物語序章 第一版 197章
原子炉順次稼働
1624年 ― 研究用原子炉1号機、初臨界
1624年、東海村研究施設。
研究用原子炉 1号機(沸騰水型原子炉) はついに完成を迎えた。
炉心には設計通りに燃料棒が装填され、
高純度に精製された純水が一次系へと慎重に注入される。
巨大な原子炉建屋の中は、
異様なほどの静けさに包まれていた。
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計測と制御
この時代、電子技術はまだ発展途上にあった。
計測の主力は、
•アナログ指針式の中性子計
•圧力計
•温度計
•機械式記録ドラム
である。
針が震え、紙に刻まれる線が、
人類が初めて扱おうとする力の挙動を示していた。
一方で、
明賢がネットショッピングで買い集めた
•pcやサーバー
•高精度センサー
•データロガー
は、
炉心近傍や制御系の要所 に慎重に配置されていた。
すべてを電子に頼るには、電子産業の成熟度がまだ早すぎた。
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制御室に集まった研究者、軍技術将校、監督官たちを前に、
明賢は静かに語り始める。
「これから扱うのは、
火でも、蒸気でも、雷でもない。」
「人類が自然の奥底から引き出した、
“秩序ある破壊”だ。」
「だが、恐れる必要はない。
恐れるべきは無知と慢心だ。」
「我々は、知っている。
だからこそ、制御できる。」
その声には、
前世の記憶と、この世界で積み上げてきた年月の重みがあった。
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制御棒引き抜き
制御盤の前に立つ明賢。
手元には 制御棒スイッチ。
室内の空気が、わずかに張り詰める。
明賢は一瞬だけ目を閉じ、
そしてスイッチを押した。
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制御棒が、ゆっくりと引き抜かれる。
アナログ計器の針が、
わずかに、しかし確実に動き始めた。
中性子を示す値が上昇する。
一次冷却水の温度が、
わずかに変化する。
研究員の誰もが声を出さず、
ただ計器を見つめていた。
――臨界。
核分裂反応は暴走することなく、
設計通り、穏やかに立ち上がった。
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正式稼動開始
運転主任が、震えを抑えた声で報告する。
「……臨界確認。
反応、安定しています。」
制御室に、
小さく、しかし確かな安堵の息が広がる。
この瞬間、
この世界において 人類は原子の火を制御下に置いた。
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それは単なる発電技術の成功ではなかった。
•航空機
•艦船
•都市
•産業
•そして未来の兵器
すべての基盤となる 新しい時代のエネルギー の誕生である。
明賢は計器を見つめながら、心の中で静かに呟いた。
「今度は、
間違えない。」
1624年 ― 初送電
臨界確認から数時間後。
原子炉1号機は、慎重な出力上昇試験を経て、ついに発電段階へ移行した。
蒸気がタービンへ導かれ、
巨大な回転音が、低く、安定して響き始める。
発電機の計器がゆっくりと上昇し――
やがて、一定の値で落ち着いた。
出力:20万kWh
制御室のpcに、その数値が書き込まれる。
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電気が流れる
送電スイッチが投入される。
太い送電線を通じて、
原子炉から生まれた電力が研究施設内へと流れ込む。
照明が、わずかに明るさを増した。
工場の試験用設備が起動し、
計測機器の針が安定した動きを示す。
――原子の力は、
ついに「仕事」を始めた。
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研究炉としての役割
1号機は、商用発電炉ではない。
明賢は、最初からそれを決定していた。
この原子炉の役割は、
•出力変動試験
•緊急停止(SCRAM)試験
•冷却材喪失時の挙動観測
•燃料棒劣化の長期観察
•被曝管理・除染手順の確立
――失敗を、管理された形で起こすこと。
ここで得られた知識がなければ、
次の世代は作れない。
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廃炉計画
計画書には、すでに明確に記されていた。
1640年代
電子技術成熟後、1号機は廃炉
この原子炉は、
永久に使い続けるためのものではない。
•アナログ計測に依存した設計
•初期世代の材料
•保守性より実験性を重視した構造
すべてが「第一世代」であることを前提としていた。
第二世代は、
より安全に、より効率的に、
そしてより多くの人々の生活を支える存在になる。
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放射性廃棄物管理
明賢が最も厳格に決めたのは、
廃棄物の扱いだった。
中間処分
使用済み燃料は、東海村で冷却・管理された後、
厳重な容器に封入される。
その後、極秘裏に輸送され――
カナダ北部、北極圏に近い人跡未踏の地に設けられた
中間貯蔵施設へ集積される。
そこは、
•人口ゼロ
•地盤が極めて安定
•氷床と岩盤に守られた地域
国家最高機密として管理され、
地図にも正式名称は記されない。
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最終処分
採掘技術と掘削機械の進歩に合わせ、
将来的には地下深部最終処分場が建設される予定だった。
数百メートル、
いずれは数キロに及ぶ岩盤の奥深く。
人類が、
二度と立ち寄る必要のない場所へ。
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明賢の思想
明賢は、はっきりと命じていた。
「これは未来への負債だ。
だからこそ、未来だけに押し付けてはならない。」
「誰もが見える場所に置くな。
忘れられる場所にも置くな。」
「管理し、記録し、
そして自らの手で終わらせろ。」
原子力は、
使った瞬間から責任が始まる。
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文明は次の段階へ
1624年。
この日を境に、世界は静かに変わり始めた。
煙突に頼らず、
昼夜に関係なく、
天候にも左右されず。
都市、工場、研究所、
そして未来の艦船や航空機へ。
安定した膨大なエネルギーが供給される時代が、
確実に近づいていた。




