物語序章 第一版 107章
そして静寂の中、次に立ち上がったのは――
フランス代表である
― フランス代表との対話 ―
会議室の扉が静かに開き、ヴェルサイユ宮廷の香りを纏ったような男――ルイ=アントワーヌ・ド・ラ・シャペルが立ち上がった。
彼は端正な顔立ちに多少の誇りを滲ませ、言葉を選びながら口を開く。フランス人特有の誇り高さと好奇心が混ざった声だった。
ラ・シャペル伯:
「貴国の艦を拝見して、我が国の技術者や宮廷内の賓客たちも深い興味を寄せております。幾つか、直接うかがいたい点がございます。
まず一つ、貴国が艦艇の建造技術の提供を許さぬ事は理解いたしますが、造船の技術そのものを我が国でも参考にしたく存じます。船舶の建造状況を、直接見ることは叶いましょうか?」
日本代表:
「ご関心、誠にありがたく存じます。軍艦の詳細は機密でありますが、商船の建造――我が国の民用造船の流儀を外から眺めていただくことは可能です。
安全と秘密保持のために、観覧船を我々が手配し、造船所へご案内いたします。到着までは外界の景色を見えなくする簡易の覆いを用い、造船所に着いた瞬間のみ、その姿をご覧いただく手筈を取らせていただきます。なお、人数は二名様までの限定とさせてください。」
(ラ・シャペル伯の瞳が鋭く光る。見せるか見せないか、その微妙な揺らぎを彼は楽しんでいるようだった。)
ラ・シャペル伯:
「なるほど、演出付きの見学ですね。二名で構いません。では次に――貴国は軍事的にどの程度の力を有しているのか、率直に示していただけますか?」
日本代表:
「率直に申します。詳細は軍事機密であり開示できませんが、我が国は現在、海上戦力においては諸国のいずれにも劣らぬ、あるいは凌駕する戦力を保持していると自信を持って申し上げます。これは抑止力として、我が国の安全と平穏を守るためのものです。」
(ラ・シャペル伯は一瞬の間を置き、顔にわずかに不安と敬意が交差するのを見せた。)
ラ・シャペル伯:
「貴国が交易を拒む意向を示されたと聞いております。だが、王国としては文化的・科学的交流は望んでおります。貴国はいつごろになれば貿易の再開を考えるのか、あるいは恒久的に門戸を閉ざすつもりでしょうか?」
日本代表:
「現時点においては、我が国は内政と国家基盤の整備を最優先しております。ゆえに大規模な交易に割ける余力はありません。とはいえ、将来的には条件を整え次第、段階的に貿易を開始する意志はございます。時期は情勢によりますが、必要と判断すれば門を開くつもりでおります。」
(ラ・シャペル伯は、少し身を乗り出してその言葉を噛みしめた。『余力が整えば』という一語が、可能性の扉を残している。)
ラ・シャペル伯:
「科学者たちへの贈り物として、貴国の“単位”や器具を受け取りたいと考えます。可能でしょうか?」
日本代表:
「それは喜んで。我が国のメートル原器と分銅、ならびに実験用のビーカー等の器具を、フランスの学術機関向けの贈り物としてお送りいたします。
我が国では科学を尊び、学問を国家の礎と考えております。貴国の研究者にも喜んでいただけると信じます。」
(ラ・シャペル伯の顔がほころぶ。外交の場で“贈り物”は信頼の一歩だ。)
ラ・シャペル伯:
「では、フランスの学術界へ我が国の研究者を派遣して、貴国の成果を披露いただけますか? 王室アカデミーでの公開講義などを希望します。」
日本代表:
「可能です。我が国の研究者を貴国アカデミーへ派遣し、科学的成果の一端を示す場を設けましょう。互いに学び合うことは国益にも叶います。」
ラ・シャペル伯:
「最後に一つ、聞かせてください。皆が興味を持つであろうこと――日本が南方や海外に設置している各所の施設は、一体何のためのものですか? 軍事目的なのか、それとも純粋な研究施設なのか?」
日本代表:
(言葉を選んで、柔らかく)
「研究と防衛のための施設とご理解ください。現地での活動は、技術開発と国家の安全確保のためです。何よりも、我が国は民の生活と国家の持続可能性を優先しております。」
(ラ・シャペル伯は微かな不満を滲ませつつも、深く礼をして席に戻った。彼の内心には、まだ探りたい問いが残っているはずだ。)
― スペイン王国代表との対話 ―
一際重厚な衣をまとい、金の十字架を胸に下げた壮年の男――ドン・フェルナンド・デ・アラゴン侯が、静かに立ち上がった。
鋭い眼差しの奥に、宗教国家の矜持と海洋帝国の誇りが宿っている。
アラゴン侯:
「日本国の艦は、まるで神が海を割って進ませたかのように見えました。
あれは……神の御業ではありませんのか? それとも、貴国では別の力をお持ちなのか?」
会議室が一瞬静まり、空気が張り詰めた。
日本代表は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと答える。
日本代表:
「神の御業ではございません。
強いて申し上げるならば――科学の力を使っております。
それは信仰ではなく、理を積み重ねた結果として、人の手で作り上げたものです。」
(アラゴン侯は眉をひそめ、顎に手を添える。彼にとって“理”という言葉は、神の摂理に挑む響きを持っていた。)
アラゴン侯:
「ふむ……。では、あの艦に積まれた火砲は?
