物語序章 第一版 242章
自走榴弾砲開発計画の発動
明賢ドクトリンが掲げる基本原則――
「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」。
1式主力戦車の完成と量産体制の確立により、
機甲部隊の機動力と突破力は飛躍的に向上した。
しかし、その一方で重大な欠落が浮き彫りになる。
火力投射能力の欠如
当時、日本陸軍が運用していた榴弾砲は、
•牽引式榴弾砲
•榴弾砲にAPUを取り付けただけの簡易自走型
に過ぎなかった。
これらの砲は、
•自力での長距離移動が不可能
•展開・撤収に時間がかかる
•弾薬輸送車が随伴しなければ継続射撃不可
という致命的な制約を抱えていた。
つまり、
戦車は前進できても、火力支援に必要な火砲は追いつけない。
この状態では、
迅速な突破戦、機動戦、諸兵科連合は成立しない。
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参謀本部、陸軍工廠、前線部隊から同時に上がった結論は、
驚くほど単純だった。
「自走式榴弾砲が必要である」
砲が自ら移動し、
弾薬を自ら搭載し、
即座に射撃し、
即座に再配置できる。
それはもはや補助兵器ではなく、
機甲部隊の一部として機能する火砲でなければならなかった。
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二系統同時開発という決断
議論の末、陸軍は一つの結論に到達する。
装輪式と装軌式の両方が必要である。
装輪式自走榴弾砲の役割
装輪式自走榴弾砲は、
•高速道路網・整備された道路を活用
•長距離移動が容易
•整備性・燃費に優れる
という特徴を持つ。
後方地域や安定した戦域での迅速展開、
機甲部隊への追随、
即応火力としての役割が期待された。
装軌式自走榴弾砲の役割
一方、装軌式自走榴弾砲は、
•不整地走破能力
•戦車と同等の地形対応力
•前線での生存性
を重視する。
主力戦車部隊と完全に行動を共にし、
敵陣深くに侵入した後でも
持続的な間接火力支援を行う存在である。
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要求仕様
自走榴弾砲に求められた性能は明確だった。
•自力での戦域内移動能力
•十分な弾薬搭載量
•短時間での射撃・撤収能力
•軍全体とのデータリンク
•砲兵観測ドローンとの連携
もはや「砲兵」は後方兵科ではない。
自走榴弾砲は、
機甲部隊と同じ時間軸で戦う兵器として再定義された。
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こうして、
•装輪式自走榴弾砲開発計画
•装軌式自走榴弾砲開発計画
という二つの計画が同時に立ち上がる。
装輪式自走榴弾砲 開発要求仕様
明賢ドクトリンに基づき、
装輪式自走榴弾砲は迅速展開型間接火力投射プラットフォームとして位置付けられた。
本車両の目的は、
機甲部隊・歩兵部隊の進出速度に追随し、
必要な地点へ最短時間で到達し、
継続的かつ集中的な火力支援を行い、
敵の反撃が到達する前に撃滅することである。
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1. 機動性能要求
•舗装路走行を主眼とする装輪式車体
•最高速度 100km/h以上
•長距離自走による戦域内再配置が可能であること
•前線・後方を問わず迅速に火力を集中可能であること
これにより、
•空輸や牽引を前提としない即応火力
•部隊展開の柔軟性向上
•火砲運用の時間軸を戦車部隊と一致させる
ことが求められた。
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2. 火砲および装填機構
本車両に搭載される榴弾砲は、
精密射撃能力よりも投射量を重視する。
•150mm榴弾砲を採用
•弾薬は標準150mm弾として共通化されたものを使用
•半自動装填装置を搭載
•高い連続射撃能力を有すること
榴弾砲において重要なのは、
「一発の精度」ではなく
一定時間内にどれだけの砲弾を目標地域へ送り込めるかである。
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3. 弾薬搭載量と継戦能力
•最低20発の即応弾を車内に搭載
•弾薬補給車を待たず初動火力を確保可能
•陣地転換を繰り返しながら持続的支援を実施可能
これにより、
•前線部隊の要求に即応
•一時的な火力集中による突破支援
•短時間での複数回射撃任務
が可能となる。
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4. 射撃・離脱思想(生存性)
