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物語序章 第一版 17章

理の秩序 ― 帝国工業規格の制定


ここまで急に、火が灯り、鉄が生まれ、国が動き出すと、混乱が現れかねない


全国の工場が勝手に部品を作り、

寸法も材質もまちまちになり、

ボルトが合わず、部品が噛み合わず、

戦前の日本のように同じ設計でも地域によって出来が異なることになりかねない。


「力が整えば、秩序が必要となる。

 国を造るとは、形を揃えることだ。」


明賢は机上に散らばった試作品を見つめながら、

深く息を吐いた。


こうして、**全国統一規格制度――「JIS規格」**が誕生することになる。



第一段階 ― 規格の必要性


帝国研究局の製造部から最初に上がった報告は、検品をするとサイズがまちまちであるという事だった。


明賢はその報告書を手に取り、

次のように書き加えた。


「すべての工業は、言葉を持たねばならぬ。

 この“言葉”こそ、規格である。」


これをもとに、帝国工業大学と研究局が合同で

「標準化委員会」を設立。

国内すべての製造・素材・工具・測定単位を

国家レベルで統一する計画が動き出した。



第二段階 ― JIS規格の制定


正式名称は**「日本工業標準(Japanese Industrial Standards)」**。

略称として “JIS” の名が与えられた。


このJISは単なる寸法表ではなく、

設計・素材・安全・性能・品質・試験法・分類番号まですべてを定義する、

“文明の辞書”とも言える体系だった。


規格は七つの階層に分けられた:

1.JIS-A:構造・建築・土木系

2.JIS-B:機械要素・工具・ネジ類

3.JIS-C:電気・通信機器

4.JIS-D:輸送機器(船舶・車両)

5.JIS-E:鉄鋼・金属・素材

6.JIS-F:化学・薬品・燃料

7.JIS-G:その他応用工業品


最初に制定されたのは「JIS-B0001 ― 六角ネジの規格」。

ボルト径・ピッチ・ねじ山角度・硬度・締付トルクまですべてが定められ、

以降、全国の製造所がこの基準に従うことになった。


「一本のネジが、国の形を整える。」



第三段階 ― 鋼板と素材の分類


産業庁と連携して、

鋼板や鋼材の組成・硬度・耐熱・耐食を細かく定義した。

明賢はこの項目を特に重視し、

製鋼の出荷前検査を義務化した。


鋼板は炭素量や添加物により等級化され、

たとえば「JIS-E101:軟鋼板」「JIS-E202:構造用中炭素鋼」などと記号番号で分類された。

番号を見れば、

全国どこで作られた材料であっても同一品質であることが保証された。


これにより、船舶・機関・橋梁・兵器すべてが互換可能になり、

“統一された工業体系”が生まれた。



第四段階 ― 国家管理と認証制度


明賢はさらに制度の根幹を固めるため、

**「日本標準局」**を創設。


すべての工業製品は出荷前に標準局の検査を受け、

合格品には「JIS印」が刻印される。

この印のない製品は、工場外に出すことを禁じられた。


「自由に作るとは、勝手に作ることではない。

 秩序の中の自由こそ、本当の創造だ。」


標準局には精密測定器と試験装置が整備され、

検査員たちは白衣を着て黙々と測定を続けた。


それはまるで、国家の心拍を測る医師のようであった。



第五段階 ― 理の統一


JIS規格の導入により、

国内すべての工場が同じ「言葉」で話すようになった。

図面を見れば即座に理解でき、

部品を送ればどこでも組み立てられる。


この瞬間、

日本は単なる「製造国」ではなく、

**設計思想を共有する“理の文明国家”**へと変わった。


「文明とは、規格化された理性の集合体である。」


夜の標準局庁舎では、

明賢が机に向かい最後の文を記していた。


「この規格が未来の礎となり、

 百年後の日本が今より正確で、美しくあれ。」


そのペンの音は、

まるで鉄を叩く鎚のように、静かに響いていた。



鋼の鼓動 ― 帝国重工業の胎動


JIS規格が施行されてからわずか数年、

帝国の工場群はまるで呼吸を合わせるように動き始めていた。


寸法は揃い、素材は統一され、誤差は消えた。

それはまるで、国そのものが一つの巨大な機械へと進化したようだった。


「秩序を得た鉄は、生き物のように動く。」


明賢はその成果を見届けると、

次の段階――交通と造船を支える鋼材生産へと舵を切った。



第一段階 ― 鉄路のための鋼


最初に着手されたのは、

線路用鋼材の大量生産だった。


研究局の金属班が設計した「JIS-E501 鉄道用炭素鋼」は、

耐摩耗性と靭性の両立を狙った合金鋼で、

当時としては異例の高精度を誇った。


溶鉱炉の出鋼量は日に日に増え、

圧延工場の床を赤く染めながら、

何百本ものレールが滑り出す。


「この線路は国の血管である。

 これが通れば、理が隅々まで流れ込む。」


レールは帝都から外へと伸び、

やがて地方の工業地帯・鉱山・港湾を繋ぐ幹線となった。

それは単なる交通ではなく、

国家を一体化させる動脈だった。



第二段階 ― 船舶と鉄道の構造鋼


次に生まれたのは、

造船・車両・橋梁用の構造用鋼であった。


帝国鋼鉄庁と造船局が協力し、

新たに「JIS-E701 構造用中炭素鋼」および

「JIS-E710 高靭性鋼板」が制定される。


船体や鉄橋、車両フレームに使用されるこれらの鋼材は、

軽さと強さの均衡を追求した革新的な材料だった。


溶接・鋲打ち・鍛造の技術も急速に洗練され、

建設現場では蒸気ハンマーの音が絶え間なく響いた。

それはまるで、

大地そのものを鍛え上げるかのような音だった。



第三段階 ― 鍛冶の魂を未来へ


鋼鉄が国家の主役になる一方で、

伝統の火が消えかけていた。


刀鍛冶――長年、日本の金属文化を支えてきた職人たちが、

戦の終焉と共に仕事を失いつつあった。


明賢はその報告を受けると、すぐに指示を出した。


「その手を捨てるな。

 刀が消えても、鍛の技は残さねばならぬ。」


こうして、各地の刀鍛冶が帝都に召集される。

彼らは炉の前で最初は戸惑いを見せたが、

やがて新しい鉄と向き合い、

“刀”ではなく“機械”を鍛えることを覚えた。


炉の炎の中で、

鋼の刃は歯車となり、

鍛錬の鎚はシリンダーを形づくる音へと変わっていった。



第四段階 ― 初期スチームエンジンの誕生


刀鍛冶たちの精密な手と、

研究局の理論が融合し、

ついに初期型スチームエンジンが完成した。


明賢はその試運転の日、

研究局の整備棟に立ち会った。


火を入れると、ピストンがゆっくりと上下し、

やがてリズムを刻み始める。

その鼓動は、生き物の心臓のように力強く、

規則正しく、そして美しかった。


「これは、鋼が呼吸を始めた音だ。」


この初号機は後に“葛城式一号機関”と呼ばれ、

帝国の船舶・鉄道・工場動力の原点となる。



第五段階 ― 理の継承


かつて神に捧げられた火が、

今は機械の命を燃やしていた。


鍛冶たちは火床の前で手を合わせ、

「これもまた鉄を活かす道」と口にした。


明賢はその様子を静かに見つめながら呟いた。


「伝統とは、形を残すことではない。

 魂を時代に合わせて打ち直すことだ。」


このとき、古の技と新しき理が一つになり、

日本の重工業は真の意味で“文化”となった。


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