物語序章 第一版 58章
北の大地にて ― 北海道の黎明
最初に動いたのは、まだ原野の多い蝦夷地だった。
松前から函館、そして札幌へ――。
開拓団の一角に派遣された清助塾の卒業生たちは、
まず仮設校舎を建て、学びの火を灯した。
屋根は木造、壁は厚い防寒材。
吹雪の日でも授業ができるように、薪ストーブが中央に置かれている。
小さな子どもたちが凍えた手をこすりながら黒板を見つめる姿に、
教師のひとりが小声で言った。
「この子たちが、いつか北の国を守るんだな……。」
医療面でも、開拓の最前線には診療所兼避寒所が建てられ、
凍傷や感染症に備え、帝国大学の医師が定期的に巡回した。
雪原に立つ白い建物は、まるで灯台のように人々の希望を照らしていた。
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西の都 ― 京・大阪・広島
一方、西日本では、
すでに文明の息吹を持つ都市が、新たな形に再生されていった。
京都には教育庁の地方局が置かれ、
古都の学問を近代の理論で再構築する役目を担った。
木造の学堂が次々に建て替えられ、
瓦の屋根の代わりに白い石灰壁とガラス窓が並ぶ新校舎が現れた。
大阪では国立病院西方支部が開設され、
工業地帯の労働者を支えるための大規模医療体制が整えられた。
蒸気の煙が立ち上る工場群の隣で、
白衣の医師たちが機械油にまみれた手を洗う姿は、
新しい時代の労と智の象徴でもあった。
「この病院は、町のエンジンだ。」
ある工場主が呟いた。
「人が倒れたら機械も止まる。人が元気なら町も動く。」
広島では、教育と医療を統合した総合福祉学園が設立され、
医学生と教育者が共に暮らしながら学ぶ試みが始まった。
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海を越えて ― 九州と南の島々
北九州では、八幡製鉄所の建設と同時に、
工業高校・工業大学の分校が併設された。
鍛冶場の隣で、数式と設計図を学ぶ若者たち。
「俺たちは鉄を打つだけじゃない、未来を造るんだ!」
彼らの目には、確かな誇りが宿っていた。
鹿児島には国立南方病院が建設され、
海外貿易の玄関口として、検疫や外科医療の中心となった。
さらに南の琉球にも、
帝国大学から派遣された若い医師と教師が赴任し、
島ごとの小学校と診療所の設立を進めていった。
「ここでも“明賢様の学校”ができるのか。」
と、島の老人が目を細めて言った。
子どもたちの笑い声が海風に乗って響くたび、
文明の波が静かに押し寄せていった。
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教育と医療の網 ― 日本を結ぶ生命線
こうして、清助塾から始まった教育の炎は、
北は蝦夷地、南は琉球まで――
一本の糸のように繋がり、国全体を包み込んでいった。
都市にも村にも、どこへ行っても学校があり、
病気になれば必ず医師がいる。
それが「文明国家・日本国」の当たり前となった。
ある夜、地方開発局の報告書を手にした明賢は、
静かに呟いた。
「人が“安心して生きる”という当たり前が、
どれほど難しく、そして尊いか……ようやく形になってきた。」
その言葉とともに、彼の視線の先には――
北から南まで、灯りが点々と続く日本列島の地図があった。
それはまるで、学びと癒しの光が結んだ星座のように輝いていた。




