物語序章 第一版 3章
第三章:教育の拡張と家庭整備
清助が光丸のもとに仕えてから、わずか二ヶ月。
その成長は、驚くほど早かった。
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清助の成長
光丸が教えた現代の日本語と算術、理科の基礎を、
清助は一つも取りこぼさずに吸収した。
夜遅くまで教科書を開き、筆を走らせる姿は、
すでに学者のような集中力を帯びていた。
「……清助殿、見事なものです。
文字も式も、もう完全に理解していますね。」
「ありがとうございます、光丸様。
ですが、まだ“微生物”というものの仕組みは、少し難しゅうございます。」
「焦らなくてよい。
科学は“わかるまで探究し続ける”学問です。」
二ヶ月が経つ頃には、清助は小学校三年生程度の理科と算数をすでに修得していた。
紙に数式を書き、温度や距離を計測し、結果をグラフ化するまでになる。
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家族への教育構想
清助の教育が軌道に乗ると、光丸は次に家族へ目を向けた。
夕刻の座敷で兄・忠明に向かって言う。
「兄上。これからは戦の時代ではなく、知の時代になります。
ですから、兄上にも文字と数の理を深く学んでいただきたいのです。」
忠明は苦笑した。
「弟よ、武を捨てて筆を取れというのか?」
「武を持つ者ほど、理を知るべきです。
いずれ国を治めるには、刀よりも制度と知識が必要になります。」
光丸は兄に小学校・中学校の教科書を渡した。
兄は最初こそ戸惑っていたが、もともと記憶力がよく、
一年も経たぬうちに文章を読み、方程式を扱えるようになるだろうと見立てた。
また、次に生まれてくるであろう弟妹たちの教育方針も母へ伝えた。
「子は生まれた瞬間から“学び”を与えねばなりません。
言葉と数、それが未来の武器になります。」
家族が驚く中、光丸は将来の計画を静かに語った。
「いずれ私は徳川家康公のもとに仕え、
学問と行政の仕組みを整え、政府を立ち上げます。」
父・惣右衛門は沈黙した。
だが、幼い息子の眼には確固たる信念が宿っていた。
「そのための準備を、今から始めます。」
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社会状況の把握
光丸は昼間、屋敷の者たちを通じて周辺の情報を集めさせた。
武蔵国の人口、農村の戸数、商人の数、兵の総数――
それらをExcelに入力し、表に整理する。
「今この国に何が足りないかを知らねば、改善もできない。
政とは“現状を数で見る”ことから始まる。」
彼はまとめたデータを印刷し、ファイルに綴じた。
1590年の日本で、最初の人口統計表が生まれた瞬間だった。
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技術基盤の整備
情報の整理と並行して、光丸は設備の充実を進めた。
屋敷の屋根に、周囲から見えぬよう角度を工夫して太陽光パネルを設置。
日中に発電し、ポータブルバッテリーへ自動蓄電させる。
「この電力があれば、夜でも学問が続けられる。」
さらに、ネットで注文した工具類や工作機器が次々と届いた。
精密ドライバー、ハンダごて、小型CNC、簡易旋盤、電子測定器――
どれも見たことのない器具ばかりだ。
清助はそれらを慎重に確認しながら、組み立て手順をメモしていく。
「これは何を作るものですか?」
「物を削り、形を正確に作る機械です。
これで未来の道具を作る準備ができます。」
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通信の実験
設備の整備が一段落すると、光丸は次の計画に取りかかった。
それは、無線通信の実験である。
注文したハンディ無線機を家の敷地内で試験運用。
清助に片方を持たせ、庭の端まで歩かせて交信を試みる。
「こちら明賢、聞こえますか。」
「……こちら清助、よく聞こえます!」
声が空を越えて届いた瞬間、清助は感嘆の声を上げた。
「声が……糸も繋がず届くとは……!」
「これが“無線”です。
これを使えば、戦場でも都市でも、遠くの者と指令を交わせます。」
清助は興奮したまま、機器を見つめ続けた。
光丸は静かに微笑む。
「いずれ、この技術が国を結ぶ線になる。
今はまだ小さな試験だが、始まりとしては上出来だ。」
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屋敷の屋根では、太陽光パネルが夕陽を受けて微かに光っていた。
その下の部屋で、少年と助手が未来の準備を進めている。
外の世界はまだ戦国の只中。
だがこの屋敷の中では、すでに次の時代が始まっていた。
部品製作の始まり
教育と設備の整備が一段落したある日、
明賢は机の前に座り、パソコンの電源を入れた。
