物語序章 第一版 130章
知の記録
日本式外交官に配られた“小型カメラ”
諸国へ派遣された日本の外交官たちは、
通常の外交官とは全く異なる使命も帯びていた。
彼らは単に外交を行うだけではない。
日本の軍事力と同じくらい重要な、
**「文明の記録者」**としての役割を担っていた。
日本政府は極秘裏に
小型の携行式カメラ・録音機・ビデオカメラを外交官全員に支給した。
•風景や都市の様子
•市場や工房の技術
•現地の政治の動き
•珍しい動物や植物
•祭事・慣習・衣服・音楽
これら全てを「視覚と音声」で記録するよう通達したのだ。
外交官たちは夜になると大使館で記録を大使館のサーバーにバックアップし
無線と船舶輸送を組み合わせて
“国家記録庫”へ定期的に送り返した。
こうして、世界の文化・風景・技術が
日本だけに体系的に蓄積されていった。
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日本国内には前代未聞の巨大アーカイブが建設される
日本は戦後復興支援を行う一方で、
国内ではひっそりと大きな計画を進めていた。
書物庫(世界資料保存館)
各国から翻訳された書物、外交官が撮影した写真、
口述記録、音声、映像――
それらをすべて保存する超大型書物庫だ。
建物には
•防火構造
•地震対策
•空調設備
•自動湿度調整
など、前世の知識が惜しみなく盛り込まれた。
この施設はやがて
「世界史の中心は日本にある」
と言われるほどの記録量を誇ることになる。
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動物植物保護施設の建設:世界生物の“ノアの方舟”
さらに日本は、
外交官に「珍しい動物を見つけた場合の捕獲指示」まで与えていた。
現地の許可を取りつつ、
安全に捕獲した動物を船で日本へ輸送する。
南米、アフリカ、アジア、欧州……
様々な国から続々と
希少動物が“未来の動物園”へ送られてきた。
日本の動物保護施設では
•遺伝子多様性の確保
•気候に合わせた人工環境の整備
•繁殖方法の研究
•栄養管理
•病気治療のノウハウ蓄積
が行われ、
ほぼ“前世の21世紀レベル”の生態研究施設となっていく。
その設計思想はひとつ。
「今は生き残っていても、未来に絶滅するかもしれない。
ならば日本が保護し、未来へ渡す。」
実際、現地では頻繁に
狩猟・開墾・戦争で動物が死に絶えていた。
日本の外交官は、
「どの種が数十年後に絶滅するか」
前世の知識で把握していたため、
優先順位を付けて保護対象を確保していった。
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日本は「世界文明の後見人」へと変貌していく
世界各国の人々は気づき始めていた。
•日本は武力で勝つ国ではなく
•科学で支配し
•記録で残し
•保護で未来を守る国だと
日本大使館は、
外交機関であると同時に
情報収集機関・記録機関・文化保存機関として動いていた。
その結果――
世界の歴史、世界の生態系、世界の文化は
徐々に“日本へ集まる”ようになっていく。
日本は“歴史そのものを保護する国家”へ
スペイン戦後処理と同時進行で、日本は極めて大規模な文化事業を開始していた。
それは軍事作戦ではない。
しかし世界中のどの国よりも長期的に価値を持つ、**“文明保存作戦”**である。
日本が支配下に置いた領土には、膨大な歴史的資産が眠っていた
•古代文明の遺跡
•スペインが建てた植民地時代の建造物
•民族固有の祭祀場
•石碑や古文書
•珍しい工芸品や美術品
•未整理の遺跡群
これらは本来、戦争や宗教対立、内乱で破壊されてしまう可能性が非常に高かった。
しかし日本は違った。
「歴史はすべて守る。文化は残す。
そのための技術も人員も、日本は既に揃えている。」
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歴史資産の“総収集・総保存”が始まる
1:文化財収集班(歴史科・考古科)が編成
陸軍の後を追うように、
文部科学省の特別部隊「歴史資産保護班」が世界各地へ派遣された。
彼らは軍人ではない。
前世の大学教授級の知識を持つ者たち、
あるいは日本国内で集めた歴史・考古の専門家達である。
2:脆弱な文化財は“日本式耐環境ケース”で輸送
紙、布、木材、土器、レリーフなど、
劣化しやすいものは優先的に回収され、
日本製の耐湿・耐虫・耐酸性ケースに封入される。
古文書については
•デジタルスキャン
•写真記録
•複製作成(耐酸性紙)
•原本保存
という四段階で保護される。
3:宗教的価値の高い物は“文化財保全”として扱い、強奪はしない
信仰の拠り所となる聖具・祭器・聖書・祭壇などは
現地に所有権を残したまま
保護・管理・複製・スキャンが行われた。
「文化を奪うことはしない。
破壊されるなら守る。
その代わり、記録は日本が保管する。」
というスタンスだった。
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歴史的建築物に対しては
