表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明賢の物語(日本建国物語)試作版 第一版  作者: 大和草


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

211/248

物語序章 第一版 211章

北極点


砕けた氷が、

ゆっくりと左右へ流れていく。


しらせは、ついに停止した。


艦橋の窓の外には、

果てしなく続く白と、低い曇天。

方位磁針は意味を失い、

すべての方向が「南」を指す。


――北極点。


だが、そこには旗を立てる大地も、

上陸できる島も存在しない。


あるのは、

厚い氷に覆われた海と、

そのさらに下に広がる未知の世界だけだった。



任務開始


艦長は静かに命じた。


「観測を開始する」


しらせは微速前進に切り替わり、

観測モードへ移行する。


艦尾から、

複数のセンサーが展開された。

•多波長測深ソナー

•海底地形用スキャンアレイ

•海流・塩分・水温センサー

•地磁気・重力異常測定装置


氷の下、

深い闇へ向けて、

不可視の波が放たれていく。



海の底


数百メートル、

数千メートル下。


北極海の海底は、

平坦ではなかった。


隆起した海嶺、

深く切れ込む谷、

なだらかな棚状地形。


モニターに映し出される地形は、

まるで裏返した山脈のようだった。


解析担当の研究員が、

思わず声を漏らす。


「……これは」


「海運にも、

 潜水艦の行動にも、

 想定以上の自由度が生まれます」


しらせのデータは、

即座に暗号化され、

艦内のサーバーに保存されていく。


ここで得られる情報は、

単なる学術成果ではない。


未来の作戦図そのものだった。



氷下の影


作業の最中、

後方にくろしおが浮上した。


無線が入る。


「こちら、くろしお」


「北極点到達を確認しました」


「本艦は、

これより哨戒任務へ復帰します」


その声は、

これまでと変わらず落ち着いていた。



しらせの艦長は短く応答する。


「護衛、感謝する」


一拍の後、

くろしおの艦長が言った。


「また、会いましょう」


通信は切れた。


ソーナー上の影は、

やがて完全に消える。


深海へ。

任務の海へ。



氷上には、

再びしらせだけが残った。


風は弱く、

音もない。


だが、

この静寂の下には、

•膨大な地形データ

•海流の記録

•氷厚と季節変動の情報

•そして、北極海という新たな海の姿


が、確かに刻まれていた。


艦長は艦橋を見渡し、静かに言う。


「記録せよ」


「――ここに、

 人類は北極点へ到達した、と」


だがその事実は、

まだ世界には知らされない。


氷の下に、

そっと伏せられたまま。


北極点付近での滞在は、

数日では終わらなかった。


氷の動き、

海流の変化、

気圧配置。


昼と夜の境界が曖昧な世界で、

しらせは数ヶ月にわたり、

同じ海域を周回し続けた。


氷の厚みは日々変わり、

割れ目は一夜で消え、

新たな裂け目が現れる。


研究員たちは、

この「生きている海」を

一つも取り逃がすまいと記録を重ねた。



観測終了が近づくと、

しらせは最後の総合スキャンを行った。

•海底地形の再確認

•氷厚分布の最終測定

•海水サンプルの追加採取

•微生物・プランクトンの回収


データは膨大だった。


艦内の保管庫には、

耐寒容器に収められた試料が

幾重にも並ぶ。


研究主任が艦長に報告する。


「これ以上は、持ち帰れません」


艦長は短く頷いた。


「帰港する」



しらせは針路を南へ。


北極海を離れ、

再びベーリング海へと向かう。


氷は次第に薄くなり、

ラミング航行は不要となった。


ディオミード諸島を過ぎ、

セントローレンス島で補給を受ける。


日本海軍基地では、

既に帰還を察知していたのか、

整然とした補給体制が敷かれていた。


そのまま艦は、

ユーラシア大陸沿いを南下する。



日本本土へ


千島列島が見えたとき、

艦内には静かな安堵が広がった。


荒れた氷海も、

果てしない白も、

すでに艦の後方だ。


日本列島沿いをさらに南下し、

穏やかな海へ入る。


やがて、

東京湾の入口が見えた。



東京港


汽笛が鳴る。


低く、長く。


港には、

海軍関係者、研究者、

帝国大学の代表が整列していた。


しらせはゆっくりと接岸する。


舷側が岸壁に固定されると、

ただちに作業が始まった。



引き渡し

•観測データは、

サーバーに有線で接続され

海軍技術本部へ。

•海底地形データは、

気象庁と海上保安庁と海軍大学校へ。

•氷・海水・生物サンプルは、

帝国大学・理学部、農学部、医学部へ。


木箱と金属ケースが、

慎重にクレーンで降ろされていく。


研究員の一人が呟いた。


「……これだけで、

 何十年分の研究になる」



静かな達成


派手な式典はなかった。


新聞にも載らない。


だが、

東京港から運び出されていく箱の一つ一つが、

•北海航路の可能性

•極地戦略の礎

•原子力船運用の完成形

•そして、

人類の未知領域への理解


を内包していた。


しらせは任務を終え、

再び静かにドックへ入る。


次の改修、

次の航海のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