物語序章 第一版 4章
第四章 技術教育
技術教育の始まり
生活の改善を終えると、明賢は清助に新しい課題を与えた。
「清助。今度は“作る側”になってもらう。
歯車や軸、モーターといった部品を、自分の手で扱ってみなさい。」
彼はネットで各種モーター、ギア、軸受け、電源ユニットを発注した。
机の上に次々と並ぶ部品を前に、清助は緊張した面持ちで言った。
「これを……どう使えばよいのですか?」
「まずは動かしてみることだ。
理屈よりも手を動かす。そこから理解が始まる。」
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清助は小さなモーターを配線し、電源を繋いだ。
静かな唸りとともに軸が回転する。
その上に歯車を取り付け、もう一つの軸を組み合わせると、
回転が滑らかに伝わった。
「動きました……!」
「そうだ。これが“動力”という概念だ。
目に見えぬ力を仕組みで制御する。
この理を理解すれば、風車も水車も、やがては機械へと変わる。」
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日が暮れるころ、工房の机には削り屑と部品の山ができていた。
清助の手は油にまみれ、だがその目は輝いていた。
明賢は満足げに言った。
「清助、今日の学びを忘れるな。
技術は人を楽にする。
そして“楽”を知る者が、新しい時代を作るのだ。」
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この翌日から、清助は自ら設計図を描き、
歯車や軸を組み合わせた独自の機構を試すようになっていった。
それはやがて、近代工学の萌芽として記録に残る最初の実験となる。
清助の製作の日々
日々の教育と実験を重ねるうちに、
清助は見違えるほどの腕前を身につけていった。
最初は恐る恐る触れていたCNCや旋盤も、
いまでは一人で起動し、設定し、部品を仕上げられるまでになっている。
朝になると太陽光パネルから電力が送られ、
作業場の機械が静かに起動する。
その音が聞こえると、清助は必ず最初に工房へ足を運んだ。
「明賢様、本日は何を作りましょうか。」
「今日は自分で考えてみなさい。
形を決め、目的を持ち、それを作り上げる。
それが“ものづくり”の本質だ。」
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最初の挑戦 ― 小型の風車
清助は部品棚からアルミ片を取り出した。
CADで設計図を開き、羽根の角度を計算する。
数値を入力し、CNCを稼働させる。
刃が金属を削り、均一な音が部屋に響く。
削り屑が細かい銀の粉となって散り、
明賢は静かにその様子を見つめていた。
「風の力を使い、軸を回す仕組みです。」
完成した羽根を木製の支柱に取り付け、
屋外に出して風を受けると、
かすかな風でも羽根がくるくると回転した。
「見事だ、清助。
それが“自然の力を利用する”という発想だ。」
清助は微笑んだ。
「理屈ではなく、形で理解できました。」
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旋盤での精密加工
数日後、清助は旋盤に挑戦した。
今度は真鍮の棒を固定し、直径を少しずつ削っていく。
手元のノギスで寸法を測りながら、
誤差を千分の一の単位で調整する。
「この滑らかさ……」
「力ではなく、感覚と数で仕上げるのです。」
やがて軸とギアが正確に噛み合う瞬間が訪れた。
清助は声を上げた。
「音もなく回ります!」
「そうだ、それが“精度”だ。
刀の切れ味も、最後は職人の精度で決まる。
同じように、機械の命も“誤差”の中にある。」
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自主製作のはじまり
清助は日を追うごとに、
自ら構想を練り、設計を描き、製作するようになった。
・歯車を組み合わせた小型の巻き上げ機
・水流で回る簡易水車
・軸で回転を伝える小さな模型機構
それらは一見すれば子どもの遊び道具のようだが、
明賢はそれを見て確信していた。
「清助の手には、確かに“技術の理”が宿っている。
学んだだけではなく、自ら考え、応用している。」
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技術の芽
夕暮れ、工房の窓から赤い光が差し込む。
CNCの停止音が響き、清助は削り終えた金属片をそっと取り出した。
それは円盤の中心に小さな穴を持つ、完璧な形状の歯車だった。
「これを十枚作れば、連動する仕組みが作れます。」
「いずれ機械が動き、人の手を助けるようになる。
清助、君の手がその最初の一歩を刻んでいる。」
清助は深く頷き、油に汚れた指先を見つめた。
「……この手で、国を動かすものを作れる気がします。」
その言葉に、明賢は静かに笑った。
「ならば、そのための学びを続けよう。
技術は人のためにある。
そして“作る者”こそ、時代を変える者だ。」
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夜になると、工房の灯りが屋敷の庭を柔らかく照らしていた。
削り屑がきらめき、回転する試作品がかすかに音を立てる。
戦国の静寂の中で、
確かに未来の機械文明が息を吹き始めていた。
工作所の設立
清助の技術が安定してきた頃、
明賢は屋敷の裏手に新しい建物を立てることを決めた。
「清助、これからは本格的に“工房”を作ろう。
ただの作業場ではなく、知識と技術を積み重ねる場所だ。」
家臣たちの協力を得て、数日で小屋が完成した。
木造ながらも構造はしっかりしており、
屋根には見慣れた銀色のパネル――太陽光発電装置が並ぶ。
昼間の光を電力に変え、夜には中の機械を動かす。
その建物に、明賢は「工作所」と名をつけた。
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設備の整備
内部にはCNC、旋盤、小型フライス盤、工具棚が整然と並び、
床には防振ゴムが敷かれている。
壁際にはリチウムイオンバッテリーの蓄電システムが組まれ、
インバーターを通じて機器へ安定した電力を供給する。
