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物語序章 第一版 112章

フランスとの交流


鹿児島港には、まだ朝靄が残っていた。

港の奥で静かに佇むのは、国賓のためだけに建造された国賓専用船「観星かんせい」。その艦影は60メートルほどの中型船ながら、鋼の滑らかな船体は陽光を吸い込み、まるで生き物のような気配を放っていた。


フランスからの見学者二名――ルネ・ド・ラモンとアントワーヌ・ベリエール。ともに王立アカデミーに籍を置く学者で、天文学と工学の双方に明るい才人だった。

彼らが日本行きに選ばれるまでには、フランス宮廷で激しい議論があった。多くの科学者が「自分が行きたい」と立候補し、最終的に選抜は王命による抽選で決定されたという。

日本という未知の国を見、そして“科学を宗教とする文明”を体感できる――学者としてこれ以上の名誉はなかった。


ルネは、甲板の上から静かに港を眺めた。

「……まるで息をしていないようだ」

船は全くの無音だった。風を裂く音も、軋む音も、波を叩く音さえもしない。船体の底で静かに稼働している電動推進装置は、完全に音を遮断するよう設計されていた。

だが、彼らにはそれがわからない。帆も煙突も見えぬこの船をどう理解すべきか、ふたりはただ顔を見合わせた。


艦内は一見すれば西洋風の帆船に似ていた。木目調の壁、真鍮の手すり、絨毯の廊下。

だが、どの部屋も清潔で、空気が妙に澄んでいる。換気や照明には工夫が凝らされ、夜間は松明の灯だけがゆらゆらと壁を照らした。

窓にはすりガラスと遮蔽板が備え付けられ、外の景色が見えぬよう細心の設計がなされていた。

すべては、「技術を隠す」ため。見学者たちはあくまで“客”としての範囲しか見せられない。


出航の合図が鳴ると、船は静かに桟橋を離れた。

波ひとつ立てず、すべるように海面を進む。

「……信じられん。帆も、煙も、蒸気もないのに」

アントワーヌが呟くと、艦長が静かに微笑みながら答えた。

「我が国の船は、自然の力を借りずとも進みます。詳しい原理は申し上げられませんが……科学の恩恵でございます。」


二人は言葉を失った。

音のない航海――それは、彼らが知るどんな帆船とも違う。

水面を裂く音さえしない静寂の中、ただ太陽の光がすりガラス越しに淡く差し込み、船体を黄金色に染めていた。


やがて、船は神戸の造船所に到着する。

そこには、巨大なクレーンが並び、金属の艦体が海辺で組み上げられていた。

だが見学者が立ち入れるのは、遠く離れた観覧浮桟橋の上のみ。彼らは望遠鏡で作業の様子を眺め、巨大な鋼鉄の船が組み上がっていく姿に息を呑んだ。

「この国は……我々よりもはるかに未来に生きているのではないか……?」

ルネが呟き、アントワーヌはただ黙って頷いた。


──同じ頃、日本では、フランス派遣研究団の五名が横須賀港に集まっていた。

彼らはいずれも清助塾の一期生。理論と実践を極めた若き技術者たちであり、明賢により選抜された「日本国の科学使節」である。

フランス行きにあたり、明賢自らが彼らに講義を行った。

「フランスは学問の国です。彼らの言葉を尊び、礼をもって示しなさい。科学を語るときは誇りをもって、しかし驕ることなく。」


途中鹿児島に寄り、フランスからの外交官が彼らに礼節と作法を教えた。

立ち居振る舞い、食事の所作、会話の流れまでも細かく指導された。

彼らは白い制服に身を包み、軽巡洋艦へと乗艦した。護衛として、駆逐艦二隻と補給艦一隻が随行する。


「科学の理を世界に示す時が来た。」

