物語序章 第一版 31章
言葉の力 ― 政府新聞社の創設 ―
一、言葉の兵 ― 情報の遅滞を断つ
教育は人を育て、知識を広める。
しかし――教育だけでは、国を動かすには遅すぎた。
制度が変わり、法が立ち、街が形を変えるそのたびに、
民衆の理解が追いつかず、噂が真実を凌駕する。
明賢はそれを憂い、静かに語った。
「言葉を制す者は、心を制す。
国を導くには、真を最初に届けねばならぬ。」
こうして、政府直轄の報道機関――
政府新聞社の設立が決まった。
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二、活字の都 ― 新聞社の誕生
東京の官庁街の一角に、白亜の四階建ての建物が建てられた。
それが政府新聞社本社ビルである。
内部には大型の輪転印刷機が並び、
銅板活字が並ぶ棚が天井まで続いていた。
紙は製紙局から供給され、
インクは化学プラントで新たに開発された耐久顔料。
編集局には帝国大学文学部と法学部の卒業生が配属され、
記者・論説委員・印刷技師・配達員が組織された。
「筆は刀に勝る。
この紙一枚が、千の兵を動かす。」
政府新聞社は、単なる報道機関ではなかった。
国家の意志を民に伝える声であり、
民の声を国家に還す耳でもあった。
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三、発行第一号 ― 「東京日報」
創刊第一号の題名は「東京日報」。
発行日は慶長九年改暦元年(1605年相当)の春。
一面には新たな制度の解説と、
「義務教育普及五カ年計画」の記事が掲載された。
他にも「新しい科学」「市民の健康」「東京の再開発」など、
国の歩みを明るく語る記事が並ぶ。
庶民はこれを“政府の声”と呼んだ。
町の書店に新聞が届くと、
人々は群がり、声を合わせて読み上げた。
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四、情報の均衡 ― 検閲と自由
だが、報道の力は強すぎる。
明賢はそれを理解していた。
政府新聞社は国家の意志を伝える一方で、
誤情報や扇動を防ぐため、検閲局が同時に設立された。
検閲といっても弾圧ではない。
虚偽・憶測・偏見から国民を守るための“信頼の盾”である。
編集局と検閲局の間には報告制度があり、
議会によって公開監査が行われた。
「報道は力だ。
ゆえに、その力は正しき手に握られねばならぬ。」
こうして報道の自由と国家の統制が絶妙に均衡し、
新聞は恐怖ではなく、信頼の象徴となった。
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五、情報の民営化 ― 娯楽と文化の息吹
やがて政府新聞社の周囲には、
多くの私設新聞社や雑誌社が生まれた。
彼らは「芸術」「娯楽」「科学普及」「家庭の知恵」などを扱い、
庶民の文化生活を潤す存在となる。
政府はこれを許可制とし、一定の検閲を保ちながらも、
文化の発展と知識の拡散を奨励した。
新聞はやがて、単なる報道を越え、
国民の教科書、そして心の拠り所となっていった。
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六、言葉が国を繋ぐ
夜。
印刷機の音が東京の下町に響く。
「ガチャン、ガチャン」とリズムを刻むたびに、
紙の上に新しい世界が刷り出されていく。
明賢は窓越しにその光景を見つめ、静かに呟いた。
「言葉は国を動かす血潮だ。
この国は、学び、働き、語り合うことで成長する。」
こうして、日本初の国家報道機関は動き出した。
それは後の放送局・通信社・出版産業の礎となり、
“思想の流通”という新しい時代を告げるものだった。




