物語序章 第一版 20章
鉄と海の胎動 ― 東京湾造船計画
日本セメントが量産体制に入ると同時に、
明賢の目は海へと向けられた。
「国の血は鉄であり、その血を流すのは船である。」
海運は、国家の動脈であり産業の生命線。
そして、それを動かすための“心臓”――造船所の建設が始まった。
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東京湾沿岸 ― 日本第一造船所の誕生
選ばれたのは、東京湾南端の干潟地帯。
潮の干満差が少なく、水深も深い。
ここに“日本第一造船所”が築かれた。
建設には、既に整備された工業高校・工業大学の学生と教員が動員された。
新たに開発されたスチーム式杭打ち機と振動式地盤締固機が唸りを上げ、
セメントと砂鉄を混ぜた基礎地盤が波打つ大地を押さえつけた。
基礎の上には、鉄筋コンクリート製の造船台が延びる。
その全長は三百メートル。
明賢は設計図の端にこう記した。
「未来の日本はこの台から生まれる。」
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技術の結晶 ― 鉄筋コンクリートの要塞
造船所の主棟は、
セメントの骨格に鋼鉄を組み込み、
鉄筋コンクリート構造として建てられた。
壁は厚く、柱には螺旋鉄筋が巻かれ、
地震が起きても構造が分散して崩壊しない設計であった。
「大地が怒っても、我らの理は揺るがぬ。」
ボルトとナットは統一されたJIS規格によって製作され、
どの工場でも同じ寸法の部品を共有できた。
技術の統一が、強度の保証であり、国家の秩序でもあった。
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鉄路で結ばれる ― 工業連結計画
造船所の完成とほぼ同時に、
明賢は東京郊外に大規模工業団地の建設を命じた。
製鉄、機械、電力、工作、兵器――
すべての産業が“日本国生産網”の中で循環する構想である。
工業地帯と造船所は専用鉄道路線で直結された。
蒸気機関車が鉄材と部品を運び、
完成した船の部品が次々と組み立てられていく。
列車が走るたび、
汽笛が東京湾に響き、海鳥が空を舞った。
その光景を見て、清助は呟いた。
「先生、この音は……日本が動いている音ですね。」
明賢は静かに頷いた。
「そうだ。鉄と石と風が、ようやく一つになったのだ。」
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未来を映す湾
第一造船所のドックには、
すでに中型の貨物船の建造が始まっていた。
木と鉄を組み合わせた試作船――
やがてそれは“日本初の全鋼製蒸気船”への道を開くことになる。
波が静かに打ち寄せる東京湾。
そこに映る造船所の影は、
まるで新しい文明の城壁のように輝いていた。
鉄の脈と黒き血 ― 鉄道網と石油探査計画
造船所の槌音がまだ響く中、
明賢の視線は次の“血管”へと向けられていた。
「船が海を渡るなら、列車は大地を駆けねばならぬ。」
海が外との交易を担うなら、
陸は内を繋ぐ命脈である。
この国の鼓動を絶やさぬために――
明賢は、全国鉄道網の建設を決断した。
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五街道の再生 ― 鉄の道としての再誕
旧来の東海道・中山道・甲州街道・奥州街道・山陽道。
それらは長きにわたり人と物を運んできた動脈であった。
だが、馬と徒歩の時代は終わる。
明賢は五街道を基軸に、
全国統一鉄道網の設計図を引いた。
東海道線は東京から京へ、
山陽線は西の海へ、
奥州線は北へ伸び、
中山道・甲州道が内陸を縫う。
各路線はやがて地方都市を結び、
「物資・知識・人材」を等しく循環させる動脈となる。
「五街道はもはや街道ではない。
鉄と蒸気の“理の道”とするのだ。」
測量は清助塾の高等課と帝国大学土木学部が担当。
現代地図を参照しながら、
線路勾配・橋梁・トンネルの位置を数値化した。
大型蒸気機関車の設計も同時に進み、
初号機「国光号」が試験走行を開始。
汽笛が東京湾から関東平野へと響き渡った。
次なる燃料 ― 石炭の次を見据えて
だが、明賢は理解していた。
鉄道も造船も、火力発電所も、
すべては“燃えるもの”に依存しているという現実を。
「木炭と石炭は限りがある。
やがてこの国を動かすのは“黒き液体”となる。」
明賢は“石油”という言葉を記した書類を家康に提出した。
家康は眉をひそめた。
「石の油、か?」
「はい、地の奥から流れ出る黒き血です。」
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千葉油田調査 ― 地の血を探す者たち
地質局が設立され、
その第一任務として千葉県房総半島の油田調査が始まった。
地質マップと現代データを照合し、
長南・市原・茂原を中心とする丘陵地帯を試掘対象とした。
清助塾出身の技師たちは、
手作りのスチームドリルと送油ポンプを携え、
地表の泥を分析しながら、
ゆっくりと掘削を進めていく。
数週間後――
濃い黒色の液体が地中から噴き出した。
油と泥の匂いが風に乗って広がる。
「……これが、地の血。」
清助の声が震えた。
明賢は試料瓶を掲げ、光に透かした。
その黒は深く、静かに、未来を映していた。
「これで鉄が動き、船が進み、
そして、国が燃える。」
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鉄と油の共鳴
こうして鉄道と石油という二つの命脈が誕生した。
一方は地を走り、もう一方は地の底を流れる。
両者が結ばれる時、
この国は“産業という心臓”を本格的に持つことになる。
東京湾の夜空には、
工場と鉄道の灯りが線を描き、
まるで新しい星座のように輝いていた。




