表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明賢の物語(日本建国物語)試作版 第一版  作者: 大和草


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

208/248

物語序章 第一版 208章

北極調査隊の編成


南極での調査が軌道に乗り始めた頃、

次の視線は自然と北へ向けられていた。


北極。


人類にとって、

南極と同じく未知でありながら、

決定的に性質の異なる極地。


南極が「大陸」であるなら、

北極は「海」である。


その価値は、

将来になればなるほど増していくことが

明賢には見えていた。



事前調査計画


いきなり北極点を目指すことはしない。


まずは、

航路の確保と足場作り。


計画は段階的だった。



第一段階:ベーリング海進出


夏季、

氷の後退する短い期間を狙い、

調査隊は日本領となっていた新大陸北西部、

アリューシャン列島から北上する。


目的地は、

ベーリング海の中央に位置する

ダイオミード諸島。


アジアと新大陸の間に浮かぶ、

小さな、しかし決定的に重要な島々である。



ダイオミード諸島の編入


調査隊は島に上陸し、

地形測量、気象観測、海流調査を行った。


住民は存在せず、

人工物もない。


旗が立てられ、

記録が残され、

正式に日本領として編入される。


この時点で、

日本は

•新大陸

•アリューシャン列島

•ダイオミード諸島


を連続して支配することになった。



極東の静かな編入


次に行われたのは、

さらに静かな、しかし決定的な動きだった。



ユーラシア極東部の編入


当時、

ロシアはまだ極東に十分な影響力を持っていなかった。


人口は希薄。

統治は皆無。

補給線は存在しない。


そこへ日本は、

軍事衝突を伴わない形で進出する。

•シベリア極東部

•カムチャツカ半島

•ウラジオストク周辺


これらを順次、

日本の管理下に置いた。


港を整備し、

通信所を建て、

気象観測所を置く。


表向きは研究と補給のため。

だが本質は別にある。



オホーツク海の囲い込み


これにより、

オホーツク海は事実上、日本の内海となった。


北太平洋から

ベーリング海、

北極海へ至る航路は、


すべて

日本の管理下を通らなければならない。


これは後の時代において、

想像を絶する戦略的価値を持つことになる。



この拡張には、

明賢が持つ一つの一貫した思想があった。



内陸を避ける理由


明賢は、

ユーラシア大陸への進出を

意図的に避け続けた。


理由は単純で、

そして極めて現実的だった。


「ランドパワー国家とシーパワー国家が国境を接することは

未来の戦争を予約することに等しい」


内陸へ進めば、

必ず人口が増え、

資源を巡り、

国境線が問題になる。


それは、

防ぎようのない火種だ。



選ばれた土地


日本が選んだのは、

一見すると価値の低い場所だった。

•人が住んでいない

•農業に向かない

•過酷な気候

•物流が難しい


だがそれらはすべて、

技術で克服できる問題だった。


そして何より、

•航路を支配できる

•他国と直接ぶつからない

•将来の価値が極端に高い


土地だった。



北極への道が開かれる


こうして、

•南極は「滞在」へ

•北極は「準備」へ


と段階が進む。


日本はまだ、

北極点を目指していない。


だが既に、

北極へ行く権利を独占した状態だった。


静かに、

確実に。


宗谷の解析と砕氷船の量産


宗谷が帰還し、

ドックに収められると同時に、

艦そのものが「研究対象」となった。


原子炉の運転記録。

モーターの負荷履歴。

船体外板の歪み。

氷圧による微細なクラック。


そして――

宗谷は、意図的に多くのデータが研究所へ公開された。


公開されたのは、

•砕氷時の船体応力分布

•推進方式の有効性

•極寒環境下での原子炉の安定性


これらは「船の形」の話であり、

「中身」ではなかった。



船体損傷解析の結果


解析によって、いくつかの事実が明らかになる。

•氷圧は想定より局所的

•船首形状のわずかな変更で抵抗は大きく減少

•モーターの瞬間トルクは、さらに増やす余地がある

•原子炉出力はまだ余裕がある


つまり――


もっと強く、もっと大きく、もっと長く行ける


という結論だった。



原子力砕氷観測船 二番艦「ふじ」


こうして決定されたのが、

宗谷を直接の原型とした二番艦の建造である。


艦名は

ふじ。



ふじの特徴

•宗谷をベースにした船体

•船首形状を再設計し砕氷効率を向上

•より高出力な原子炉を搭載

•蓄電バッテリーも大容量化

•発電余剰を前提とした内部配線設計


特筆すべきは、「未来を前提にした設計」だった。



電子機器前提の船


設計段階で明言された。


「数年後には半導体が量産される」


その前提で、

•機器室は余裕を持って設計

•配線ダクトは過剰とも言える容量

•センサー増設を前提とした外板構造


当初は搭載されない機器のために、

空間が確保されていた。



1644年 就役


長い建造期間を経て、

1644年、ふじは就役する。


宗谷よりも静かで、

宗谷よりも力強く、

宗谷よりも「余裕」があった。


極地での行動半径は大きく広がり、

砕氷能力は明確に向上した。


宗谷が「道を切り開く船」なら、

ふじは「道を維持する船」だった。



三番艦「しらせ」


そして時代は、

決定的な一線を越える。



半導体の実用化


半導体の量産が始まり、

電子機器は試験段階を終えた。

•衛星通信装置

•デジタル制御装置

•自動航法補助

•原子炉の監視システム


もはや「後付け」ではない。



最初から電子機器を積む船


三番艦は、

最初から違った。


艦名は

しらせ。



1950年 就役


1950年、しらせ就役。


この艦は、

•電子機器を前提に設計され

•センサーが船そのものに溶け込み

•原子炉制御も電子化され

•観測・航行・通信が一体化された


初めての

「完全な極地用原子力船」だった。



三隻がもたらしたもの

•宗谷

→ 実証と経験

•ふじ

→ 改良と拡張

•しらせ

→ 完成と定着


これにより、日本は

•南極

•北極

•極地航路


すべてにおいて、

行動可能な国家となった。



この砕氷船群は、

海軍所属ではあるものの軍艦ではない。


だが、

•原子炉

•電気推進

•極地航行能力


そのすべては、

将来の別の艦種へ

自然に転用できる技術だった。


明賢は語らない。

だが誰もが理解していた。


極地を制する者は、

未来の地球を制する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