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明賢の物語(日本建国物語)試作版 第一版  作者: 大和草


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199/248

物語序章 第一版 199章

1634年 ― 三号炉、始動


東海村研究施設の奥、

これまでの原子炉とは明らかに異なる外観を持つ建屋で、

**三号炉(ガス冷却炉)**は静かにその時を待っていた。


冷却材は水ではない。

ヘリウムガス――

化学的に不活性で、中性子をほとんど吸収せず、

高温でも安定する理想的な冷却材。



始動準備


炉内にヘリウムガスが慎重に注入されていく。

•配管のリーク確認

•圧力安定試験

•炉心温度の均一化

•ガス循環系の挙動確認


この炉は、

小型化・高温運転・将来技術の基盤を目的としている。


1号炉の「実用」

2号炉の「搭載」

その先にある――

次世代原子炉への橋渡しが、3号炉の役割だった。



臨界


1634年、所定の時刻。


制御室には、

工学部原子力科の研究者、陸軍技術将校、

そして明賢の弟子である清助の姿があった。


ボタンが押される。


制御棒が、ゆっくりと引き抜かれる。



反応開始


中性子束が上昇し、

核分裂反応が連鎖的に進行していく。


水の沸騰音も、

蒸気の振動もない。


ただ計器の針だけが、

確実に「生きている炉」であることを示していた。



初送電


発電系統が接続され、

送電が開始される。


観測された出力は――


15万kWh


1号炉や2号炉よりも低い。

しかし、それは計画通りだった。



三号炉の特性


3号炉は出力を競う炉ではない。

•高温ガス取り出し

•小型炉心設計

•将来のモジュール炉構想

•水を使わない冷却方式


これらを検証するための炉である。


特に注目されたのは、

•炉心出口温度の高さ

•冷却材が水でないことによる安全余裕

•構造単純化の可能性


であった。



研究者たちの評価


「これは発電炉ではない」

「これは“設計思想”そのものだ」


三号炉は、

将来の小型原子炉・分散型原子炉・特殊用途炉の原型となる。

•離島用電源

•極地施設

•地下施設

•宇宙・高高度用途の基礎研究


さえ、視野に入れられていた。



清助は、この炉を見てこう語った。


「三号炉は、

今すぐ役に立たなくていいんだ。


だが百年後、

“これがあったから進めた”と言われる炉にしなければ。」



三炉体制、確立


これにより日本は、

•1号炉:実用・発電・基礎運用

•2号炉:搭載・軍事・訓練

•3号炉:未来・研究・革新


という、

世界でも類を見ない三本柱の原子力体系を完成させた。


原子力観測船建造計画 ― 宗谷そうや


計画立案の背景


原子力研究が

「発電」

「艦船搭載用原子炉」

「次世代炉」

の三段階に到達したことで、次に求められたのは――


実運用における原子力の信頼性証明


その最初の舞台として選ばれたのが、

極地であった。



なぜ極地観測船なのか


極地航海は、原子力利用にとって最適な試験環境だった。

•数か月〜1年以上の連続航海

•補給がほぼ不可能

•極低温・荒天・厚い海氷

•高負荷な推進力要求


つまり、


「ここで動けば、どこでも動く」



艦名:宗谷


船名は 「宗谷」。


日本最北の海を象徴する名であり、

未知の海へ進む意思を込めて名付けられた。

•北極

•南極

•未踏の航路


すべてを見据えた名である。



基本コンセプト


用途

•北極・南極の長期観測

•氷厚・地磁気・気象・地質調査

•新航路探索

•原子力船運用データ収集


立ち位置

•軍艦ではない

•だが軍技術の塊

•完全な科学・観測・実証船



推進方式:原子力電気推進


原子炉

•二号炉系(加圧水型)をベースにした船舶用原子炉

•長寿命燃料(交換不要設計)