艦橋から明賢が見送る中、艦隊は白い航跡を引きながら西へ進んでいった。

目的地は遥か西方、ヨーロッパの中心――フランス王立アカデミー。

二つの文明が、いま初めて対等な形で出会おうとしていた。


フランス側の海軍省では、日本艦隊の到着予定を前に緊張が走っていた。

「我が艦も随伴護衛を出すべきだ」と提案する将官たちに対し、外交官は日本側の回答を伝えた。


「我々の船は自国の技術で完全に安全を確保しております。

フランスの艦艇が同行するには速度の面で困難があるでしょう。

フランス近海に着いた際には、ぜひ港までの先導をお願いしたい。」


この言葉にフランス海軍は驚いた。

日本の船は、帆も持たずに進む――そのうえ速度まで自分たちより上だというのか。

軍令部では、「随伴不可能」という言葉に重苦しい沈黙が落ちた。


──そして、日本艦隊出航の報せが届いた。


横須賀を発った軽巡洋艦を中心に、駆逐艦二隻、補給艦一隻の小艦隊が整然と並ぶ。

進路はあえて最短の汎名パナマ運河を避け、南方の大海航路を選んだ。

東南アジアの補給拠点を経由し、ケープタウンで燃料と食料の補給を行う。


航海は順調に進み、数週間後、艦隊はフランス近海に姿を現した。

海上ではすでにフランス海軍の帆船隊が待ち構えており、警備艦が旗を掲げて出迎えた。

海面を滑るように現れた無音の鋼鉄艦に、フランス艦の乗組員たちはどよめく。


「あれが……日本の船か……? まるで幽霊船のようだ。」


フランスの艦艇は合図旗を掲げ、先導航行に入った。

日本側は軽く舵を傾けるだけで、その速度を正確に合わせ、波を立てずに続く。

その航跡はまるで鏡の上を滑るようだった。


やがて艦隊は、セーヌ川の支流を遡上し、パリに最も近い港――ル・アーブル近郊の特設埠頭へ到着した。

港にはフランス政府高官、科学アカデミーの研究者、そして市民の群れが詰めかけていた。


日本艦の甲板が静かに開き、艦内から大型のクレーンがせり上がった。

フランス側は言葉を失った。クレーンが動き、次々と積み荷を吊り上げていく。

木製の外装に覆われたそれは、一見すれば大きな馬車のようだが、内部には精密機械と居住設備を兼ねたキャンピングカー、そして補給トラックであった。


「……これは一体?」

「日本製の馬車です。」


日本側代表は微笑みながら淡々と答えた。

実際には、エンジンを搭載したトラックであり、夜間の移動や通信や装備の管理も行える先進の移動基地だった。

しかし、外見は1600年代の馬車そのものに偽装されており、フランス側は疑いつつも信じた。


フランス軍の護衛隊が周囲を囲み、アカデミーへの行列が始まった。

市民たちは歓声を上げ、日本国旗とフランス国旗が並んで掲げられた。

その列の中央には、静かに進む日本製の「馬車」。

誰もその中に、未来の科学を積んだ若き研究者たちが乗っているとは知らなかった。


パリの空は晴れ渡り、街の鐘が鳴り響く。

その瞬間、フランスと日本――二つの文明が、初めて真正面から手を取り合う幕が開かれたのだった。


日本の研究使節団が、ついにフランスのアカデミーへと到着した。

白い大理石の階段の前には、アカデミーの学長をはじめとする多くの科学者、政治家、そして報道官たちが列をなし、異国からの来賓を出迎えていた。


「ようこそ、科学の殿堂へ――」

学長の声が響くと同時に、場内からは拍手が湧き上がった。

日本側の代表団は落ち着いた足取りで正面階段を登る。その姿勢、衣装、所作――すべてが整然と統制されており、フランスの学者たちは口々に「まるで祭祀のようだ」と囁き合った。