“精密3Dスキャナによる完全複製データ化”
前世技術を基に
“携行式3Dスキャナ”が配布され、世界各地の建造物が記録された。
•城塞
•大聖堂
•神殿
•ピラミッド
•市庁舎
•砦
•石造りの街区
•民家や小屋まで
スキャンはメッシュデータ化され、
材質解析も行われ、
「将来、破壊されても復元可能」
という状態にして保存された。
大型建築物はドローンを用いた全景スキャン
日本製の手動式小型ドローンが投入され、
大聖堂や宮殿などの屋根・塔・彫像などまで精密に記録した。
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戦争で破壊されそうな宗教施設も“秘密裏に保護”
ヨーロッパでは宗教対立、異端審問、宗派争いが絶えない。
そこで日本は次の方針を取った。
1:宗教施設は管理下に置かない
宗教戦争の火種になり得るため、
直接の管轄は持たない。
2:しかしスキャンと書物の保護は徹底
•聖堂内部の芸術
•壁画
•ステンドグラス
•彫刻
•古聖書
•神学書
•祭儀録
などはすべて密かにスキャンし、
コピーを日本国内のアーカイブに保存した。
3:現地の宗教者には“保存協力”としてアプローチ
破壊を恐れる僧侶や司祭たちは
日本の技術協力にむしろ感謝し、
彼ら自身が蔵書・聖具を持ち込むことさえあった。
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日本の施設は“世界文明の保険庫”となる
日本の文化保管施設は、次第にこう呼ばれるようになった。
「未来に文明を残す唯一の国」
•戦争で焼けても
•略奪されても
•宗教対立で壊されても
•情報が散逸しても
“日本に行けばすべてが残っている”
という状態が作られた。
その結果、
歴史・宗教・文化の“世界のバックアップ”を
日本だけが保持するという異様な構図が完成していく。
日本が「無形文化財」までも完全保存し始めた年
日本が世界各地に外交官と小型カメラ班を派遣しはじめたその年、
歴史は静かに、しかし確実に大きく転換していた。
無形文化(歌・踊り・儀式・話芸・技法)
これらは本来、消えていくはずの文化だった。
文字にも物にも残らない、生きている文化だからだ。
しかし日本はこれを 完全保存の対象 とした。
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「文化記録隊」の創設
世界各地に派遣された外交官の中には
必ずカメラ・録音機材を扱える専門員が同行した。
彼らは民間人とも積極的に接触し、
普段の生活・祭祀・歌・踊り・口承・技術・方言を
片っ端から収録していった。
例
•先住民の狩猟儀式
•古い民謡
•ハーブの薬学的調合法
•船大工の木材加工技法
•踊りの型
•農民の収穫唄
•祈りの言葉
•ヨーロッパの宮廷舞踏
•先住民の死生観の口承
•職人の鍛冶技法
•食文化の調理工程
•地方ごとの祭(火祭り、雨乞い、聖人祭など)
他国はその重要さに気付いていなかったが、
日本はすべて 映像・音声・テキスト化 した。
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前世の「デジタルアーカイブ技術」を使って体系化
明賢の指示で、保護された無形文化は以下の手続きで保存された。
1.高音質録音・映像記録(複数角度)
2.通訳・言語班による言語データ化
3.学術班による文化的意義の分析
4.宗教・歴史・社会構造との関係性をまとめた報告書作成
5.現物は日本国内の様々なアーカイブに分散保存
6.バックアップを複数箇所へ(火山帯・地震帯を避け分散)
これにより、滅びゆくはずだった文化が
永遠の研究対象 となった。
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文化保存は世界の学術レベルを“数百年繰り上げる”
本来なら19~20世紀になってようやく本格化するような
民俗学・文化人類学・言語学・建築史・音響史などの分野が
1640年代ですでに体系化されてしまった。
日本アーカイブの特徴
•世界中の言語の発音データが残る
•各民族の儀式の全景映像が残る
•歌唱法や発音法なども保存
•調理法や農耕法も科学的に記録
•建築の木組み技法を3Dモデル化
これら全てが、後世の研究者にとって
“宝の山”となる。
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後世の歴史はこう評価する
「1645年、日本が世界の文化アーカイブ化を開始した年を
歴史学では“文化保存元年”と呼ぶ」
物質文化だけではなく、
言語・音声・動作・技法・生活様式などの無形文化が
体系的に残り始めた のはこの年からだ。
その結果、世界中の文化の観測データ、映像、文字記録が
桁違いに増え、
後の歴史研究者は“失われた文化”という概念にすら疑問を持つほど
膨大な資料が残ることになる。