画面にはCADソフトの設計画面が映し出される。
「これからは“形”を作る。
言葉や数字ではなく、実際に動くものを。」
ネットで注文していた小型の金属ブロックが届いた。
手のひらほどの大きさの鋼材、アルミ材、真鍮材――
それぞれ光沢を放ちながら机に並べられる。
清助は慎重に一つを手に取った。
「これを削るのですか?」
「そうだ。これが“素材”と呼ばれるものだ。
これを旋盤やCNCで削り、形を与える。」
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太陽光発電で蓄えた電力をバッテリーから引き、
CNCと旋盤のスイッチを入れる。
モーターが静かに唸りを上げ、刃がわずかに振動した。
「清助、まずはCNCの制御を見てみよう。
これは“命令”で動く機械だ。
ここに座標を入力すると、その通りに削ってくれる。」
画面には「Gコード」と呼ばれる命令が並ぶ。
G00、G01――速度、角度、位置。
清助はまるで呪文のようだと感じながら、それをノートに写した。
「つまり、文字で金属を動かしているのですか?」
「その通り。これが“現代の鍛冶”だ。」
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最初の実験は、単純な円柱の削り出しだった。
切削油の匂いが漂い、刃が金属をなめるように進む。
微細な削り屑が光を反射し、机の上に散る。
数分後、手のひらの中には、寸分の狂いもない円柱があった。
清助は息を呑む。
「……刀鍛冶のように叩かずとも、これほど正確な形が。」
「叩くよりも、削る方が正確だ。
そして何より、繰り返し同じものを作ることができる。」
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それから数日間、明賢と清助はさまざまな形状を試した。
ねじ山を切る。
ギアを作る。
小さな軸を通す。
明賢はCNCで設計した部品を組み合わせ、
精密な「回転装置」を作り出した。
指で回すと、静かに滑らかに回転する。
「これは何のための装置ですか?」
「未来の“動力伝達”の基礎だ。
どんな機械も、この原理を持って動いている。」
清助は部品を見つめ、
「このような物が国を動かすのですね。」
と呟いた。
「そうだ。
鋼を正確に削れる国は、どんな時代でも強くなる。」
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夜、工房代わりの部屋に金属の光がちらついた。
静寂の中で、削り屑がかすかに鳴る。
明賢はパソコンの画面に次の設計図を開きながら言った。
「次は、動力の“源”を作る。
力を伝える軸と歯車の関係を確かめよう。」
清助は深く頷いた。
科学と金属が交わり、
この時代に“工学”という新しい学問が芽を出した瞬間だった。
家の改良と技術の実用化
部品の製作が一段落すると、明賢は次の課題に取りかかった。
それは、身の回りの生活を科学で便利にすることだった。
「清助。学ぶだけでなく、“使う”ことが大切だ。
知識は生活を変えてこそ意味を持つ。」
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水道の導入
屋敷には井戸はあるものの、水を汲むのは毎日の重労働だった。
明賢はネットで小型ウォーターポンプと電動センサー式の蛇口を注文した。
数日後、銀色に輝く部品が木箱に収められて届く。
清助と共に作業場へ運び、接続を始めた。
「この筒が“ポンプ”だ。
電気の力で水を引き上げる仕組みになっている。」
井戸の桶にホースを通し、ポンプの配線をバッテリーへ接続。
蛇口を木製の台に固定し、水瓶の近くへ設置した。
「さて、試してみよう。」
明賢が手を蛇口の前にかざすと、
「ウィーン」という小さな音とともに、透明な水が滑らかに流れ出した。
清助は思わず息を呑む。
「……水が、勝手に出てきました!」
「これが“水道”だ。
人の力ではなく、仕組みで支える。
これこそ文明の第一歩である。」
屋敷の者たちも驚きの声を上げた。
特に母は喜び、
「これで冷たい水の作業の苦労が減るねぇ……」
と目を細めた。
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火の文明
次に明賢は、竈の前で困っていた台所係を見ていた。
薪を組み、火打ち石で何度も火を起こしている。
明賢はポケットから一つの道具を取り出した。
「これを使ってみてください。」
それはガスライターだった。
母が受け取り、恐る恐る金属の車輪を回すと、
小さな炎が一瞬で現れた。
「……まあ! 石もいらずに火がつくなんて。」
「これが現代の“火”の起こし方です。
熱は力である。
これもまた文明の一部なのです。」
屋敷中が驚きに包まれた。
火と水――人が最も苦労してきた二つの要素が、
一日のうちに容易く扱えるようになった。




