表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/151

物語序章 第一版 43章

工廠開設


陸軍装備開発工廠


政府の成立とともに、明賢は陸軍の根幹を支える装備開発の要として、陸軍装備開発工廠の設立を命じた。

まだ電子技術が十分に発展していないこの時代、頼れるのは人の手と機械の理屈、そして地道な工作技術だけであった。

しかし、彼の頭の中にはすでに明確な青写真があった。


「電子の光はまだ遠い。だが、鉄と油の音はすぐにでも鳴らせる。」


この言葉をもって、工廠の建設は始まった。


建物は厚い鉄骨とコンクリートで組まれ、内部には旋盤とフライス盤、溶接炉、熱処理炉が並ぶ。

電気はまだ限られているため、発電機と鉛蓄電池が工場の鼓動を支えた。

電子装置はほとんど存在せず、使用できるのはインターネットで取り寄せた設計用のパソコンと測定機器のみ。

それでも、設計者たちは夜遅くまで画面に向かい、CADソフトで構想を練り、寸法を測り、手描きの設計図と見比べながら何度も修正を重ねた。


完成した図面をもとに、鋼鉄は火花を散らして削られ、油の匂いを放ちながら部品へと形を変えていく。

全ての機構は機械式制御を基礎とし、ギアとリンク、クラッチと油圧で動作するように設計された。

トラックは民間工業車を改造し、装甲と強化サスペンションを備えた悪路対応型へと変貌する。

電子制御は一切なく、変速も手動、燃料供給も機械式ポンプだ。

車体の前部には分厚い鉄製のバンパーが取り付けられ、泥に沈む道をも突き進む。

夜間走行のためのライトは鉛蓄電池で動き、エンジン回転によって発電される電流で充電される。


無線機は指揮車両のみに配備された。

彼らは通信線の無い戦場を想定し、旗による信号や手書きの伝令文を駆使して訓練を重ねた。

各部隊は統一された符号表を覚え、通信が途絶しても混乱せぬよう徹底された教育を受けた。

電子技術に頼らずとも、秩序と意思が通うように――それが明賢の求める軍であった。


工廠の技師たちは試作車両を製造し、郊外の試験場で泥を巻き上げながら試験を繰り返した。

エンジンが咆哮し、ギアが軋み、鋼鉄のボディが大地を震わせる。

機械の響きの中に、まだ見ぬ近代の足音が確かにあった。


整備士たちは油まみれの手で部品を締め、動かぬギアを叩き出し、全ての感覚を頼りに機械の声を聞き取った。

電子制御も診断プログラムもない。だが、彼らには耳があり、経験があり、心があった。

それがこの国の陸の力を形作る――唯一の手段だった。


完成した試作車両はやがて部品の互換性が高められ、現場での修理も容易になった。

ネジ一本までが種類番号で管理され、どの工廠で製造され、どの部隊に配属されたかを把握できるようにされた。

整備兵の教育も同時に進められ、彼らは機械を「読む」ことを学んだ。

工具を握ると同時に、図面を理解し、溶接の音を聞き分け、鉄の歪みを感じ取る。


夜、工廠の灯が落ちる頃には、遠くから虫の声が混じり、油の匂いだけが残る。

明賢は静かにその光景を見つめ、帳簿の上に記した。


「電子はまだ芽吹かぬ。だが、人の手こそ文明の最初の回路だ。」


陸軍装備開発工廠は、鉄と油と知恵の結晶として、確かに日本国の地に根を下ろした。

ここで生まれた機械は、やがてこの国の陸を進む血流となり、文明の足音を押し出していくのだった。


海軍艦艇開発工廠


明賢の主導により、海軍艦艇開発工廠は瀬戸内海の穏やかな水面に面して建設された。

陸軍の装備開発工廠が陸の骨格を鍛える場であったとすれば、こちらは日本の海の心臓を造り出す場所であった。

その目的は単純で、しかし果てしなく大きい――「この国が外の世界と渡り合うための艦を、自らの手で造る」ことである。


工廠の敷地は海に突き出し、巨大な乾ドックが複数並んでいる。

夜には作業灯が反射して水面を照らし、まるで星の光が海に落ちたかのように輝いた。

内部には旋盤、フライス盤、ボール盤、熱処理炉、鋳造炉、そして新たに造られたボイラー、エンジン試験場が並び、

大地を踏むような振動と共に、鋼鉄が形を得ていく。


この工廠は陸軍工廠と同様、電子技術にはまだ頼らない。

使えるのは、ネットで取り寄せた設計用のパソコンと測定器、それだけである。

だが、技師たちは迷わなかった。

彼らの手には確かな感覚があり、鉄を見つめる眼があり、耳には金属の共鳴を聞き分ける訓練が染みついていた。


最初の課題は、艦艇の心臓――ボイラーとディーゼルエンジンの開発だった。

蒸気の圧力を逃さぬよう、溶接の代わりにリベットが使われ、

何百という鋲が一つひとつ手作業で打ち込まれていく。

火花が散り、鉄板の接合部からは湯気が上がった。

「この音こそ、海の鼓動だ」と職人が呟く。

やがて技術が進み、溶接機が完成すると、造船法は静かに進化を遂げる。

鋲の代わりに火花の線が走り、鉄と鉄がひとつに溶け合っていった。


艦の設計には、整備と修理の効率が最優先された。

どんな戦いにおいても、損傷した艦を再び浮かべるために、

構造はモジュール式――部品単位で交換可能な設計が採用された。

機関部、電力部、武装、操舵室、それぞれが独立構造となり、

損壊しても必要箇所を丸ごと取り替えられるようにしてある。

海の上では、迅速な修理が命を救う。


艦の武装開発もこの工廠の任務であった。

艦砲は陸軍の大砲と共通規格の弾薬を使用するため、

整備も製造も共通ラインで行えるように設計された。

これにより、どの工廠でも弾薬が供給でき、

部品の輸送も容易になった。

瀬戸内海沿岸には砲の試射場が整備され、

轟音が山々に反響し、まるで国が目を覚ますかのようだった。


さらに明賢は、将来のために造船支援機械の開発にも力を入れた。

港湾の拡張と大型艦の建造が増えることを見越し、

巨大なガントリークレーンや造船用の大型クレーン、

そして鉄骨を正確に繋ぐための高出力溶接機が開発された。

これらの機械は、まるで巨人の手のように、

鋼の船体を空に持ち上げ、ゆっくりと海へと下ろしていった。


昼夜問わず工廠は稼働を続け、

瀬戸内の海は、いつしか蒸気と煙の香りで満ちていた。

夜になると、波の静寂を破るようにクレーンの軋む音が響き、

遠くでは鍛冶場の炎が赤く揺れていた。


明賢はその光を見つめながら、

ゆっくりと日誌に書き記した。


「海は我らの防壁であり、道である。

造船とは国を動かすことに他ならぬ。」


海軍艦艇開発工廠は、やがてこの国の海の根幹を担う存在となった。

そこから生まれる艦は、単なる軍艦ではない。

それは、技術の証であり、国の覚悟そのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