明賢の弟子である五名の使節は、すぐに講義の準備を開始した。

彼らは明賢から事前に細かく指示を受けており、**「伝えるべきこと」と「絶対に伝えてはならないこと」**が厳密に分けられていた。


初日の講義は「計測と単位の統一」。

黒板に正確な円を描き、ひとりの使節が静かに口を開いた。


「我々は、地球の一周をおおよそ四千万分の一と定義し、その長さを『一メートル』と呼んでおります。

これは誰が測っても変わらぬ長さであり、神の尺度ではなく、人の理によって定められたものです。」


聴衆の間にどよめきが走る。

この時代、まだ「定量化された世界」という考え方は一般的ではなかった。

だが、数字と理屈で世界を記述するこの思想は、フランスの科学者たちに強烈な衝撃を与えた。


次の講義では建築工学と構造の理論が語られた。

支柱の角度、荷重の分散、耐震の原理――

「自然は秩序に従う」と語る日本の使節の言葉に、フランスの建築家たちは深く頷いた。


また別の日には、実験器具の設計とガラス加工技術の講義が開かれた。

透明なフラスコや計量ビーカー、正確な分銅や定規が机の上に並ぶ。

日本から持参されたそれらの原器の精度は、当時のヨーロッパでは考えられないほど精密であり、学者たちは息を呑んだ。


「これほど正確な器具を、どうやって作ったのだ……?」

「職人の手と理の融合です」と、日本の使節は穏やかに微笑んだ。


講義は日を追うごとに注目を集め、アカデミーの門前には入場を願う若き学生たちが列を作るようになった。

しかし、その中で日本側が決して触れなかった分野があった。


それは――熱機関と蒸気機関。


講義リストには、「熱」「圧」「仕事」といった単語すら登場しなかった。

あくまでエネルギーという概念は「力学」として扱われ、蒸気の利用や動力転換には一切触れないよう徹底されていた。


理由はただひとつ。

――二百年も早く産業革命を起こされては困る。


明賢は派遣前、弟子たちにこう言い残していた。


「知を与えることは易い。しかし時代を壊すほどの知は、毒にもなる。

理を渡すのはよいが、火を渡してはならぬ。」


その教えを胸に、日本の研究団は慎重に言葉を選び、講義を進めていった。


やがてフランスの学者たちはこう評するようになる。


「彼らの知は、理と美の間にある。」


この講義の記録は後に**「ジパング講義録」**としてまとめられ、

ヨーロッパ科学史の中で“理性の東方より来たる時代”の幕開けと呼ばれることになるのだった。


五名の日本使節は、ついにヴェルサイユ宮殿へと招かれた。

荘厳な廊下を進むその姿に、宮廷の廷臣たちは息をのむ。

彼らの纏う衣は絹でありながらも、過度な装飾を排し、まるで「静謐な理性」を象徴するようだった。


玉座の前に立つと、ルイ十三世が微笑みながら立ち上がる。

「遠き東方よりの賓客よ――我がフランス王国は、汝らの知と友誼を歓迎する。」


日本の代表者は静かに一礼し、通訳を介して答えた。

「陛下の寛容と叡智に、心よりの敬意を。

 我々は科学をもって人を導くことを信条とし、争いではなく理を以て国を治めております。

 この度の訪問が、両国の未来に理と平和をもたらす礎となることを願います。」


歓談ののち、正式な贈呈の儀が始まった。

明賢の命により、特別に鍛えられた日本刀と**南蛮胴具足(甲冑)**が王へと献上された。

金と漆の輝きに包まれたそれは、武力の象徴であると同時に、鍛造技術と金属工学の結晶でもあった。

ルイ十三世は刀身を見つめながら、息を漏らす。


「これほどまでに美しく、精緻な刃を見たことはない……。まるで理そのものが形を成したようだ。」


日本側はその場で、毎年の科学交流と測量活動の継続的な実施を提案した。

ルイ十三世は興味深げに頷き、「王国の地を正確に測る技をぜひ披露してほしい」と測量許可を与えた。

こうして、フランス全土の三角測量が正式に許可された。


翌日より、護衛兼技術者の日本人たちは各地へ散り、

星の位置と影の角度を測りながら、驚異的な正確さでフランスの地図を描き始めた。

彼らは夜には天を観測し、昼には山を測り、

すべての結果を小型の記録装置――未来の技術によって密かに保存していた。


実は、この使節団の全員が極秘の記録任務を帯びていた。

衣服の内側や装飾の中には、小型の隠しカメラと音声記録装置が組み込まれていたのだ。

当時の人々にはまったく分からない、極秘の観測装置である。


彼らは宮廷での会談や学者たちの議論を録音し、

市場の喧騒、街路の音、風景、建築、そして人々の表情までも高精細映像と3Dデータとして残していた。

それは後世、数百年後に「17世紀ヨーロッパの奇跡の記録」として再発見される貴重な資料となる。


滞在の最終日、アカデミーでの講義を終えた五人は、

一冊の書物をフランスの学者たちに託した。


それは、**「理之書ことわりのしょ」**と題された日本語の技術書である。

中には建築・測量・化学・数学・物理の基礎理論が記され、

各章の末尾にはフランス語訳も添えられていた。

しかし表紙には明賢の直筆でこう記されていた。


「本書の原文(日本語)を第一とす。理を知る者は、言を学ぶことを恐れぬ。」


――これは、

日本語を「理の言葉」として世界に広めるための、

最初の一歩だった。


やがてこの書物は「Livre du Soleil Levant(昇る太陽の書)」と呼ばれ、

後世のフランス科学者たちが日本語を学び始めるきっかけとなっていく。

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