物語序章 第一版 12章
第十二章 国を形づくる者
初めての会談
江戸城の奥、まだ整備の終わらぬ大広間。
梁には新しい木の香りが残り、
外では槌音が遠く響いていた。
明賢は一歩進み、深く頭を下げた。
家康は静かにうなずき、前を指した。
「さて、若き顧問よ。
そなたの考えを聞こう。
この国をどうしたい。」
明賢はすぐには答えなかった。
「まずは、殿のお考えをお聞きしたく存じます。
国をどう治めたいとお思いでしょうか。」
家康はわずかに口角を上げた。
「面白いな。年若き者がまず聞き返すとは。
よかろう。
わしは、戦のない国を作りたい。
誰もが腹を満たし、刀を抜かぬ世。
だが、それをどう形にすべきかまでは、まだ定められておらぬ。」
明賢は小さく息をつき、視線を上げた。
「ならば、まず“形”を与えましょう。
この国にはまだ、“中心”がございません。」
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東京という名
明賢は持参した地図を広げた。
江戸の町を中心に、線が四方に伸びている。
「この地を、“東京”と呼びましょう。」
家康が眉を動かした。
「とうきょう……?」
「東の都という意味です。
西の都は京にございます。
東に新しき都を置き、国の中心をここに据える。
それにより、この地は名実ともに日本の“心臓”となります。」
家康はしばし黙したのち、笑みを浮かべた。
「言葉の響きがよい。
ならば、その“東京”をわしの手で作ろう。」
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中央政府の構想
明賢は続けた。
「次に申し上げます。
幕府ではなく、“中央政府”を置くべきです。」
家康は興味深そうに前に身を乗り出した。
「幕府を廃するか。」
「はい。“幕”は戦の象徴。
平和を望むなら、もう幕を張る必要はございません。
今後は官僚と議政で国を運営し、すべての権力を中央に集める。
江戸城は、その中央政府の所在地として造り替えます。」
「江戸城を、政の本丸とするわけか。」
「はい。ここを“日本の最高権力の集まる場所”とし、
官庁と学問と軍の三本を置きます。」
家康は深く頷いた。
「戦のない国を作るには、知と法が要るということか。」
「その通りでございます。」
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廃藩置県
「次に、藩を廃し、県を置きます。」
明賢の言葉に、家臣たちがざわめいた。
家康は手を挙げて制した。
「……続けよ。」
「藩は武力を持つ集団です。
戦がなくとも、武力があれば争いは残ります。
よって、各藩の武力を国のもとに移し、
全ての領地を“県”として再編します。」
「では、武士はどうする。」
「武士は職を残します。ただし、刀の使用は厳しく制限します。
証明書を発行し、国が管理する制度を設ける。
無用の私闘を防ぎ、武士は文と法をもって国を支える者に変える。」
「刀を奪えば、不満が出よう。」
「ですから、税制の上で多少の優遇を設け、
武士の誇りは“戦うこと”ではなく“守ること”へ移すのです。」
家康は静かに笑った。
「……戦のない国を作るために、まず戦を忘れさせるか。
見事な理屈だ。」
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警視庁の創設
明賢はさらに言葉を重ねた。
「国が管理する“警視庁”を設け、
全国に警察を配置します。
彼らは武士に代わって治安を守り、
民を脅かすものを排除します。」
家康は顎に手を当て、
「それはつまり、国が力を独占するということだな。」
「はい。
力をばらまけば、必ず争いが起こります。
力を一つに束ねることで、初めて平和が保たれるのです。」
「なるほど……中央政府、東京、警視庁……
どれも、戦を知らぬ世の仕組みだ。」
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会談の終わり
長い沈黙の後、家康はゆっくりと立ち上がった。
「そなたの話、まるで百年先の国を見ているようだ。
だが、この目に映るそなたの姿は、まだ幼子。
不思議なものよ。」
明賢は微笑み、深く頭を下げた。
「未来は遠くにあるものではなく、
今ここから作るものでございます。」
家康はその言葉を聞き、
しばらく目を閉じてから静かに頷いた。
「よかろう。そなたの理、まずは試してみよう。」
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明賢の提言は、江戸の新しい夜明けの始まりとなった。
その日を境に、「東京」という名が地図に記され、
幕府という言葉は、少しずつ人々の口から消えていった。




