物語序章 第一版 142章
月の探査開始
1620年代後半 ― 日本、まだ“宇宙”という言葉すら曖昧な時代
だがこの頃、すでに日本の一部では
**「宇宙開発」**が静かに動き出していた。
当時、世界は帆船と火縄銃の時代。
しかし日本はすでにレーダー・電子機器・重工業・化学工業・ロケット工学を
基礎として育てていた。
その延長線上で――
宇宙軍(創設時は名ばかりの研究部門)と帝国大学の一部研究者たちは
はやくも 「月着陸船」 と 「探査ロボット」 の基礎設計に着手していたのである。
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宇宙軍研究局の夜
帝国大学・宇宙工学研究棟――。
夜遅くまで明かりが灯る部屋がいくつもあった。
当時の研究者たちは、まだロケットすら本格的に完成していないのに、
月面着陸船、ローバー、宇宙探査機の設計図を引き始めていた。
理由はただひとつ。
明賢が前世から持ち込んだ大量の論文・技術資料があったからだ。
宇宙軍の初期メンバーは、
まさに宝の山を前にした子どものように
胸を躍らせていた。
研究者A:
「反応制御装置(RCS)の仕組み、理解してきたぞ……!
これは重心位置さえ安定すれば着陸も可能だ!」
研究者B:
「真空で動く関節……ローバーのアーム、絶対作ってみせる……!」
研究者C:
「月の砂で詰まらないホイール……
形状と材質の組み合わせ……やれることが多すぎる!」
彼らは誰に成果を見せるでもない。
しかし暗い研究室で、未来の地図を開くように
ひたすら設計を続けていた。
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しかし現実は実験の連続
1620年代後半、さすがに材料も機械加工も未熟だった。
最初期の探査ロボットの脚は、
温度変化で固まって動かなくなった。
着陸船の試作模型は、
姿勢制御に失敗して転倒した。
真空試験室は湿度管理に失敗し結露が発生、
電子機器がショートした。
だが研究者たちは喜んだ。
研究者D:
「だが! “失敗まで辿り着けた”ということは、
この問題を解けば成功できるということだ!」
研究者E:
「世界初の挑戦なのに、何を悲観する必要があるんだ?」
彼らはまるで前世のアポロ計画を“自分たちで追体験”しているかのようだった。
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明賢の視察
ある晩、明賢が研究棟を視察に訪れた。
床には散乱する模型の破片、
壁一面には数十種類の着陸脚の図面、
テーブルの上には未知の合金の試作品が並んでいる。
明賢:
「……良い。非常に良い。
今すぐ月へ行く必要はない。
だが“行く準備”は今から始めておかなければならない。
君たちはその先陣だ」
研究者たちは誇りに満ちた表情を見せた。
明賢:
「未来は必ず来る。
その時、日本は誰よりも先に月へ立つべきだ。」
この言葉が研究者たちの胸に深く刻まれた。
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やがて――
重工業の発展、電子産業の発展、半導体工場の稼働、
ロケットエンジンの開発……
日本全体が階段を登るように技術を積み重ねるにつれ、
昔のラフな図面は、本物の宇宙船の設計図へと形を変えていった。
着陸船は二十度以上総設計をやり直され、
探査ロボットは十数機が試作状態で破壊試験を受け、
最終的に“月対応版”として仕上げられていく。
1620年代後半から始まった静かな研究は、
やがて 1650年代の 日本初の有人宇宙飛行 へと繋がり、
そのさらに先――
月面着陸作戦へと続く礎 となった。
1653年 夏 ― ハワイ宇宙センター
灼熱の太陽が照りつけるハワイ島。
その海沿いに広がる広大な宇宙センターには、
今までの比ではない
二本の超大型ロケット が静かに並び立っていた。
高さは従来の有人宇宙船のロケットの約三倍。
白銀の外装は風を受けるたびに陽光を反射し、
その巨大さは遠くから見ても異様なほどだった。
1本は 有人月面着陸機(有人月着陸船)を載せたメインロケット。
もう1本は 月面探査機(無人ローバー)を搭載したロケット。
空軍・宇宙軍・技術庁・帝国大学
そしてハワイ基地の職員たちが総出で準備に追われていた。
この二つの計画――
月面有人着陸計画「天翔」
月面探査機先行投入計画「月影」
いずれも十年以上の研究と試験を重ね、
ようやく “実行段階” に達したのだ。
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ロケット組立棟 ― 最終点検
