風の中で燃えるように輝いていた。
食料と医薬品は半年分、補給艦から降ろされた。
小型の発電機と冷蔵設備も設置され、
保存食や薬品を保管できるようになった。
彼らは現地の漁を学び、山で木の実を集め、
先住民の案内で川沿いの土地を調査していった。
ある夜、焚き火を囲んでいた一人の水夫が言った。
「明賢様、もしこの地が本当に日本の西の門になるのなら、
いつかこの陸の向こうからも人が来るのでしょうか?」
明賢は火の明かりの向こうで静かに微笑んだ。
「来るだろう。その時に、我らが何者であったかを
胸を張って語れるようにしておけ。」




