物語序章 第一版 229章
翌朝
夜が明けても、
炎は消えていなかった。
船倉の奥で燻り続ける熱が、
時折、赤い舌となって吐き出される。
消火は継続されていたが、
鎮火の兆しはない。
それどころか――
事態は悪化していた。
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漂流開始
夜通しの放水と消火作業の間に、
貨物船はわずかずつ位置を変えていた。
解析班から報告が入る。
「海流に乗っています。
ゆっくりですが、南下しています」
湾口の外。
そこからさらに南。
このままでは沿岸へ寄せられる。
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最悪の想定
もし――
燃え続けたまま座礁したら。
•船体構造が崩壊
•内部で蓄積した熱が一気に解放
•穀物粉塵と酸素が混合
•爆燃、もしくは爆発
その先にあるのは、
住宅街への延焼。
サンフランシスコ(山番市)沿岸部は、
すでに都市化が進んでいる。
一瞬の判断ミスが、
都市災害に直結する。
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決断
指揮艦の作戦司令室。
静かな声で、
しかし迷いのない命令が出された。
「――曳航する」
鎮火はしていない。
だが、ここに留める方が危険。
「外洋へ曳航。
住居区域から引き離す」
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応援要請
即座に命令が飛ぶ。
•タグボート2隻、追加要請
•消防艇は引き続き放水
•巡視艇は周辺海域を完全封鎖
数十分後、
2隻体制のタグボートが揃った。
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命がけの作業
火が――
一瞬、弱まった。
そのわずかな隙を逃さない。
「今だ。乗り込め」
耐火装具を着た要員が
貨物船へ移乗する。
甲板は熱を帯び、
足元から熱気が立ち上る。
煙。
煤。
焦げた穀物の匂い。
視界は悪い。
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曳航索の取り付け
曳航ポイントへ到達。
ロープを回し、
固定。
その間も――
消防艇は放水を止めない。
曳航索へも水がかけられる。
•燃え切らせないため
•強度低下を防ぐため
すべてが
秒単位の判断だった。
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曳航開始
「張力、確認」
「曳航開始」
ゆっくりと、
ゆっくりと。
燃え続ける貨物船が、
動き出す。
炎を上げながら、黒煙を靡かせ
海へ引きずられていく異様な光景。
タグボート2隻。
消防艇4隻。
巡視艇多数。
一隻の燃える船を守るための艦隊。
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外洋へ
速度は出せない。
曳航索の温度、
船体の歪み、
炎の動き。
すべてを監視しながら、
少しずつ、少しずつ。
目指すは――
外洋。
都市から、
人から、
遠ざけるために。
曳航は――
順調だった。
タグボートの推力は安定し、
消防艇の放水も途切れていない。
燃え続けてはいるが、
制御下にあるように見えた。
その時だった。
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曳航開始から、およそ三十分。
貨物船の船体内部――
船倉の奥で、
圧力と温度が臨界点を越えた。
曳航による船体振動。
破断した区画。
そこから一気に流れ込む――
新鮮な空気。
そして。
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爆発
ドン――ッ!!
鈍く、
しかし腹に響く衝撃。
船倉内部で、
穀物粉塵が一斉に燃え上がった。
爆燃。
完全な爆発ではない。
だが、
密閉空間に近かった船倉では十分だった。
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破断
衝撃で――
曳航索が悲鳴を上げる。
水を浴び続けていたとはいえ、
高温と張力は限界を超えていた。
バンッ!!
ロープは破断。
張力を失った貨物船は、
再び自由になった。
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再漂流
爆燃で船体はさらに歪み、
炎は勢いを増した。
貨物船は
再び海流に乗る。
南へ。
南へ。
海流に弄ばれ誰の制御も及ばない、
燃える巨大な漂流物。
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現場指揮艇の艦橋。
一瞬、
誰も言葉を発しなかった。
全員が理解していた。
これ以上の消火・曳航は不可能
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作戦司令部にて冷静な声が、
しかし重く響いた。
「……これ以上の消化は不可能、撃沈を決定する」
被害を最小限に抑えるための選択。
「このまま沿岸に近づけば、
人命に被害が出る」
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応援要請
即座にホットラインが開かれる。
「こちら海上保安庁、山番市管区。
日本海軍へ応援要請。
炎上貨物船、制御不能、撃沈処理を求む」
数秒の沈黙の後、
応答が返る。
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「了解」
「現在、
サンフランシスコ湾へ入港予定の
潜水艦が一隻ある」
「その艦を派遣する」
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撃沈が確定したことが指揮艦から全艦へ通達された
消防艇は放水を続けながら、
距離を取る。
巡視艇は
さらに外周へ展開。
燃え盛る貨物船の向こうに、
太平洋が広がっている。




