物語序章 第一版 137章
宇宙飛行士、実機模型での訓練開始
生物試験の成功をうけ、
JSA-1(宇宙飛行士候補12名)はついに
有人宇宙船 “AMATERASU-Ⅰ” の実寸模型 を使った訓練を開始した。
訓練棟の中央には、
全長7mの白い宇宙船の模型が静かに置かれている。
日本式クルー構成
宇宙船は 3人乗り。
•操縦担当
•航法・通信担当
•機器・船体管理担当
日本海軍の艦船運用思想を応用した、
“3人で一つの機体を扱う” 日本独自の方式である。
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模型訓練の内容
① 操縦訓練
AMATERASU-Ⅰ 模型の前方には
巨大なスクリーンが設置され、
•打ち上げ時の振動
•軌道投入時の無重量
•姿勢制御の実感
をリアルに再現した。
飛行士たちは汗だくになりながら
スラスターの手動操作を練習した。
② 緊急事態訓練
訓練では
「あえて機体異常を起こす」
プログラムが頻繁に組み込まれる。
「ジャイロコンパス異常!姿勢制御不能!」
「冷静に!スラスターB系統に切り替えろ!」
常に冷静さを求められた。
③ 宇宙服訓練
気密室で日本製宇宙服を着る。
•窒息の恐れ
•過加圧
•冷却不調
•グローブ操作の難しさ
様々な問題点を洗い出し、
宇宙服班が毎日のように改良を加えていく。
④ クルー連携
3人は声を合わせ、常に役割を確認する。
「操縦、良し!」
「通信、良し!」
「機器、問題なし!」
訓練は軍事的でありながら、
どこか儀式のような日本的統一美があった。
AMATERASU-Ⅰ 無人最終試験
1652年11月。
ハワイ宇宙センターの発射台には、
日本初の有人宇宙船 AMATERASU-Ⅰ(天照一型) が静かに姿を現していた。
今回の試験は――
「有人機そのものを無人で飛ばす最終検証」
これに合格しなければ、絶対に人を乗せない。
船体には膨大なセンサーとダミー宇宙飛行士が搭載され、
生命維持系・姿勢制御系・脱出システム・再突入システムなど、
全てがフル稼働する“本番仕様”である。
発射
明賢は発射管制台に立ち、静かに指示を出す。
「最終チェックを開始せよ」
•電源系統:正常
•姿勢制御:正常
•生命維持システム:ダミーで正常作動
•逆噴射エンジン:正常
•耐熱シールド:正常
•再突入プログラム:正常
•避難用カプセル:正常
打ち上げは許可された。
カウントダウンが響き渡る。
「3… 2… 1… 発射!」
AMATERASU-Ⅰは炎をあげ空に吸い込まれる。
加速・分離・軌道投入――全てが完璧。
軌道上でソーラーパネルが展開し、
ダミーの生命維持データが安定して送られてくる。
宇宙軍・空軍・帝国大学の研究者全員が沈黙した。
それは成功を確信した沈黙だった。
再突入
二周半した後、逆噴射。
大気圏へ突入し、耐熱シールドは設計通りの温度上昇を記録。
パラシュート展開、海上着水、回収。
内部のダミーパイロットは損傷なし。
計器は全て基準値以内。
ついに「人を載せられる」段階へ到達した。
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1号・2号クルーの最終選抜
JSA-1(宇宙飛行士候補12名)はすでに長期間の訓練を終えていた。
最後に残ったのは6名。
その中から 3人×2組 → 1号機・2号機クルー が選ばれる。
総合評価基準は以下のとおり。
•無重力での作業効率
•冷静さ・緊急事態対応速度
•操縦技術
•通信技術
•工学知識
•体力・精神安定性
•チームワーク
最終選抜試験は、
“宇宙船が異常連発する” 模擬コントロールルームで行われた。
電源異常 → 姿勢制御エラー → 冷却装置停止 → 通信断 → 再起動不能
という最悪の連鎖シナリオだ。
その地獄の訓練を最も安定して乗り越えたのは――
世界初の宇宙飛行士
世界初の宇宙飛行「1号クルー」
1号機クルー(AMATERASU-Ⅰ Crew-1)
パイロット:
天城 隼人 — 27歳(空軍)
冷静沈着。極限状態でも脈拍がほとんど変わらない“氷の男”。
ナビゲーター:
大江 玲花 — 26歳(宇宙軍)
数学と航法の天才。全クルー中もっとも計算が早い。
エンジニア:
徳川 敦 — 30歳(宇宙軍)
整備班出身で宇宙船を隅々まで理解。トラブル時の判断が鋭い。
彼らが「人類史上初の軌道宇宙飛行」を託された。
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1号機のバックアップ兼 次の偉業「2号クルー」
2号機クルー(AMATERASU-Ⅰ Crew-2)
パイロット:
四条 直哉 — 28歳(空軍)
ナビゲーター:
