物語序章 第一版 50章
移り変わる時代の息吹
こうして、列島を走る列車の煙は徐々に消えていった。
燃える石炭の匂いが消え、代わりに
軽油の油の香りと、電気の唸りが街を包む。
鉄道管理局の若い技師は、ノートにこう書き残している。
> 「蒸気は過去を走り、ディーゼルは今を走る。
> 電車は未来を呼んでいる。」
やがて全国の主要都市では電化区間が広がり、
ディーゼル機関車は貨物路線や地方線で主力として使われた。
そして蒸気機関車たちは、
子どもたちの見送りを受けながら静かに退役していった。
明賢はその光景を見て、ぽつりと呟いた。
「煙が消えても、夢は残る。
それが文明というものだ。」
ディーゼル機関の唸りが各地で響き始め、
電車の車輪が東京の高架を滑るように走り出したころ。
明賢は次の課題に向き合っていた。
「走るだけでは文明ではない。
止め、直し、再び動かす仕組みがなければ、
鉄路は命を持たぬ。」
その言葉を受け、国土交通省鉄道局は
日本各地に“鉄道車両工場”と“検査場”の設置を決定した。
それは単なる修理施設ではなく、
鉄道産業そのものの心臓部となる拠点であった。
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鉄道車両工場 ― 鉄の町の誕生
最初に選ばれた地は、東京湾沿岸。
造船所にも近く、輸送にも便利な場所である。
新設される「日本国鉄道車両第一工場」は、
その規模と構造から“鉄の町”と呼ばれた。
広大な敷地には、
車体製造棟、台車・車輪加工棟、
電装・モーター組立棟、そして最終検査棟が並んでいた。
天井には巨大なガントリークレーンが行き交い、
鋼板が吊り上げられ、火花が走り、
溶接の音が昼夜絶えず響いた。
「おい、側板の溶接はもう少し下だ!
あのままだと走行中に鳴きが出るぞ!」
若い工員が汗を拭いながら声を上げる。
彼らの手によって、
日本各地を走る新型車両が次々と生み出されていった。
完成したばかりの車体には、
白く「日本国鉄」の文字が刻まれる。
その瞬間、工場の中に歓声が上がった。
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検査場 ― 安全を守る砦
一方、鉄道管理局の命により、
主要都市の郊外には“鉄道車両検査場”が建設された。
ここでは全ての列車が一定周期で点検を受ける。
床下の整備坑には明るい照明が灯り、
整備士たちが油にまみれながら台車やブレーキを確認する。
側線には「走行試験線」が併設され、
修理が終わった列車が再び走行試験を行い、
異音や振動がないかを徹底的に調べる。
検査記録は全てパソコンで管理され、
整備履歴、部品交換、走行距離が
中央の鉄道情報管理局へ自動的に送られる仕組みとなっていた。
「列車は鉄でできている。
だが、魂は人が磨く。」
そう語ったのは、鉄道管理局の熟練整備士であった。
彼は若い整備士たちに、
工具の持ち方から車輪の響きの違いまで教え続けたという。
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鉄路の未来
こうして全国の鉄道網は、
走るだけの鉄路から「循環する産業」へと変わっていった。
製造、運用、整備――この三つが揃って初めて、
列車は生きた存在となる。
明賢は完成した車両工場を見下ろしながら、
静かに語った。
「この工場の音は、未来の鼓動だ。
やがてこの鉄が人を運び、国を動かす。」
その言葉どおり、
日本列島の鉄路は日ごとに輝きを増していった。
鉄道車両工場の建設が落ち着いたころ、
明賢は次の段階――大規模都市間連絡鉄道の整備計画へと踏み出した。
「この国は、まだ小規模な主要鉄道しかなく点と線でしかない。
だが、都市内までに線路を繋げば、それは“網”になる。」
そう語り、机上に広げた地図の上に一本の線を引く。
その線は東京から仙台、青森へ、
そして愛知、大阪、広島、北九州へと伸びていった。
都市間鉄道の整備
最初に着工されたのは今までは蒸気機関車が走っていた、関東を中心とした主要路線だった。
都市内線路は東京を中心に放射状に延び、
貨物と旅客の両方を支える“大動脈”として設計された。
「まずは都市を繋ぐこと。
貨物が通えば経済が動く。
人が通えば文化が生まれる。」
明賢の言葉に、鉄道局の若い技師たちが深く頷いた。
都市部の線路は、地上交通を妨げぬよう全て掘りさげ少し低い所を通る。
鉄骨とコンクリートで組まれた橋脚が、
まるで未来の城壁のように都市の上空を貫いた。
「見ろよ、あの線路を。
まるで低空を這う龍じゃないか。」
現場で働く作業員たちが息を呑む。
鉄道の上では道路が整備され、
馬車やトラックが行き交い、
やがてその道が未来の車道へと変わっていくことを、
誰もがぼんやりと想像していた。
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各地方都市の整備
東京の工事が始まると同時に、
仙台、愛知、大阪、広島、北九州――
主要都市でも一斉に整備が始まった。
地方都市には、東京の鉄道関係の設計図がそのまま送られ、
人口を基準とする駅舎、車両基地、高架橋の寸法までもが統一されていた。
JIS規格で統一された部材が運び込まれ、
現場では寸分の狂いもなく組み立てられていく。
「これが規格というものか……」
大阪の現場監督が唸る。
「どこの町でも、同じ寸法で組めるとは。」
工期は数年、
しかし駅舎や周辺の整備を含めれば十数年に及ぶ長期計画。
明賢はその進行を見守りながら、
時折、通信線を通じて現場に指示を飛ばしていた。
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鉄道が繋ぐ未来
完成した高架の線路を最初に走ったのは、
新型ディーゼル電車「日本国鉄 試運転車・第壱号」だった。
鈍い銀色の車体が夕陽を映し、
都市の上を静かに滑っていく。
沿道の人々は歓声を上げ、子供たちは線路を指差した。
「すごい! 空を走ってる!」
その光景を見ていた明賢は、
小さく微笑みながら呟いた。
「これでようやく、人と物が“国を巡る”ようになる。
線路は文明の血管だ。
流れを止めるな。」
こうして都市と都市を結ぶ鉄道網は、
やがて日本国全土を包み込む大動脈となっていくのだった。




