物語序章 第一版 2章
第二章 小さな始まり
こうして、葛城家に「研究助手」という新しい役職が誕生した。
やがて選ばれた下僕の清助が、光丸の最初の協力者となる。
その夜、光丸は部屋に戻り、静かにノートPCを開いた。
画面には新しい文書のタイトルが打たれていた。
『研究助手・任務計画書(案)』
光の画面が彼の顔を照らす。
1590年の武蔵国で、未来を描く最初のチームが動き出そうとしていた。
知の授業と最初の測定
翌朝、光丸は清助を再び部屋に呼び入れた。
机の上には、すでにいくつもの新しい道具が並んでいる。
透明な定規、銀色のメジャー、ノート、そして印刷された紙の束。
「清助殿、今日からは“学び”を始めます。
まずは、言葉と数の基礎からです。」
清助は畏まって座り、うなずいた。
「心得ました。どうかご指導を。」
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新しい言葉を学ぶ
光丸は印刷した一覧表を差し出した。
そこには、江戸期には存在しない新しい言葉が並んでいた。
「この紙に書かれたのは、これから使う新しい言葉です。
“技術”、“制度”、“単位”、“実験”、“理論”、“構造”……
これらを覚えておかねば、これから先の話が理解できません。」
清助は丁寧に紙を両手で持ち、口の中で繰り返し読んだ。
「ぎじゅつ……じっけん……りろん……」
「難しく聞こえるでしょうが、すぐに慣れます。
意味を覚えるのではなく、使い方を体で覚えてください。」
光丸はそう言って、板書代わりの白紙にマーカーで言葉の使い方を実演してみせた。
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統一単位の導入
言葉の次に教えたのは、単位の概念だった。
「次に、物の大きさや重さを正確に測る方法を学びます。」
光丸はメジャーと定規を机の上に置いた。
メジャーには「cm」「m」の目盛り、定規には細かな数字が刻まれている。
清助はそれを手に取り、目を細める。
「これは……尺貫法では見たことのない目盛りでございますな。」
「この単位を“SI単位”といいます。
世界で共通に使われる、長さ・重さ・時間の基準です。
これがあれば、誰とでも同じ尺度で話せるのです。」
清助は真剣に耳を傾けた。
「我らが使う“尺”や“貫”は、人によって誤差が出ます。
これならば、すべてが一定ということですな。」
「そうです。
国を強くするには、まず“正確さ”を持たねばならない。」
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最初の実験 ―― 測定
光丸は微笑み、壁際の机に置かれたノートを指さした。
「では、実際にやってみましょう。
今日の実験は、“この部屋の広さを測る”ことです。」
清助は驚いた顔をした。
「部屋の……広さ、でございますか?」
「ええ。
科学とは、世界を数字で記録することから始まります。
まずは自分たちの立つ場所を、正しく測りましょう。」
清助は頷き、慎重にメジャーを伸ばした。
床に沿って長さを測り、数値をノートに書き留めていく。
「長さ……三・六……“メートル”。」
光丸はうなずく。
「よくできました。
その一行が、この国で初めて記録された“メートル法”の数値です。」
清助はペンを止め、感慨深げに呟いた。
「ただの部屋を測るだけで、まるで別の世界にいるような気がいたします。」
「そう感じるのは正しい。
この“測る”という行為こそ、文明の始まりなのです。」
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小さな記録の始まり
光丸は清助のノートを手に取り、表紙に一行書き加えた。
『第一研究記録簿 測定篇』
そして穏やかに言った。
「これが私たちの最初の成果です。
これから先、あらゆる研究はこの紙の上に積み重ねていきます。」
清助は深く頭を下げた。
「必ず、書き残してまいります。」
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その夜、光丸の部屋には測定器とノート、
そして小さな希望が並んでいた。
この“最初の測定”が、後の科学帝国の第一歩となることを、
まだ誰も知らなかった。
時間と科学のはじまり
ある朝、光丸は清助を呼び出した。
机の上には、新しく届いた置き時計と温度計、そしてノートが置かれている。
「清助殿、今日は“時間”について学びましょう。」
清助は時計を手に取り、不思議そうに眺めた。
「……これは、何を示しておるのでしょうか。」
「これは“時計”といいます。
一日の流れを、等しい単位で区切って記録できる道具です。
これを使えば、いつ、何が起きたかを正確に残せます。」
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時間と温度の関係
光丸は紙を広げ、筆を清助に渡した。
「では、ひとつ考えてみましょう。
一日のうちで、温度はどのように変わると思いますか?」
清助は少し考え、紙に図を描き始めた。
「朝は寒く、昼に上がり、夜に下がる……このような形かと。」
光丸は頷いた。
「よい観察です。
では、これが本当にそうなるのか、確かめてみましょう。」
彼は温度計を机に置いた。
「これから一時間ごとに、気温を測って記録します。
昼まで続けて、夕方にまとめて比べてみましょう。」
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実験の記録
清助は腕時計の針を見ながら、一時間ごとに温度を測った。
午前六時――気温十五度。
七時――十六度。
八時――十八度。
昼には二十二度を記録し、夕刻には再び十八度に下がった。
光丸は結果を表にまとめ、清助の描いた予想図と並べて見せた。
「見てごらんなさい。
あなたの予想は、おおむね正しかった。
しかし昼の温度上昇が思ったより急でしたね。」
清助は目を輝かせた。
「本当に……実際に測った通りの形になるのですね。」
「それが“科学”です。
予測を立て、実験を行い、結果を確かめる。
そして違いを見つけ、次に活かす。
この1枚1枚の薄い紙の積み重ねが、真実へ近づく道なのです。」
清助は深くうなずいた。
「この一日で、世界の見え方が変わりました……。」
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教科書の準備
実験が終わると、光丸は再びネットを開いた。
検索欄に入力する。
「小学校 教科書 一式」
理科・算数・国語・社会――最新の学習指導要領に基づく教科書が表示される。
光丸は全教科を注文した。
机の上に一瞬で現れる段ボール箱。
「さて、次は“学びの基礎”を整えましょう。」
彼は清助に小学生向けの国語の教科書を手渡した。
「これが、本来であれば今の時代より数百年先の子どもたちが学ぶ言葉です。
まずは文章の書き方を学びましょう。」
清助は慎重にページを開き、平仮名と片仮名の整った形を見つめた。
「……まるで絵のようですね。」
光丸は次に算数と理科の教科書を並べた。
「数字と自然の仕組みを、正しく理解することが科学の基礎です。
あなたには、ここから“学ぶ方法”を学んでもらいます。」
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科学の始まり
夜、部屋の灯りの下で清助は黙々と文字をなぞり、数式を写した。
光丸はその様子を静かに見つめながら呟いた。
「知識は力ではなく、未来を作る道具だ。
この小さな学びが、いずれこの国を照らす。」
こうして清助の教育が始まった。
彼が教科書を読み解き、光丸とともに考える日々が、
やがて“日本国科学教育制度”の原点となっていく。