「これで夜でも実験ができる。」
清助は配線を手伝いながら言った。
「まるで町の中に“雷の倉”があるようです。」
「そうだ。これが現代の“火と光”だ。
そしていずれ、国を支える力にもなる。」
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試作品の数々
工作所の棚には、これまでに削り出した試作品が並んでいた。
歯車、軸、軸受け、巻き上げ装置、ベアリング構造、
試験用モーター、簡易の風力機構。
どれも清助の手によるものであり、
改良と試行の痕跡が丁寧に刻まれている。
清助はそれらを毎日整備し、数値をノートに記録していた。
「誤差が少しでもあると動きが変わる……。
数は嘘をつきませんね。」
明賢は微笑んで頷いた。
「だからこそ、技術は人の誠実さでできているのだ。」
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安全と秘密の管理
明賢は小屋の入口に、自作の鍵システムを設置した。
指紋認証ではなく、特定の金属プレートを差し込むことで開閉する仕組み。
これにより、清助と明賢以外の者は入れないようになっている。
「ここは国の未来を作る場所だ。
他言無用、慎重に扱わなければならない。」
清助は真剣にうなずいた。
「心得ております。
ここで作るものが、いずれ国を変える力になるのですね。」
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火入れシステムの構築
工作所の奥には、
金属を焼き入れるための火入れシステムが新たに組み込まれた。
電熱線と温度制御装置を組み合わせた精密な炉。
一定の温度を保ち、素材の硬度を自由に調整できる。
「これで刀鍛冶に頼らず、金属の性質を制御できる。」
「焼き加減で強度を変える……まるで鍛冶と科学が合わさったようです。」
「その通り。技術は伝統を捨てるのではなく、超えるものだ。」
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清助の一日
清助の生活にも、確かな規律が生まれていた。
•午前:明賢から学問と理論の授業を受ける。
•午後:工作所で実験・製作を行う。
•夜:パソコンを使い設計図を描き、結果をまとめる。
机の上には常にノートと工具が並び、
手帳には日々の数値や発見が細かく記されている。
「昨日より今日、今日より明日。
少しずつでも進めば、それが未来への道です。」
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夜になると、工作所の小窓から柔らかな光が漏れていた。
CNCの微かな駆動音と、清助の筆が走る音。
戦国の静かな夜に、未来の工房が息づいている。
この小屋こそ、
後に“工学研究所”と呼ばれる技術拠点の始まりであった。
計画と成長
季節がいくつか巡り、明賢の体もようやく成長の兆しを見せていた。
自ら歩き、指先を思うままに動かせるようになると、
彼はすぐに机に向かい、パソコンの電源を入れた。
「ようやく、思考を形にできる。」
体が小さかった頃は清助に多くを託していたが、
いまは自分の手でデータを整理し、計画を練ることができる。
毎朝、清助から送られてくる報告データが画面に届く。
ファイルには試作部品の寸法、回転試験の記録、
材料ごとの摩耗率、温度変化のグラフが細かく記されていた。
明賢はそれを一つひとつ確認し、
コメントと訂正を入力して返信する。
「ギアの噛み合わせ角度をあと0.3度浅く。
摩擦熱の原因は潤滑不足。
ベアリング構造を二重化しなさい。」
清助はその指示に従い、すぐに修正を行った。
翌日には改善されたデータが再び送られてくる。
「報告も早く、理解も正確。
もはや立派な技術者だな。」
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家族の理解
当初、家族は明賢と清助の奇妙な行動に戸惑っていた。
屋敷の一角で唸る見知らぬ機械、
夜更けまで小さく響く金属音、
そして積み上がる図面や帳簿の山。
しかし、やがて彼らもその努力と成果を目にするようになった。
水道が整い、火が容易につくようになり、
生活は少しずつ便利になっていく。
兄・忠明は歯車の動きを見て言った。
「弟よ……これはまるで生きているようだ。」
「兄上、人の知恵が命を吹き込むのです。」
母もまた、清助が提出する報告書を見て微笑んだ。
「あの子は本当に働き者ですね。
明賢も嬉しそうです。」
家族の中に少しずつ理解と誇りが芽生えていた。
屋敷全体が、明賢の研究と共に息づき始めていた。
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計画の深化
明賢のパソコンには、無数のフォルダが並んでいた。
「産業基盤案」「教育統制案」「軍事技術草稿」「医療制度構想」――
すべてが未来の国家を構築するための設計図だ。
「基礎科学が整えば、次は産業の体系化。
そして行政を整える。
この順序を間違えなければ、国は確実に強くなる。」
彼は毎晩、キーボードを叩き続けた。
外では虫の声、
部屋の中ではPCのファンが静かに回る音。
そのすべてが、明賢の頭の中で未来の歯車として動いていた。
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清助の報告と成長
清助は毎日、作業と記録を欠かさなかった。
彼の報告書は日を追うごとに正確さを増し、
理論と実践を結びつける記述が多くなっていた。
「明賢様、CNCの精度を上げるために
振動吸収の仕組みを加えました。
試験結果は前回比で誤差0.1ミリ減少です。」
「よくやった、清助。
振動は技術者の敵だ。
それを抑える工夫こそ“理を超える技”だ。」
報告と訂正、改良と学習。
二人の間には、すでに師弟を超えた信頼が生まれていた。
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家族の理解と支援を得て、
明賢と清助の小さな計画は次第に形を持ち始めていた。
屋敷の裏に立つ工作所の灯りは、
夜ごとに強く、そして温かく輝いていた。




