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物語序章 第一版 104章

外交篇 鉄の船の謎


太平洋の中央を、鈍く光る影が列をなして進んでいた。

帆を張らず、ただ静かに――しかし確かに海を割って進む。

その姿を遠くから見た欧州の商船たちは、恐怖にも似た驚愕を覚えた。


「あれは……風を受けずに動いている?」

「いや、魔法か? それとも……」


報告は瞬く間に欧州列強の宮廷へと届いた。

英国、フランス、オランダ、スペイン、ポルトガル――

かつて大航海時代を築いた国々が、今や「東方の謎の船団」に動揺していた。


やがて各国は一斉に使節団を派遣する。

目的はただひとつ――“あの船”を見せてもらうこと。


日本政府はすぐに対応を協議した。

東京、内閣府。

長机を囲むのは外務省、海軍、科学院、そして明賢本人だった。


「……予想してはいたが質問は避けられぬだろうな。」

明賢が静かに言う。

「だがすべてを明かす必要はない。見せるのは“現象”、隠すのは“原理”だ。」


そうして決まった。

各国の外交官を正式に招待し、日本近海で“航海実演”を行う――と。

船は選ばれた。最新鋭の重巡洋艦「天ノあまのしま」。

艦体は鋼鉄製、動力は秘匿されたディーゼル機関、速力は帆船の三倍を優に超える。


外交官たちは招かれ、特別な航海へと同行することになる。

だが、彼らが目にするのは“力の証”であって、“技の秘密”ではない。


風も波も関係なく進む艦、静寂の中で揺らめく海面、そして夜に浮かぶ電灯の光――

それは文明そのものの威光であり、

やがて日本国が「技術の国」として世界に知られる転機となる航海の始まりであった。


 「天ノ島」航海実演


鹿児島湾の朝霧が晴れると、巨大な影がゆっくりと姿を現した。

それはまるで山そのものが海に浮かんでいるかのような鉄の巨艦――

重巡洋艦「天ノ島」。


その艦を前に、欧州からやってきた外交官たちは言葉を失った。

帆も見えず、鉄板が陽光を鈍く反射している。

彼らの祖国にある最大の軍艦よりも、三回りは大きい、やけに砲が少なく巨大だ。


「……これが、船なのか?」

英国の代表が思わず呟くと、

通訳を通して案内役の将校が静かに答えた。


「はい。これが日本帝国の新型巡洋艦《天ノ島》でございます。」


艦長が甲板に姿を現すと、軍楽が短く鳴り響いた。

彼は外交官たちに一礼し、やがて穏やかに口を開いた。


「諸君、これより我が国の船を見学していただく。

 ただし、立ち入りは指定区域のみ。

 艦内機構や推進装置は軍事機密ゆえ、お見せすることはできない。」


外交官たちは頷き、艦橋手前の甲板に設けられた見学席へと案内された。

椅子が整然と並び、頭上には日除けの帆布。

船体の手すりには海軍旗がはためく。


ほどなくして汽笛が短く鳴り、錨が上がった。

エンジン音も風の音もない――ただ、静かに艦は動き出す。

外交官たちは立ち上がり、信じられないという表情を浮かべた。


「帆もない……なのに進むのか?」

「まるで海が艦を押しているようだ……」


艦長は黒板を持ち出し、甲板上で説明を始めた。

通訳がその横に立つ。


「まず、諸君が理解しやすいように我が国で採用している単位系から説明しよう。

 我々は“メートル”を基準とした**国際単位系(SI)**を定め、

 長さ・質量・時間のすべてをこの体系で統一した。」


外交官たちはざわついた。

当時の欧州では国ごとに尺やフィートが混在しており、

測量や造船の際に誤差が生じることが常だった。


「メートルを世界の共通単位とする。

 これは我が国の提案だ。諸国もぜひ採用を検討してほしい。」

艦長の言葉に、外交官たちは驚きと共に深い関心を見せた。


続いて艦の概要が示される。

「本艦の全長は220メートル、幅は26メートル、

 乗員は約600名。

 速力に関しては軍事機密であるため控えさせていただく。」


黒板には日本語と各国語で書かれた寸法表が並び、

外交官たちはメモ帳に熱心に書き写していた。


艦長はさらに、大型・中型・小型の輸送船や駆逐艦の概略を紹介した。

それらは「測量技術」「設計精度」の成果として語られ、

一切の動力原理には触れない。

それでも外交官たちは息を呑み、

「日本はもはや航海技術の時代を越えた」と囁き合った。


やがて艦は演習海域へと到達する。

前方の水平線上には小型の標的艦が曳航されていた。

艦長が立ち上がり、

「――これより、砲撃演習を開始する」と告げる。


外交官たちの瞳が鋭く光った。

次に見せられるのは、「日本の力」そのもの――

未知なる“鉄の船”が、世界を黙らせる瞬間の幕開けだった。


 「雷鳴の演習」


艦は目的海域に到達すると、静かに速度を落とした。

甲板上では外交官たちが椅子に座ったまま、遠くの標的艦を見つめている。

海面を切る風の音以外、何ひとつ聞こえなかった。


「――砲撃演習、準備開始。」

艦長の低い号令が響く。


その瞬間、艦首と艦尾の双方にある巨大な200ミリ砲塔が、

金属の唸りを立てながらゆっくりと旋回を始めた。

外交官たちは息を呑む。


「動いている……砲そのものが回転しているぞ……!」

「砲塔というのか、これが……」


彼らの国の艦船には、まだ“砲塔”という概念が存在していなかった。

当時の砲は甲板に据え付けられ、手動で角度を変えるしかない。

だが目の前の砲は、巨大な鉄の塊が機械仕掛けで滑らかに旋回し、

まるで生き物のように標的を追っている。


やがて、艦長が短く指示を出す。

「――主砲、装填完了。射角十五度、照準よし。」


次の瞬間、大気を裂く轟音が海を震わせた。

外交官たちは思わず耳を塞ぎ、身をすくめる。

視界の端で、甲板の金属が共鳴して波打つのが見えた。


炎と煙の中から、曳光弾が長い光跡を引いて飛び出す。

その軌道は常識を超えていた。

砲弾は海の果てまで飛び、ほとんど落差なく水平に伸びていく。


「な、なんという……まるで雷が地を這っているようだ!」

「これほどの射程と精度、聞いたことがない……!」


一発目――標的の右を掠める。

二発目――左を通過。

三発目――標的の真横に挟坐きょうさ

初弾で距離を完全に掴んでいた。


「初弾で照準を合わせたのか!?」


砲撃では、榴弾が使用された。

信管は海面接触で作動するように設定されている。

砲弾が海面に触れた瞬間、

轟音と共に巨大な水柱が立ち上がり、白波が外交官たちの頬を打った。


「……これが砲撃か。」

「この威力、戦艦すら一撃で沈む……。」


砲撃は止まらなかった。

200ミリ砲が毎分5発という当時ではあり得ない速度で連射を続ける。

曳光弾が次々と空を走り、爆煙が水平線を覆う。

外交官たちは声を失い、ただ椅子の上で圧倒されていた。


数分後――。

最後の砲弾が標的艦を直撃した。

轟音と閃光、そして木片と鉄片が空に舞う。

標的は跡形もなく海へ崩れ落ちた。


「……これが、日本の砲術か。」

誰かが呟いたが、返す者はいなかった。

全員がただ、眼前の光景を呑み込めずにいた。


演習終了の号令がかかり、艦はゆっくりと帰路につく。

外交官たちは興奮と恐怖の狭間にありながら、

何度も艦長へ質問を投げかけたが、

艦長は微笑みながらこう答えるだけだった。


「――これは、あくまで訓練であります。」


そして夕刻、艦は再び鹿児島の港へと戻った。

外交官たちは甲板から下り、

振り返って「天ノ島」を見上げた。

その姿は夕陽を受けて黄金に輝き、

まるで神話の巨神が海に立っているかのようであった。


その夜、外交官たちは鹿児島の外交施設に戻り、

日本画発表する会議を聞くこととなる。

――発表が、世界の外交史を揺るがすことになるとは、

この時、まだ誰も知らなかった。

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