•出力は軍艦用より抑えめだが連続安定性最優先

•極低温環境でも自然対流が成立する設計


発電・推進

•原子炉 → 発電機 → 大容量バッテリー

•バッテリー → 大型電動モーター

•電動モーター → 可変ピッチスクリュー


電気推進の利点

•低速〜高トルク制御が容易

•砕氷時の「前進・停止・後退」を瞬時に切り替え可能

•機械的衝撃が少なくスクリュー破損リスク低減



船体設計


サイズ

•全長:約170m級

•排水量:約25,000tクラス

•砕氷船として十分なサイズ


船体構造

•二重船殻構造

•氷圧を受け流す丸みを帯びた船首

•船首部は意図的に氷に乗り上げ、重量で砕く設計


安全設計

•原子炉区画は船体中央・水線下

•多重隔壁で区画化

•直接衝突しても炉心に影響が出ない構造

•非常時は自動停止・自然冷却に移行



居住・観測設備


乗員

•乗組員:約120名

•観測員・研究者:約60名

•合計:約180名


設備

•長期航海用の居住区

•融雪用吸水ポンプ

•医務室・簡易手術室

•観測ラボ(気象・地質・生物・磁気)

•ドローン・無人探査機搭載区画



宗谷の意義


宗谷は、単なる観測船ではない。

•原子力船運用の実証

•船舶用原子炉の信頼性確立

•極地における日本の恒久的存在証明


そして何より――


「原子力は、危険な技術ではない」


という明賢の思想を、

世界で初めて“形”にする存在だった。



明賢の言葉


「宗谷は武器ではない。

だが、

どんな兵器よりも価値がある。


知識を運び、

未来を切り開く船だ。」


1638年 ― 原子力観測船「宗谷」就役


横須賀造船所


1638年初夏。

横須賀造船所の巨大ドックに、ひときわ異質な艦影があった。


分厚く丸みを帯びた船首。

軍艦でも商船でもない、しかし圧倒的な存在感。


――原子力観測船 宗谷。


日本史上、

いや人類史上初となる原子炉を動力とする実用船が、ついに完成した。



就役式


形式張った式典は最小限だった。


明賢は言った。


「これは祝う船ではない。

試される船だ。」


船は完成した瞬間から、

評価対象であり、

原子力の証明でもあった。



試験航行開始


宗谷は横須賀を離れ、

ゆっくりと東京湾へ向かう。


ボイラーの振動はない。

重油の臭いもない。

煙突から黒煙は上がらない。


あるのは――

低く、一定で、静かな電動推進音のみ。


造船技師も、海軍機関科将校も、

誰もが無言だった。


それほどまでに「異常な静けさ」だった。



歴史に残る無線


東京湾中央。

航路管制下に入った宗谷は、通信を開いた。


明賢自ら、送信機の前に立つ。


無線は簡潔だった。


「我、観測船宗谷。原子力にて航行中。」


余計な言葉は一切なかった。


その通信は――

東京湾航海管制室

海軍通信局

帝国大学原子力科

陸軍研究本部


すべてで同時録音され、

のちに 『原子力船開発史』 として永久保存される。



試験航行の内容


試験航行は数か月に及んだ。

•低速・高速連続運転

•推進系の急加減速試験

•原子炉の負荷変動試験

•緊急停止訓練

•人為的トラブル想定試験

•完全無補給航行試験


結果は――


全項目、合格。


特に注目されたのは、

•原子炉の極めて安定した出力

•冷却系の異常ゼロ

•振動・騒音の低さ

•乗員の疲労度が従来船より著しく低いこと



海軍技術本部の最終評価は一文だった。


「本艦は、

原子力船としての実用性を完全に証明した。」


これにより――


南極調査計画、正式承認


宗谷は

実験船から

観測船へと任務を移行する。



明賢は東京湾を振り返った。


「武器ではない。

だが、

世界を変える船だ。」


宗谷は、

人類が初めて

太陽由来の火ではなく、原子の火で海を渡る

その第一歩だった。

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