物語序章 第一版 49章
鉄道網の建設と国家の動脈
地を貫き、街を結ぶ“鉄の血管”。
それこそが、明賢が次に描いた国家構想の中核であった。
日本国がようやく基礎的な工業力と建設能力を手に入れた時、
彼は最初にこう言ったという。
「人の足では国は繋がらない。
鉄の線が国を一つにする。」
――それが、鉄道建設計画の始まりであった。
⸻
鉄路の設計思想
鉄道の設計は、単なる移動の手段ではなく、
国家の永続的な骨格を意図して構築された。
将来、数百年後に“高速鉄道”が走ろうとも、
また何千トンもの貨物列車が通ろうとも、
耐えうるだけの強度を最初から備えて作ること――
それが明賢の絶対条件だった。
線路の基礎は、鉄筋コンクリートの路盤を採用。
路盤の下には排水層と緩衝砂利を敷き、
軌間は標準軌(1,435mm)に統一。
枕木には硬質木材を防腐処理して使用し、
将来的にコンクリート製へ置き換え可能な構造とした。
「今を生きるための鉄道ではない。
未来が使うための鉄道を作るのだ。」
そう語る明賢の姿に、鉄道局の技術者たちは静かに頷いた。
⸻
都市部の構造と高架化政策
都市部の鉄道敷設は、特に慎重に設計された。
明賢は、江戸――いや東京を中心とする巨大都市圏を構想し、
「主要幹線は地上に、都市を巡る鉄道はすべて高架に」
という方針を打ち出した。
「地を縫う鉄路は人の流れを妨げる。
ならば、人の上を走らせればいい。」
高架橋には鉄筋コンクリート製の橋脚を採用。
基礎杭には建機《雷鎚》が使用され、
橋桁の接合部は将来の拡張を見越して規格化されていた。
江戸城を中心に、環状線と放射線路が整備され、
その下には将来的な地下鉄道や自動車道のスペースが
最初から空けられていた。
高架下はアスファルト舗装道路として整備され、
街の新しい経済圏を生み出していくことになる。
⸻
信号・通信網の構築
鉄道の安全運行を支えるのは、人ではなく“線”であった。
全線路には銅線が敷設され、信号機・分岐器・遮断機が
電磁式で統一制御される仕組みが作られた。
通信技師の清助が設計した鉄道用初期信号装置は、
単純なリレー回路で構成されていたが、
信号機の灯りが一斉に赤から青に変わる瞬間、
人々は息を飲んだという。
「これが“鉄の言葉”か。」
源太が呟くと、明賢は頷いた。
「そうだ。電線を通して、国が意思を持つ。」
銅線通信による集中制御は、
当時としては世界的にも異例の技術だった。
線路の状態、信号、車両位置を同時に監視するために、
各地方には「鉄道管理局」が設けられ、
そこから全国の路線が逐一監視された。
管理局の建物には強固な通信室があり、
壁には各路線の地図と無数のランプが並んでいた。
明賢はその光景を見て、
「国の心臓はここにある」と言ったという。
⸻
統一と拡張
こうして日本国の鉄道は、
陸路・海路・空路に先駆けて最初の国家的ネットワークとなった。
貨物輸送は生産を支え、旅客鉄道は都市を広げ、
やがて線路は山を越え、海を渡り、
国土全体に鉄の血管を張り巡らせる。
《黒龍》が掘り進め、《鋼燕》が敷き、《黒鷲》が道を覆う。
そして、その上を走る鉄の列車こそ、
“国家の鼓動”であった。
鉄路が国を繋ぎ、列島の端から端までを結び始めたころ。
列車の煙が空を覆い、街の空気をくすませていた。
蒸気機関車――それは力強くも、時代の過渡期を象徴する姿だった。
だが明賢は、その煙の向こうを見ていた。
「蒸気は美しい。だが、遅い。
煤を吐きながら進む列車に、未来は乗らない。」
鉄道管理局に集められた技術者たちは沈黙した。
蒸気機関は初めて作った動力車で彼らの誇りであり、産業の象徴でもあったからだ。
しかし明賢は、続けて静かに告げた。
「次に動くのは“空気”でも“火”でもない。
“油”だ。」
⸻
ディーゼル機関車の開発
蒸気に代わる新たな動力――それがディーゼルであった。
陸軍工廠と海軍のエンジン部が共同で設計にあたり、
海軍用補給艦で使われていた大型ディーゼルを縮小・改良して、
鉄道用機関へ転用する計画が立ち上がった。
開発が進められたのは瀬戸内の研究港湾区、
そして東京郊外の鉄道管理局の試験棟である。
新型機関は「日本国鉄道一号動力機」と呼ばれ、
正式名称が決まるまで技術者たちはそれを“鉄牛”と呼んだ。
試作車両が初めて走行した夜、
黒い巨体が無音に近い低い唸りを上げて線路を滑り出した。
白い煙も、煤の匂いも、もうそこにはなかった。
「これが……鉄の牛の息づかいか。」
技師の一人が呟くと、
明賢は窓の外で静かに微笑んだ。
「煙がなくとも、力はある。
これで街は息ができる。」
⸻
都市部用電車の構想
一方で、人口が急増した東京では、
通勤と通学のための“短距離大量輸送”が求められていた。
蒸気では遅く、ディーゼルではうるさい。
そこで、都市専用の電気駆動列車――
すなわち「電車」の開発が始まった。
電力網はすでに整備されていたため、
変電所を各駅構内に設置し、
高架上に架線を張る方式が採用された。
電車はモーターと抵抗器による単純な構造で、
整備性と安全性を重視して設計された。
最初の電車は《日本国電1号》。
車体は鋼鉄製で、前照灯は丸い単眼。
トロリーバスのような屋根に取り付けられた集電装置が、
夜の空を走る稲妻のように光った。
子どもたちはその姿を見上げて歓声を上げ、
通りすがりの老人が「まるで雷神が走っておる」と笑った。




