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物語序章 第一版 56章

光の道 ― 都市電化計画の始動


 夜の東京湾を見下ろす丘の上、まだ街の大半は暗闇に包まれていた。

 風に揺れる提灯の灯りが、まるで過去の時代の名残のように、頼りなく瞬く。

 明賢はその光を見つめながら、静かに言葉を落とした。


 「次は――民の暮らしを照らそう。」


 これまで電力は、政府の施設や軍、そして工場の機械を動かすためにしか使われてこなかった。

 だが、それでは文明の発展は止まってしまう。

 明賢は新たに「都市電化計画」を掲げ、全国の都市部へ生活用電力の供給を拡張することを決めた。



鉄の道筋 ― 高圧送電網の建設


 最初に着手されたのは、発電所と都市を繋ぐ高圧送電線の整備であった。

 東京湾沿岸の発電所から、巨大な鉄塔が次々と立ち上がる。

 その姿はまるで、天に向かって指を伸ばす巨人の列のようであった。


 「鉄塔は人の手の届かぬ高さに、雷を運ぶ道を作る。」

 現場監督の男が汗をぬぐいながら呟くと、隣の作業員が笑って答えた。

 「俺たち、空に橋をかけてる気分ですよ。」


 鉄塔はやがて関東の地平を越え、主要都市へと繋がっていった。

 山の稜線を抜け、川を渡り、夜ごと火花を散らしながら、**“電の血脈”**が全国へと流れ始めた。



変電所 ― 都市の心臓


 電気は強すぎれば家を焼き、弱ければ灯を灯せない。

 そのため、各都市ごとに変電所が設けられた。

 高圧の電流を家庭で使えるほどの電力に整える、いわば都市の心臓部である。


 明賢は、完成したばかりの東京第一変電所を視察する。

 静まり返った建屋の中、巨大な変圧器が低く唸りをあげていた。

 「これが……街を照らす音か。」と彼は呟く。

 「はい。ですが、これからはこの音が国の子守唄になりますよ。」

 同行していた若い技師が誇らしげに答えた。



電信柱と街灯 ― 夜の革命


 次に始まったのは、都市の電柱設置と街灯の整備だった。

 道路沿いに電信柱が立ち並び、作業員が上で手際よく電線を張る。

 日が落ちると同時に試験通電が行われ、

 街の通りにぽつ、ぽつと、光の粒がともりはじめた。


 「灯ったぞ!」

 誰かが叫び、見上げた人々の顔が一斉に明るみに照らされる。

 子どもたちは歓声を上げ、老人は手を合わせ、

 町の女たちはそっと口にした――「まるで昼のようだ」と。


 その瞬間、東京は暗闇の町から光の都市へと変わった。

 夜が怖くなくなった。夜が働ける時間になった。

 そして、夜が文化を生む時間となった。



明賢の眼差し


 夜更け、明賢は街灯の列を見つめながら小さく笑った。

 「これでようやく、文明の灯が人々の暮らしに届いたな。」

 傍らの技師が問いかける。

 「次は、どこを照らしますか?」


 明賢は空を見上げて答える。

 「北も南も、西も。

  だが、最初に照らすべきは――人の心だ。」


 その言葉を合図に、電力網は次々と地方へ延び、

 日本国の全ての都市に光が灯り始めることとなる。


白き灯と凍てつく技 ― 電力文明の第二歩


 電力網が都市を照らしはじめてから、しばらくの時が経った。

 街路には光が宿り、人々の夜は明るく、静かに変わりつつあった。

 だが、明賢はまだ満足してはいなかった。


 「光は人を導いた。

  次は、命を守る“冷”を創る番だ。」


 それは、単なる便利のためではなかった。

 食の保存、薬の保管、医療の発展――

 どれもが国家の未来を支える根幹となる要素だった。



白き太陽 ― タングステン電球の誕生


 明賢は帝国大学の物理学研究班に指示を出した。

 「新しい光を作れ。炎ではなく、金属の輝きで夜を照らすのだ。」


 研究班の中では様々な素材が試された。

 炭素フィラメント、白金線、そして――タングステン。

 耐熱と輝度の両立は難しかったが、幾百もの試験の末、

 ようやく安定して明るく長寿命の白熱電球が完成した。


 試験点灯の日、研究室の天井に吊るされたひとつの電球が、

 金色の光を放った。

 まるで太陽の一部を封じ込めたように、

 そこにいる者たちは思わず息を呑んだ。


 「これが……人工の太陽か。」

 清助が感嘆の声を漏らすと、明賢は静かに頷いた。

 「これで、夜はもう恐れるものではない。」


 この新しい光はすぐに国の標準照明として採用され、

 全国の電力設備は60Hz・100Vの交流電源で統一されることになる。

 これにより、どの地域でも同じ規格で発電・供給・利用が可能になった。


命を冷やす器 ― 冷蔵設備の開発


 光の次に取り掛かったのは“冷”であった。

 都市化が進むにつれ、生鮮食料や医薬品を長期間保存する必要が高まっていた。

 だが、当時は氷室や井戸水に頼るしかなく、保存期間は短かった。


 帝国大学の機械学研究所では、

 明賢の提案に基づき圧縮解放式冷却装置の開発が進められた。

 研究員の一人が言った。

 「これで、魚も肉も山を越えて運べるようになります。」

 「それだけじゃない。」明賢は答えた。

 「命そのものを運べるようになる。」


 こうして、工業都市の冷却工場では大型の冷蔵庫が製造され、

 都市ごとに共同冷蔵倉庫が建設された。

 漁港や農協、病院に至るまで冷蔵設備が普及し、

 国家の“温度管理”が始まったのである。


氷の走者 ― 冷凍輸送トラック


 次に必要となったのは、冷えたまま運ぶ技術だった。

 東京郊外の自動車工場では、輸送用冷凍トラックの開発が始まる。

 車体の外壁には断熱材を使用し、後部には小型の圧縮冷却装置を搭載。

 エンジンの駆動力から冷却を得る仕組みが採用された。


 最初の試運転では、千葉の漁港から東京の市場まで魚を運搬。

 荷下ろしされた魚は氷のように冷たく、

 運搬員は感嘆して言った。

 「まるで海から引き上げたばかりだ……」


 この成功により、冷凍トラックは全国の物流網に導入され、

 鮮度を保つ輸送革命が幕を開けた。



科学の極北 ― スターリング冷凍機


 さらに、医療・研究用にはより低温が求められた。

 帝国大学の医科学研究所は、

 スターリング式冷凍機の設計に着手。

 冷媒を使わずピストン運動で熱を奪うこの方式は、

 極低温の達成に理想的だった。


 数か月後、試作機が完成。

 -70℃の冷却に成功すると、研究員たちは歓声を上げた。

 ワクチンや病原体の試料は長期保存が可能となり、

 日本の医療は一気に世界の先端へと近づいた。


 明賢はその冷気の中に立ち、凍りついた金属の管を見つめた。

 「光は知を広げ、冷は命を守る。

  この二つがあれば、国家は永遠に生き続ける。」

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