物語序章 第一版 60章
航路の決定と寄港地の設置
航路は幾度もの会議の末、こう定められた。
東京湾を出航し、まずハワイ諸島へ。
ここで補給と航行試験を行い、
以降は**アメリカ西海岸**へと進む。
「そこに一つ、小さな港を作ろう。
将来、太平洋航路の中継地として使えるように。」
神田中将の言葉に、地図の上へ一本の赤線が引かれた。
続いて、パナマ地峡へ。
ここではスペインとの交渉が行われることになる。
まだ運河が存在しないため、艦隊は南回りで通過し、
中南米沿岸を南下してフォークランド諸島に上陸する。
ここもまた、将来の拠点とするため、
小規模ながら上陸隊と物資を残すことになった。
「ハワイ、アメリカ西岸、パナマ、フォークランド。
この四拠点が、日本国の“新しい海の道”を繋ぐ柱になる。」
そう言ったのは、外務省の官僚でありながら航海術にも通じる、
老練な参謀――三条大輔だった。
彼はこの航路を“日の本の環”と呼び、海図の端にその名を小さく書き込んだ。
⸻
アマゾンを目指す目的と帰還の約束
目的地は、南アメリカ大陸のアマゾン流域。
そこには、日本が今後の工業発展に欠かせない資源――
「パラゴムノキ」の原生林が広がっている。
採取隊は植物学者と軍人、工兵が組となり、
安全を確保しながら種子を収集する計画だ。
回収された種子は専用の冷却容器に封じられ、
航海中も温度管理を怠らぬよう徹底される。
「これはただの種ではない。
この国の未来を形作る“命の種”だ。」
明賢のその言葉に、全員が深く頭を垂れた。
回収を終えた艦隊は、
来た航路をそのまま辿って帰投する。
各寄港地には、置き去りにされた“先遣隊”が残る。
彼らは現地で気候や資源を調査し、
将来の開拓地としての基礎を築く任務を負っていた。
余剰の資材や燃料は現地に分け与えられ、
“日の本の旗”が各地に一つずつ掲げられた。
新しい門出
出航を前に
全ての準備が整い、東京湾の港には数十隻の艦が並んだ。
補給艦、駆逐艦、輸送船、医療船――
それぞれの甲板には、国旗が静かにたなびいていた。
「世界の海を見よ、しかし忘れるな。
この船が帰るのは、ただ一つ――日本だ。」
神田中将の声が風に響く。
そして艦笛が鳴った。
それは、未来へと続く未知の海への最初の呼び声だった。
出航 ― 太平洋の果てへ
出航の日、東京湾の朝は驚くほど静かだった。
夜明け前の薄明に、艦隊の船影が霧の中に並ぶ。
旗艦「東陽丸」のマストの先には、まだ朝日も届いていない。
「――全艦、出航準備よし。」
通信士の声が響くと、汽笛が重なり合い、
波止場にいた見送りの人々の胸に深く響いた。
明賢は甲板に立ち、
遠く霞む陸地を最後に振り返った。
「……ここからが、日本の“新しい道”だ。」
艦隊はゆっくりと舫いを解かれ、
ディーゼルエンジンが低く唸り始める。
白い航跡を残しながら、船団は東の海へと進み出た。
⸻
航海の日々
出航から三日目。
船上の生活にもようやく慣れが出始めた。
甲板では若い水兵たちが交代で見張りにつき、
工兵や学者たちは船室で研究器具の整理をしていた。
日中は海の青さが眼を刺すほどで、
夜になれば、見渡す限りの星々が空を覆った。
六分儀を構える航海士の姿が、星明かりに浮かぶ。
「北極星の角度、三十一度。風向き南南東。」
「よし、そのまま針路維持。」
生活は単調だが、誰もが気を抜かなかった。
補給艦では食料の乾燥保存、発電機の点検、
医療班は日焼けや塩害の治療に追われていた。
「陸が見えないってのは、こんなにも心細いものか……」
若い工兵が呟くと、隣の通信士が笑って言った。
「陸を恋しがるうちはまだ余裕があるさ。
本当の航海は、陸の存在を忘れたときに始まる。」
嵐
出航から十日後。
穏やかだった海が、急に牙を剥いた。
太平洋中央部、突如として暴風雨が艦隊を襲ったのだ。
「右舷! 波高十メートル! 舵が効きません!」
「電力落ちてます! 発電機、再起動急げ!」
雷鳴が轟き、海面が光に裂ける。
艦首が波間に沈むたび、船体全体が軋んだ。
明賢は艦橋で叫んだ。
「落ち着け! 恐れるな! 我らの造った鉄の船が、そう易々と沈むものか!」
若い兵たちが必死に舵を握り、
エンジン班は浸水を防ぐためポンプを全力で動かした。
嵐は一晩中続き、誰一人眠れなかった。
翌朝、海は嘘のように静まっていた。
朝日が昇る頃、波間には壊れた木箱や流されたロープが漂っている。
負傷者は出たが、沈没艦は一隻もなかった。
「……これが海か。」
若い兵が呟いた。
明賢は静かに頷き、
「これが“世界”だ。――まだ見ぬ未来をつくるための代償でもある。」と答えた。