和泉 奏 — 25歳(宇宙軍)
エンジニア:
島津 巌 — 32歳(宇宙軍)
2号機は以下の任務を想定している。
•1号機が失敗した場合 → 即日代替で世界初の宇宙飛行へ
•1号機が成功した場合 → 世界初の宇宙遊泳(有人船外活動)を担当
つまり、
1号と2号の6人こそ、日本が選んだ “宇宙時代の最初の開拓者たち” である。
AMATERASU-Ⅰ ― 1号機 打ち上げ前夜
1653年1月8日 夜。
門松もまだ取れないハワイ宇宙センターには、
巨大なロケットの影が月明かりに浮かび上がっていた。
明日の朝。
人類は地球を離れる。
そして、その先頭を走るのが――
天城隼人、大江玲花、三島敦の3名である。
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クルー宿舎
宿舎は特別に用意された隔離施設で、
医療班と警備隊が常時待機する厳戒態勢。
夜10時。
クルールームには3人だけが集まっていた。
天城 隼人
真っすぐに窓の外を見て、
遠くの発射台に立つAMATERASU-Ⅰを見つめていた。
「……ついに明日なんだな。」
声は低いが震えていない。
彼の心拍は普段とほとんど変わらない。
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大江 玲花
「怖くないんですか?」
「怖いよ。ただ、それ以上に楽しみなんだ。」
玲花は小さく笑った。
「……隼人さんらしいですね。
私は、計算が間違っていたらと思うと、少し緊張します」
「玲花の計算は誰よりも信頼できる。
それに、間違えたら徳川が直してくれるさ」
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徳川 敦
整備士出身の徳川は、
今日まで機体の細かい点を何度も何度もチェックしてきた。
工具も触れない今、手持ち無沙汰で湯のみに手を伸ばした。
「……ああ、俺は直すけどな。
明日は壊れないように頼むぞ?」
3人は静かに笑う。
この笑いは緊張をほぐすためではなく、
長年の訓練を共に生き抜いた仲間の証だった。
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家族との通信
夜11時。
最後の家族通話の時間が訪れた。
通信は1人10分。
軍の記録として保存される。
隼人の母
「隼人。無事に帰ってきなさい。
生きて帰ってくること。それだけでいい」
「ああ。必ず帰る。母さんの飯を食うまで死ねないよ」
ほんの少しだけ声が揺れた。
それでも隼人は男として、軍人として、宇宙飛行士として、
静かな口調を崩さなかった。
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玲花の妹
叫んだ。
「お姉ちゃん、宇宙に行くって本当なの!?
行かなくていいよ! 怖いよ!」
「大丈夫。ちゃんと帰るよ。
宇宙から、地球の写真を撮るから。
あんたに一番に見せたい」
その言葉を聞いて、妹は涙の中で笑った。
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徳川の父
質実剛健な職人気質の父で、
いつもは厳しい言葉しか言わない男。
しかしこの日だけは違った。
「……息子よ。誇りだ。
明日の朝、お前が空へ行くその瞬間、
俺はきっと泣く」
徳川は無言で深く頭を下げた。
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打ち上げ前最後のブリーフィング
深夜0時。
宇宙軍と空軍の司令部から、
最終確認のブリーフィングが行われた。
巨大スクリーンにはAMATERASU-Ⅰの各システム状態が映し出される。
•推進系:良好
•姿勢制御:良好
•航法システム:良好
•生命維持装置:良好
•脱出システム:起動待ち
•再突入システム:良好
•衣服圧力スーツ:良好
司令官が3人に向けて言った。
「明日の朝、諸君は“人類史上初の宇宙飛行士”になる。
これは世界の流れを変える瞬間だ。
日本は諸君を全力で支える。
我々は誇りに思う」
3人が敬礼すると、
会議室にいた全ての者が立ち上がり、
一斉に敬礼を返した。
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深夜2時 ― 最後の夜
宿舎の灯りは落とされた。
隼人はベッドに横になりながら、
窓の外のロケットを静かに見つめていた。
玲花は航法メモを読み直し、
徳川は訓練で使った工具ケースを撫でていた。
誰も眠れなかった。
だが、誰も不安を口にしなかった。
明日、自分たちが「歴史になる」のを理解していたからだ。




