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物語序章 第一版 109章

― バチカン教皇庁との対話 ―


会議室の一角に、純白の法衣を纏った教皇庁の使節団が座していた。

その中央には、ローマ教皇の名代として派遣された枢機卿――アントニウス・ロレンツィがいた。

彼の瞳は鋭く、それでいてどこか恐れを含んでいた。

「科学」という言葉を宗教と並べて語る国に、教会は警戒していた。



枢機卿ロレンツィ:

「……まず、ひとつ確かめたい。

貴国の船や砲、それらに“見えざる力”が働いているように見えた。

もしそれが神の力でないとすれば、何の力によるのですか?」


日本代表:

「“神の御業”ではございません。

我らが信じているのは科学の力です。

観測し、測り、再び確かめる。――この繰り返しこそ、我々にとっての祈りであり信仰です。

力とは“ことわり”を理解し、それを人の手で再現することによって生まれるものです。」


教皇庁の列席者たちは顔を見合わせた。

“理を信仰の対象とする”――それは彼らの世界では異端の香りを放つ思想だった。

だが同時に、一時期本国で名を馳せたガリレオが唱えた「神は宇宙を数式で記した」という言葉と奇妙に重なった。



枢機卿ロレンツィ:

「……なるほど。

つまり、貴国には“神”という存在をお持ちでないと?」


日本代表:

「我々の国にも宗教はございます。名を科学教と申します。

神という形は持ちませんが、理性と実証を積み重ねることそのものを崇拝しております。

古代ローマの哲人ソクラテス、そして今なお貴国で試練を受けているガリレオ・ガリレイ――

彼らの思想に最も近い信仰であると言えるでしょう。」


会場にざわめきが広がる。

“ガリレオ”という名をこの異国の者の口から聞くとは思わなかったのだ。



枢機卿ロレンツィ:

「……では、キリストの教えについては、どうお考えなのですか?

貴国はキリストの神を否定するのですか?」


日本代表:

「否定はいたしません。

しかし賛同もいたしません。

我らは我らの理に従い、我らの神を信じます。

日本で唯一、貴国で呼ばれる教皇に近い存在でもある天皇陛下は居りますが国民象徴として存在し、国と民の上に立つ者――すなわち、我が国を生んだ“始まり”として尊ばれております。

それは信仰の対象であっても、神ではありません。

我々の神は“理”そのもの。」


ロレンツィは沈黙した。

だが彼の目は怒りではなく、理解を求める学者のように細められていた。

異端にして、理性に満ちた回答。――それが彼を惑わせた。



枢機卿ロレンツィ:

「……では最後にお聞きしたい。

欧州では幾多の戦が続いておりますが、貴国は武力を如何に扱うおつもりか?」


日本代表:

「我が国は平和を望む国です。

他国を侵すために剣を取ることはいたしません。

攻撃を受けた時の防衛や予防のために戦う――

専守防衛を国の原則としています。

理が破られれば秩序が崩れる。秩序を守るためにのみ、我らは武を振るいます。」


その言葉に、枢機卿は深く息を吐き、静かに手を組んだ。

やがて、静寂を破るように呟く。


枢機卿ロレンツィ:

「……異端にして、理知的。

まるで“神の代わりに秩序を創る”国のようですな。

我々の時代が貴国を理解するには、もう少し……理性が必要なようです。」


明賢は微笑し、軽く頭を下げた。

「理解される日を、いつか望んでおります。」



この質疑応答は、日本という“理の信仰国家”が宗教の中心であるローマに衝撃を与える重要な場面になります。

後の時代における「科学と信仰の対話」や「理性神論デイズム」への伏線としても使える展開です。



『鹿児島外交施設・帰還の朝』


 朝靄に包まれた港の水面が静かに揺れていた。前日の会談を終えた各国の外交官たちは、それぞれの国旗を掲げた船に乗り込むため、外交施設の玄関前に整列していた。

 施設の上階からは、赤と白の布で覆われた日本国旗が風を受けて翻る。日本側の代表官僚たちは厳かに見送りの列を作り、一人ひとりに礼を尽くすように深く頭を下げた。


 通訳を介して最後の挨拶が交わされる。

 「この数日の厚きもてなし、心より感謝申し上げます」――イギリスの代表が丁寧に言葉を選ぶと、外交官は静かに微笑んで答えた。

 「遠路ようこそお越しくださいました。日本は、理を尊び、平和を願う国であります。どうかこの旅で見たものを、正しく祖国にお伝えください」


 外交官たちはそれぞれの手に分厚い書類を抱えていた。日本国の単位原器、観測器具、国境線の地図、そして各国に配られた小さな記念の金属製プレート――そこには「理ノ国・日本」と刻まれている。

 誰もがその重みを感じていた。単なる金属ではなく、未知の文明の象徴として。


 イギリスの外交官は出航前、港の片隅で艦艇を一度振り返った。

 「帆もなく、それでいて風を切るように進む……。まるで未来を見たようだ」

 彼の呟きに、隣にいたオランダ代表が頷く。

 「だが、彼らはただの発明家ではない。宗教のように“科学”を信じている。あれは信仰の形だ」


 やがて港の鐘が鳴る。

 出港の合図だった。

 各国の外交官たちは乗船し、ゆっくりと錨が上がる。

 イギリス船、フランス船、オランダ船、スペイン船、ポルトガル船――そして神聖ローマ帝国と教皇庁の使節団を乗せた船も、それぞれ順に帆を上げた。

 日本側は軍艦ではなく、海上保安庁の船を数隻並べ、港外まで見送る。港湾の外れには、巨大な灰色の艦影が静かに浮かんでいた。

 外交官たちはその艦を見上げるたび、胸に重い感覚を覚えた。

 この国には、まだ自分たちが知らぬ“世界の理”が眠っているのだと。


 南から吹く海風に乗って、艦笛が一度だけ低く鳴った。

 それが“別れの音”だった。


 やがて船は水平線の向こうに消え、日本の港には再び静寂が戻る。

 残された日本側の官僚たちは無言のままそれを見送り、明賢が小さく呟いた。


 「さて、これで彼らは報告を書く。

  我々が“何を見せたか”より、“何を見せなかったか”――そこが肝要だ。」


 海の向こうでは、すでに各国の使節が帰還の準備を進めている。

 この報告がヨーロッパ諸国の政庁へ届くころ、世界はまだ知らぬ“新たな大陸の理”の存在に気づくことになる。

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