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物語序章 第一版 33章

空軍 ― 翼なき時代の観測者たち


理念と創設


帝国空軍は、戦いのための翼ではなく、観測と知識のための翼として誕生した。

明賢は、空を制する者は地を守ることができると信じていたが、

同時に、無闇な力は国を滅ぼすことを理解していた。


彼は創設式の席上でこう語っている。


「空を征するより、まず空を読むことだ。

風を測り、光を観て、世界を知る。

それがこの国の翼の始まりである。」


この理念のもと、空軍は最初は“無人の空軍”として生まれた。

そこにあったのは銃でも爆弾でもなく、映像と通信と知識であった。



初期の空 ― FPVと模型の軍


創設初期、帝国空軍に実際の航空機は一機も存在しなかった。

代わりに導入されたのは、FPVドローンとラジコンジェット機。

これらは空を読むための“眼”であり、“訓練台”であった。


FPVドローンは偵察任務に用いられ、

搭載された小型カメラと通信機により、地上から空を覗くことができた。

高い空を飛ぶわけではない。

しかし、風の動き、雲の形、地の温度を映し出すその映像は、

やがて本物の航空技術を生むための“基礎の翼”となった。


一方、ラジコンジェット機は訓練用として導入された。

パイロットたちは小さな機体を通じて揚力・抵抗・失速を体で覚え、

風に逆らうのではなく、風に乗る術を学んでいった。


滑走路など存在しない時代、

広場や丘の上、そして江戸郊外の平地が彼らの“空の教室”であった。



シミュレーターという空の道場


明賢は同時に、実機が無くとも人は空を学べると考え、

早期に飛行シミュレーターの導入を命じた。


この装置は動きを持たない簡易なものだったが、

画面の中で風と気圧、姿勢と重力の感覚を再現した。

操縦士候補たちはそこで

離陸から旋回、着陸、そして通信手順までを体に刻み込む。


訓練生たちは言った。

「我々はまだ飛べない。しかし、心はもう空にある」と。



訓練体系


帝国空軍の訓練は、徹底した体系のもとに行われた。

•理論訓練では、空気力学・航法・気象・通信の基礎を学び、

•操縦訓練では、FPVドローンや模型機で手動操縦と緊急対応を体得。

•整備訓練では、バッテリー管理、センサー校正、機体修復を学び、

•管制訓練では、通信・気象判断・空域調整を行う。


一日の訓練は夜明けと共に始まり、

午前は風を読む実習、午後は機体整備、夕刻には映像解析が行われた。

訓練生は各自の操縦映像を振り返り、

誤差・軌跡・通信遅延などを分析して報告書をまとめた。


空軍の学び舎は静かで、どこか学問の匂いがした。



初期任務 ― 空からの眼


創設期の空軍に、攻撃任務は存在しない。

彼らの任務はただ一つ、見て、伝えること。


主な活動は以下の通りであった。

•災害発生時の被災地偵察と救援要請

•沿岸部や河川の氾濫・土砂崩れの監視

•各地方の気象観測・風速分布の記録

•港湾や主要道路の交通・物流監視

•そして、海軍との共同による海上通信中継


彼らは武器を持たず、代わりに双方向通信とセンサーを持った。

時には暴風の中を飛び、時には夜間の灯を追い、

明賢の言葉どおり、「風と光を読む者」として働いた。



整備と補給


基地には小さな格納庫が設けられ、

整備員たちは日々ドローンや模型機を分解・清掃・再組立していた。


太陽光による充電装置と蓄電バッテリーが設けられ、

整備班は燃料ではなく電流と電池の残量を確認するのが日課だった。

機体は飛行時間ごとに点検され、異常データはすべて記録され中央へ送信。

これにより、機体ごとの耐久性と寿命が数値で把握されていた。


すでに、空軍の整備体制は科学的データ運用に基づいていたのだ。



指揮と通信


各飛行基地には司令通信室が設けられ、

任務中の機体は常時無線で交信し、

送られる映像は暗号化されて東京の中央管制に転送された。


FPV映像は即座に解析され、

地形データや気象情報は地図上にプロットされる。

それは、空軍が空から見た“国の記録”であり、

後に気象予報・都市計画・防災設計に利用されることになる。



教育と人材育成


帝国空軍の教育機関は「航空学院」と呼ばれた。

ここでは操縦士だけでなく、整備士、管制官、通信士、そして気象官までも養成された。


カリキュラムには、物理学・通信学・心理学まで含まれ、

特に「倫理と冷静」を重んじた教育が行われた。


明賢はこう述べた。


「空を飛ぶ者に最も必要なのは勇気ではない。冷静さだ。

空は怒らず、空は許さない。だから、空を読む者は己を読め。」



将来への準備


この時代、まだ誰も本当の航空機を持たなかった。

しかし空軍の隊員たちは、

“いつか本物の翼を得る日”を信じ、訓練を続けた。


FPVの画面越しに見た空は、

彼らにとって未来そのものであり、

模型のプロペラが回る音は、

いつか訪れる大空への前奏曲のように聞こえた。


明賢は日誌にこう書き残している。


「我らの翼はいまだ風を掴まず。

されど、すでに空を知り始めた。」

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