あれは神の雷のようであった。もしや異端の魔法では?」
日本代表:
「魔法ではございません。
我々はキリスト教を信仰している国ではないため、宗教的な比喩はいたしかねますが――
貴国の艦隊が使用していた火砲の発展型だと考えていただければよいでしょう。
時の流れの中で、我々は火を制御し、力を数値で扱えるようになりました。」
(スペイン代表団の数名が顔を見合わせる。自国の“艦隊”がイングランドに敗北した記憶が蘇り、そこに“発展型”という言葉が突き刺さる。)
アラゴン侯:
「……そうか。だが、信仰のない国が力を求めるというのは危うい。
我々の信じる神の教えに照らして、それは道を外れてはいないのか?」
日本代表:
「貴国の教義には敬意を表します。
しかし我が国では、キリスト教の布教は現在禁止しております。
なぜなら我々は“科学教”という独自の信仰を持つからです。」
(声には熱がこもっていた。それは理屈ではなく、確信に近いものだった。)
日本代表:
「我々の教えでは、“五感で感じ取れるものこそ真実”とし、
万物には理が宿っていると考えます。
その理を測るために、**単位**が教義の一部として存在しているのです。」
(アラゴン侯の表情が変わる。まるで異端審問官が新しい神を見つけたかのような、複雑な驚きだった。)
アラゴン侯:
「……なるほど。
では、貴国がアフリカ南部にまで進出しているのも、その“理”のためか?
我々スペインは、南方を聖地の一つと見なしております。あの地をこれ以上侵さぬと誓えるのですか?」
日本代表は頷き、用意していた地図を静かに卓上に広げた。
南緯24度の線を指でなぞりながら、落ち着いた声で言う。
日本代表:
「現在、我々の国境は南緯24度に定めております。
それ以上北上する意図はありません。
我々は争いを望まず、共存を求めています。」
(スペイン代表団の間にざわめきが走る。
彼らにとって日本が“引く”というのは意外だったが、同時に、メキシコ・パナマの交渉で譲歩を強いられた屈辱が残っていた。)
アラゴン侯は皮肉を交えた笑みを浮かべ、ゆっくりと問いを続けた。
アラゴン侯:
「では、その“研究施設”とやらは何をしているのです?
我が国では、あれが港湾整備の名を借りた要塞建設ではないかという噂もある。」
日本代表:
「噂は誤りです。
我々の施設は――新しい発見と、日本国の未来の繁栄を求めるための研究拠点です。
港湾は、風と潮を測る観測のために整備しているにすぎません。
我々は自然を征服するのではなく、理を理解するために観測するのです。」
(その静かな言葉には、嘘も誇張もない不思議な説得力があった。
スペイン側の通訳が翻訳し終える頃には、会場の空気はわずかに和らいでいた。)
アラゴン侯はゆっくりと腰を下ろし、十字架に手を添えたまま小さく呟いた。
アラゴン侯:
「……理を信じる者たちか。神とは違えど、ある種の信仰だな。」
日本代表は深く礼をした。
日本代表:
「ええ。貴国の神と同じように、我々も“見えざる秩序”を信じています。
それが、我らの道であり――科学教の信仰です。」




