物語序章 第一版 108章
― ポルトガル王国代表との対話 ―
波の匂いがまだ服に残る頃、若干引き締まった表情のドン・マヌエル・コインブラが、会議場の端から静かに立ち上がった。
ポルトガルは航海と交易に長け、東方航路に誇りを持つ国だ。彼の口調には礼節がありつつも、どこか探りを入れる慎重さが滲んでいる。
マヌエル代表:
「貴国が多くの港を整備し、多数の大船を建造しているのを拝見しました。
我が国は古くから民間商人の往来を重んじますが、今後、民間人同士の往来や交易を許可するご予定はございますか?」
日本代表:
「現時点では、国家間の交流のみを許可しております。
民間人同士の自由な往来や私人の交易は、内政が落ち着き、制度が整ってから段階的に解放する予定です。まだ時期は先になります。」
(マヌエルは少し肩をすくめた。だが次の問いに移ると、探求心の影が増した。)
マヌエル代表:
「先日、貴国の艦が帆を持たずに進む様を見ました。あれはどののような原理によるものか――我らの知る技術に近いのか?」
日本代表:
(事前に用意された誤情報を含めて、にこやかに)
「正確な構造は軍事機密なのでお答えできませんが――外見や仕組みの印象としては蒸気に近いものに見えるかもしれません。
ただし、我が国が外部で噂されるほど単純な蒸気を使っているわけではありません。詳細はお見せできません。」
(マヌエルは眉を寄せる。日本側の答えは一部を見せ、一部を隠す典型的な外交の技だ。過剰な詮索を防ぐための「やわらかなミスリード」でもある。)
マヌエル代表:
「資源について伺います。貴国の造船や艦の材料はどこで採れるのか? 特に鉄や銅は重要です。」
日本代表:
(地図を指しながら)
「基幹材料は日本本土で採掘されているとお考えください。
(外地鉱区が本命であるが、外地領土に意識をされると困るため対外には本土供給で足りるかのように伝える)
我が国は資源の安定確保に努めており、本土の鉱山と精錬所で当面は賄える見込みです。」
(ポルトガル代表団の中に小さな含み笑いはなく、むしろ不安と計算が混ざった表情が並ぶ。彼らはまだ、日本の真の供給源を見抜けていない。)
マヌエル代表:
「我らが大いに懸念するのは、インド洋や我々の航路への干渉です。貴国は我が国の航路を妨げるつもりはないと仰せになりますか?」
日本代表:
(静かに、誓うように)
「現段階で、ポルトガルの航路を妨げる意図は一切ありません。インド洋への進出も行っておりません。 万が一遭遇した場合でも、攻撃はいたしません。互恵と平穏を重んじます。」
(マヌエルはその言葉を噛みしめる。だが外交は言葉だけで決まるものではないと、彼は知っている。)
マヌエル代表:
「最後に、交易についてだが──我らは貿易を切望する。貴国はいつ頃、交易の再開を考えておりますか?」
日本代表:
「内政の整理が最優先です。交易を望む心は強く承知しておりますが、具体的な開始時期は未定です。安定が得られ次第、段階的に開放する考えです。」
(マヌエルは軽くため息をついたが、礼をもって席に戻った。彼の頭の中では既に次の手が巡っているだろう――現地代理人の手配、情報網の拡大、交渉材料の準備。ポルトガルは商人の国である。)
― 神聖ローマ帝国・プロイセン代表との対話 ―
軍服を着た一団が、会議室の静寂の中で立ち上がった。
代表はプロイセン辺境伯領からの軍学者、ゲオルク・フォン・ハルデンベルク男爵。
戦術論と兵器学に長けた彼は、学者の眼差しで明賢を見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
ハルデンベルク男爵:
「先日拝見した貴国の艦砲――あれほどの巨砲が旋回する仕組み、あれは人の力で動くものではないでしょう。
一体、どのような構造であのような精密な動きを?」
日本代表:
「申し訳ありません、それは軍事機密に属する部分です。
ただ一点申し上げるならば――内部には複雑な機構が組み合わされ、統合的に制御されています。
単なる筋力や歯車ではなく、繊細な平衡の調整によって動作する、とだけお伝えしましょう。」
(油圧式の真実は完全に伏せ、言葉を「制御」といった抽象的な範囲に留める。だが、相手の頭に“機械的制御”という想像を植え付ける。)
男爵の隣に座っていた副官が目を細めた。
日本人の言葉の隙間に、未知の技術の香りを感じ取っているようだ。
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ハルデンベルク男爵:
「次に――艦砲の命中精度について。風や波を読んでいるように見えた。
貴国では、発射の際に自然条件を計算に組み込むような術をお持ちなのでしょうか?」
日本代表:
「ええ、仰る通りです。
正確な数値や計算式は軍事機密ゆえに申し上げられませんが、風速・風向き・湿度・気圧・などを組み合わせて、最適な角度を導き出す研究をしております。
いわば、自然の理を数学に置き換えるという思想です。」
(副官たちはざわめき始めた。まだ自国でも「弾道学」が確立していない時代に、風や湿度を変数として扱う発想は衝撃的だった。)
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ハルデンベルク男爵:
「貴国では金属の加工も極めて精密と聞きます。
我々の鍛冶職人でも、あれほど均質な砲身や機構は作れません。どのような方法で?」
日本代表:
「こちらも詳しくは申し上げられませんが、我が国独自の職人技によるものです。
日本刀をご覧になればわかる通り、金属の精錬と鍛造における伝統は非常に深く、職人の感覚が機械の精度に匹敵します。
その技を応用して、砲や機構部品の製作を行っております。」
(実際は超精密な大規模旋盤とCNCに相当する工作機械が存在しているが、それを完全に隠し、「伝統技術の延長線」に見せかけることで納得させる。)
男爵は長い沈黙ののち、満足そうに頷いた。
彼にとって“職人技”という言葉は、神聖ローマの価値観にも通じる尊いものだった。
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ハルデンベルク男爵:
「我が国では兵の訓練において経験と勇気と名誉を重んじます。
貴国の兵は整然としており、迷いがない。何か特別な教義でもあるのでしょうか?」
日本代表:
「ええ、我々は科学教という信仰を持っています。
理こそ神の形であり、あらゆる行動を理論で裏付けることが神への敬意と考えています。
ゆえに訓練も感情や気合ではなく、経験と分析を重ねた理論訓練として行っています。
『強さは再現できる』――それが我々の軍学の基本です。」
(プロイセン人たちは静かに息を呑んだ。その思想は、後に彼らが「軍事科学」という概念を発展させる伏線にもなる。)




