物語序章 第一版 138章
打ち上げ当日の朝
1653年1月9日 午前7時。
まだ夜の名残が空に薄く漂う中、
ハワイ宇宙センターは既に緊張と静寂に包まれていた。
発射台のAMATERASU-Ⅰは照明に照らされ、
巨大な白い塔のようにそびえ立っていた。
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宇宙軍司令室前。
3名の宇宙飛行士が整列し、
その前に立つのは日本国代表・明賢。
彼はゆっくり歩み寄り、3人の前で立ち止まった。
声は低いが、会場中にしっかり響き渡る。
「今日、諸君が成し遂げることは――
たった 90分間の宇宙飛行 だ。
だが、この90分は、
人類の歴史を初めて宇宙へ押し上げる90分だ。」
飛行士たちは背筋を伸ばす。
「諸君は日本で最も優秀な宇宙飛行士であり、
この栄誉は未来永劫語り継がれるだろう。
歴史に名を刻んでくれ。」
明賢は深々と敬礼した。
3人も同じように敬礼を返す。
司令室内ではスタッフ全員が起立し、
大きな拍手が巻き起こった。
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スーツ装着と移動
午前7時30分。
飛行士たちは専用の加圧宇宙服に身を包んだ。
•玲花は航法パネルの最終確認
•三島は生命維持装置の読み取り
•隼人は操縦席シミュレータで姿勢制御の最終イメージトレーニング
装着が完了すると、
宇宙服の白いヘルメットがカチリと閉じられ、
内部の酸素循環が流れ始めた。
発射台へ続く専用エレベーターに歩いて向かう3人。
カメラ班は一切いない。
この計画は極秘であり、世界は誰も知らない。
AMATERASU-Ⅰの先端部へ。
気密ハッチが開き、
3人は内部へ乗り込んだ。
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搭乗
天城隼人
操縦席へ座り、固定用のハーネスを締める。
大江玲花
航法席に座り、周回軌道計算システムを起動。
日本本土・琉球・フロリダとの通信リンクを確認する。
徳川敦
機体内部のチェックを続け、
照明、空調、気圧、通信、姿勢制御のパラメータを次々に読み上げる。
「AMATERASU-Ⅰ、全システムグリーン。
搭乗準備完了。」
ハッチが閉じられ、
外部の固定アームが解放モードに切り替わる。
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最終チェック
午前8時15分。
司令室と機体の最終リンクが確立され、
隼人と司令官の声が回線でつながった。
「AMATERASU-Ⅰ、司令室。最終チェックに入る」
司令室の声が次々と読み上げられる。
•推進系:正常
•燃焼圧:正常
•翼面部温度:正常
•姿勢制御:正常
•地球観測システム:待機
•生命維持装置:正常
•脱出システム:起動
「全システム異常なし。
発射シーケンスへ移行する」
飛行士たちは一斉に深呼吸をした。
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カウントダウン
午前8時20分
発射場にサイレンが鳴り響く。
明賢の声が発射場全体に流れた。
「これより AMATERASU-Ⅰ の打ち上げを開始する。
カウントダウン、スタート!」
巨大スクリーンに数字が映し出される。
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T−120 seconds(あと2分)
ロケット周囲に大量の水が噴き出し、
爆音と衝撃波を抑える「水幕」が形成される。
飛行士の心拍が司令室に表示される。
3人とも落ち着いている。
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T−60 seconds(あと1分)
エンジンのターボポンプが回転を開始。
機体が微かに震え始めた。
玲花の声:
「航法システム、起動。初期軌道に誤差なし」
徳川:
「機体気圧正常。冷却温度安定」
隼人:
「AMATERASU-Ⅰ、発射準備完了」
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T−30 seconds
固定アームが完全に外れ、
ロケットは自立状態に。
明賢はスクリーン前で息を呑む。
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T−10 seconds
司令室全員が立ち上がる。
明賢が小さく呟く。
「……行け。人類の未来を切り開け」
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10… 9… 8… 7… 6…
ロケット下部で赤い点火光が走り、
振動が強くなる。
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5… 4… 3… 2… 1…
音声が最大音量になる。
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0(ゼロ)!! 発射!!!
AMATERASU-Ⅰのメインエンジンが白い炎を吐き出し、
発射台が揺れ動き、
大地が震えた。
巨大なロケットは、
炎と白煙を巻き上げながら――
ゆっくりと、しかし確実に空へと飛び立った。
ロケット上昇
AMATERASU-Ⅰは轟音を響かせながら、
発射台を離れ一直線に上昇していった。
外側では衝撃波と炎が尾を引き、
ロケットの白い胴体は雲を突き抜けていく。
高度10km
大気は薄くなり、振動は徐々に消えていく。
飛行士たちは座席に強く押し付けられ、
体には3Gの加速度がかかる。
隼人が声を上げる。
「姿勢制御、安定。予定通りの上昇カーブに乗った」
玲花は表示パネルを見つめて言う。
「大気密度減少。プラズマ干渉なし。
このまま大気圏外に出ます」
徳川は機体内部をチェックし続ける。
「酸素濃度正常。耐熱シールド温度安定。
機体、問題なし!」
司令室:
「AMATERASU-Ⅰ、順調だ。続行せよ」
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大気圏突破
高度100km
青空は急激に暗くなり、
窓の外は藍色から漆黒へと変化。
外壁に当たる空気の抵抗はほぼゼロになり、
振動は完全に止まった。
この瞬間――
AMATERASU-Ⅰは宇宙に到達した。
隼人が息を呑む。
「……宇宙だ。視界が黒い。星がそのまま見える」
玲花の声が震える。
「本当に……地球の外へ出た……!」
徳川はスピーカーに向かって叫ぶ。
「司令室! 宇宙空間への進出を確認!」
司令室では大喝采が巻き起こった。
明賢は静かに目を閉じ、
「よくやった」と呟いた。
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宇宙船切り離し
高度は既に 300km に到達し、
予定の軌道投入高度に近い。
隼人:
「切り離しシーケンス。3、2、1……分離!」
バンッ、という金属音が響き、
ロケット第2段から船体がゆっくりと離れる。
宇宙船は慣性で滑るように前進し、
視界には――巨大な地球が丸く見えた。
雲の渦、大陸の輪郭、深い青の海。
玲花が小さく泣き声を漏らす。
「地球……綺麗すぎる……」
徳川:
「本当に浮いてる……!」
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無重力
隼人がゆっくりシートベルトを外す。
身体がふわりと浮く。
玲花と徳川も同じように浮き上がり、
ヘルメットの中で驚きの表情を浮かべた。
「無重力……! 思ったより不思議だな……!」
「身体が勝手に動く……!」
「これが宇宙か……!」
3人は機体の壁を押して移動し、
小さく回転したり手を伸ばして体勢を整えたりした。
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宇宙からの通信
司令室に交信が入る。
隼人:
「こちらAMATERASU-Ⅰ。宇宙船本体、無事分離。
3名とも無重力状態に適応中。全システム正常。
こちらは……世界初の宇宙飛行士だ」
司令室:
「AMATERASU-Ⅰ、全世界で初めて宇宙と交信中だ。
状態を報告せよ!」
玲花:
「地球が……視界いっぱいに広がっています。
青くて……本当に青くて……涙が出ます」
徳川:
「機体環境は安定。
視界は良好で……すみません、言葉が出ません」
隼人:
「問題なし。これより90分の周回飛行に入る」
司令室では巨大モニターに映るテレメトリを見ながら、
全員が息を呑んで宇宙からの声を聴いていた。