ロケットの内部では技術者たちが最後の点検に奔走していた。
「燃料ライン、圧力安定! 異常無し!」
「月面着陸船、通信系統オールグリーン!」
「月面ローバー、起動系統正常稼働を確認!」
月面着陸船の船体は日本が開発した耐熱装甲材で覆われ、
下部の着陸脚は試験で何度も“模型”が壊れた末に完成したものだ。
月面ローバーは三台構成。
耐低温カメラ、長距離走行用ホイール、
日本式の地形解析モジュールを搭載していた。
技術者たちの誰もが緊張しながら、
しかし誇らしげに機体に触れていた。
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管制センター ― 明賢の姿
ハワイ発射場中央にあるコントロールセンター。
ここには各部門の責任者が集まり、騒然とした空気が満ちていた。
そこへ明賢が入室すると、
一気に場が引き締まった。
明賢:
「……長かったな。
だがこれでようやく、“人類が初めて月へ手を伸ばす” 計画が動き出す」
室内の者たちは息をのんで振り返った。
明賢:
「月面探査機『月影』は先行して月面に降り立ち、
有人着陸船『天翔』を迎える。
どちらが欠けても成り立たない、両輪の計画だ。
諸君、最後まで気を抜くな」
緊張と興奮が入り混じった空気が走った。
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発射台 ― 静かに燃える炎
巨大ロケットの足元では、
冷却用の液体窒素が白い霧となり噴き出していた。
夜になると、
ロケットの周りはまるで雲海のような白煙に包まれ、
ライトに照らされた姿は、
神殿に奉られる巨像のようだった。
作業員たちが移動するたびに、
その巨大さに圧倒され思わず立ち止まる者もいる。
誰もが理解していた。
これら二本が、世界を変える。
いや――人類の歴史を変える。
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翌朝 ― 発射準備へ
1653年夏。
二本の巨大ロケットはついに“発射前日”を迎えようとしていた。
・月面探査機先行打ち上げ(月影)
・有人月面着陸船の打ち上げ(天翔)
宇宙軍史上、最も巨大で最も重要な二つの計画が、
今、この夏に――同時に実行へと動き出す。
月面探査機「月影」 ― 日本初の月探査へ
有人着陸船「天翔」に先立ち、
まずは無人月面探査機「月影」を送り込む。
これは有人着陸船の安全確保のための“事前準備”であり、
着陸予定地点の確認・地形測定・通信中継の役割を担う重要な任務だった。
ロケットは発射台に固定され、
早朝のハワイの海風を静かに受けながら
白い霧を吐いていた。
宇宙軍、空軍、帝国大学、技術庁の技術者が固唾を飲んで見守る中、
発射シークエンスが開始される。
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カウントダウン
T−120秒
点火系統、冷却系統、推進剤ラインチェック完了。
T−60秒
明賢が静かに見つめる。
この瞬間の成功が、必ず有人着陸へ繋がる。
T−10秒
場内アナウンスが響く。
「テン…ナイン…エイト……
グラウンドシステム、オールグリーン。
ロケット、発射準備完了。」
技術者たちの呼吸が合わさるほどの緊張。
T−0秒
「――イグニッション!!」
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発射
轟音と共にロケットの底部から炎柱が噴き上がり、
発射台を包む水幕が一瞬で蒸気の壁に変わる。
巨大ロケットはゆっくりと、
しかし確実に天へ向かって浮かび上がった。
振動が大地に響き、
ハワイ全体が震えるほどの咆哮。
ロケットは上昇し、青空の彼方へ消えていった。
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地球周回軌道 → 月遷移軌道
ロケット上段が分離し、
月影を搭載した月遷移モジュールが地球周回軌道へ投入される。
数周の調整の後、
正確なタイミングでエンジンが点火。
「月遷移軌道への投入、成功!」
管制室に歓声が走る。
モジュールは地球の重力圏を抜け、
ゆるやかに月へ向かって加速していった。
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モニターを見つめながら、明賢は静かに呟いた。
「……行け。
人類が初めて月へ立つ、その第一歩を踏みしめてこい。」
誰もがその言葉を胸に刻み、
再びコンソールに向かった。
月影は月へ——
そして次に控える有人着陸船のために道を拓くために。




