物語序章 第一版 16章
第一段階 ― 火力発電の建設
まず着手されたのは、東京湾沿岸に建設される
初期型木炭・石炭併用式の火力発電所であった。
研究局内の設計班が中心となり、
明賢自身が監督として製図を指揮した。
初期は燃料は国内で入手しやすい木炭と石炭の混焼方式を採用。
炉の温度安定と燃焼効率を高めるため、
帝国工業大学の化学工学科と連携して
「気流制御式燃焼筒」を開発した。
ボイラーは直径六メートルを超える巨大構造物で、
その製造には前例のない精度が求められた。
当時の工作機械では到底作れない。
だが明賢は諦めなかった。
「無いなら、作ればいい。それが“理”の答えだ。」
研究局の機械棟では、
既存のCNCと旋盤を駆使してより大型の工作機械を製造。
歯車、軸受け、リードスクリューまで全て自作。
機械が機械を生む“自己複製の工房”が、
日本で初めて誕生した瞬間であった。
数ヶ月ののち、鋳鉄の塊が見事なボイラーへと姿を変えた。
初点火の日、明賢は制御室に立ち、
静かにスイッチを押した。
唸るような轟音とともに、
巨大なタービンがゆっくりと回転を始める。
初の帝国火力発電所が稼働した瞬間だった。
「光は祈りではなく、理によって灯る。」
東京湾一帯の夜が、
初めて人工の光で照らされた。
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第二段階 ― 水力発電の建設
同時進行で、山間部には水車式水力発電所の建設が進められた。
川の流れを利用し、落差を活かしてタービンを回転させる仕組みである。
この発想は、明賢が幼いころ(転生前)の知識をもとにしていた。
だが、彼は単なる再現ではなく、
この時代の材料と技術で成立する設計を追求した。
鉄製の羽根と鉄製の軸を組み合わせた初号機は、
研究局の水理班による設計で完成。
渓谷に設置されると、風と水が奏でるような音を立てて回転した。
やがて送電線が山から平野へと張られ、
火力発電所と連結する二重供給網が形成された。
この段階で、東京および周辺地域の教育施設・研究所・工場が
すべて安定した電力を得ることが可能になった。
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第三段階 ― 国家電力庁の設立
発電設備の拡張とともに、
明賢は中央政府に対して**「帝国電力庁」**の創設を提案。
電力の生成・供給・保守・統計を一元化し、
将来的な電力網構築を見据えた。
「光は道を照らす。だが、光を管理する者が道を誤れば、
国そのものが闇に沈む。」
電力庁はやがて通信・輸送・工業生産の要となり、
国全体の動脈として機能することになる。
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鉄と光の国
火力と水力の轟音が響く中、
帝国の夜景はかつてない輝きを放った。
清助は工作機械を調整しながら呟いた。
「人が夜を征服した日ですね。」
明賢は微笑みながら答えた。
「いや、理が夜を照らした日だ。」
この日を境に、
“知の国”は本当の意味で“動く国”となった。
その光は、文明の鼓動そのものであった。
鋼の国 ― 帝国製鋼計画の始動
電力網が整備され、灯がともる夜が続く中、
明賢は新たな難題に直面していた。
それは――鉄が足りない。
発電機・蒸気機関・工作機械・軍の装備。
どれも鋼鉄を基礎として成り立つ。
しかし当時の日本には、大量の良質鋼を生産する仕組みが存在しなかった。
「電の国を支えるのは鉄の国。
理の基盤は、鋼にある。」
こうして、明賢は国家を挙げての
**製鋼計画**を発令した。
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第一段階 ― コークス炉の建設
最初に取り組まれたのは、
東京湾沿岸の火力発電所近郊に建設された中規模コークス炉だった。
燃料として使う石炭を高温乾留し、
不純物を除いて高炭素燃料“コークス”を生成する――
鋼鉄生産の心臓部とも言える装置である。
明賢は帝国研究局の化学班を招集し、
現代の製鉄法を基礎に、
当時の技術で再現可能な構造を練り上げた。
「文明は、火の使い方でその格が決まる。」
彼の指示で、炉材の開発が始まる。
耐火性と断熱性を兼ね備えた耐火レンガが必要だった。
このレンガを量産するため、
全国の陶工や窯職人が帝都に召集され、
耐火粘土の精製法と焼成温度の管理法を学んだ。
やがて、火花のように赤く光る煉瓦が
次々と焼き上げられ、炉の壁に積み重ねられていった。
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第二段階 ― 鉄鉱と石炭の確保
原料がなければ炉は動かない。
そこで明賢は、研究局の地質班に命じ、
関東平野の地下構造を解析させた。
彼は自身の脳内に流れる現代の知識――
インターネット上の地質マップの記憶――を頼りに、
「炭層の位置」と「鉄鉱帯の走向」を具体的に指示した。
「大地を読むことは、時間を読むことに等しい。」
調査の結果、下総台地南部と常陸の丘陵地帯に
良質な石炭層が存在することが確認された。
この発見をもとに、関東近郊に帝国第一炭鉱が建設される。
採掘は手掘りと小型削岩機を併用し、
坑道には明賢が設計した電灯と換気装置が導入された。
坑夫たちは昼夜を問わず採掘を続け、
山々から煙と熱が立ち上る光景が続いた。
その黒き燃料は、
やがて帝都のコークス炉に運ばれ、
白い炎を上げながら鉄を育てた。
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第三段階 ― 精錬と製鋼
帝国工業大学と研究局の合同によって、
**溶鉱炉**の設計が始まった。
炉体は高さ十数メートル、
送風機は火力発電の余剰電力を利用する方式で構築された。
炉の中では、コークス・鉄鉱石・石灰が交互に積まれ、
轟音とともに鋼の流れが生まれる。
夜空を焦がす炎の中、
赤々と輝く鋼が滝のように流れ出した瞬間、
明賢は静かに手を合わせた。
「これは国の血であり、未来の骨である。」
生まれた鋼鉄は、発電所のボイラーや機関車、
新たに設計される船舶や兵器に使われていった。
こうして日本は、初めて“鉄を自ら生む国”となった。
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第四段階 ― 産業庁と産業連鎖
製鋼事業は拡大の一途をたどり、
明賢はこれを統括するため産業庁を設立。
この庁は研究局・工業大学・炭鉱・港湾を一元的に管理し、
原料調達から精錬・加工・出荷までを
完全に自国で完結させる仕組みを築いた。
「鉄は国を守り、国を動かす。
この流れを止めぬ限り、国は沈まぬ。」
やがて産業庁の拡張によって、
鉄道レール、造船用鋼板、工作機械部品などの
大量生産が始まる。
東京湾沿岸は煙と光に包まれ、
夜でも昼のように明るく輝いた。
人々はその光を「生命の息吹」と呼び、
新たな時代の鼓動として胸に刻んだ。