本車両の運用思想は明確である。
•射撃位置は必ず敵に特定される
•カウンターバッテリー射撃は必ず飛んでくる
ゆえに、
•短時間での射撃実施
•射撃後、即座に撤退・陣地交代
を前提とした設計が求められた。
このため、
•砲の展開・収容時間の短縮
•車体の機動性重視
•過剰な装甲は要求しない
という割り切りがなされている。
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5. 電子装備・統合運用能力
•軍の戦術システムと連接可能なデータリンクシステムを搭載
•前線観測手、ドローン、指揮所からの射撃諸元を即時受信
•複数車両による同時射撃が可能
特に重要視されたのが、
•同時着弾(MRSI)能力
•複数の自走榴弾砲が同調し
異なる仰角・装薬量で発射
→ 目標に同時着弾させる能力
これにより、
短時間で極めて高い制圧効果を発揮する。
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陸軍設計局に課された装輪式自走榴弾砲の本質は、
•強力な砲ではなく
•厚い装甲でもなく
「速さ・投射量・連携」である。
この兵器は、
「撃ち合う砲」ではなく
「先に撃って消す砲」
として、
明賢ドクトリンの火力機動思想を体現する存在となることを求められた。
装輪式自走榴弾砲 試作1号車(第四設計局案)
計画発足からわずか4か月後、
第四設計局は全設計局の中で最速となる試作1号車を完成させた。
本車両は
「要求仕様を一通り形にすること」
を最優先目標として開発された、技術実証重視型試作車である。
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1. 達成された主要要素
試作1号車は、以下の必須要件を短期間で実装することに成功した。
•150mm榴弾砲の搭載
•陸軍標準150mm弾を使用
•高い投射量を確保可能
•半自動装填装置
•砲弾装填の省力化
•速射性の大幅向上
•人員負担の軽減
•高度な電子統制装置
•射撃諸元の自動計算
•データリンクを前提とした設計
•将来的な統合作戦システムへの接続余地を確保
•即応弾搭載数:22発
•要求された最低即応弾数(20発)を上回る
•初動火力および短時間の連続射撃能力を確保
これらの点において、
火砲としての基本性能は短期間で完成段階に到達していた。
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2. 未達成項目と問題点
一方で、明賢ドクトリンが要求する
「生存性と機動性を両立した火力投射」
という核心部分では重大な課題が残された。
最高速度不足
•最高速度:85km/h
•要求性能:100km/h以上
装輪式自走砲としては高い数値であるものの、
計画要求には届かなかった。
この結果、
•射撃終了からの離脱時間が延びる
•機甲部隊との行動速度に差が生じる
という運用上の問題が指摘された。
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防御力の犠牲
速度を確保するため、
•搭乗員区画の装甲を大幅に削減
•直撃は想定しない最低限の防御のみを付与
という設計が取られていた。
その結果、
•砲弾の至近弾
•破片の飛散
•小口径榴弾の衝撃波
に対し、搭乗員が死傷する可能性が高いことが判明する。
これは、
「撃って逃げる兵器であっても、
生きて帰れなければ意味がない」
という評価を受けることになった。
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同時着弾能力の未実装
•MRSI(同時着弾)能力は未達成
•射撃統制プログラムの開発が間に合わず
•ハードウェアは対応可能だが、ソフトウェアが未完成
これにより、
•単車での射撃は可能
•複数車両による協調射撃は限定的
という、中途半端な統合作戦能力に留まった。
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試作1号車は、
•火砲
•装填
•電子統制
•弾薬搭載
という「撃つための要素」を極めて短期間で揃えた点では高く評価された。
しかし同時に、
•速度不足
•搭乗員防護の不足
•ソフトウェア開発の遅れ
という致命的な問題も明らかとなった。
陸軍評価委員会は、
試作1号車を次のように総括している。
「これは完成品ではない。
だが、装輪式自走榴弾砲という兵器が
現実的に成立することを示した最初の証明である」
この試作1号車の存在が、
後続設計局に対し
“何が可能で、何が足りないのか”
を明確に示す基準点となった。




