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物語序章 第一版 103章

「何を、なぜ作るのか」を詠むように、工場長が新人技師に語り始める。

「ただの機械ではない。国家の意思を宿す端末だ。行政が動き、軍が指示を受け、国の記録がそこに積まれる。専用の装置を作り、専用の回線で繋ぎ、専用の鍵で守る。それが我らの約束だ。」


工場の奥、木箱に収められた端末が静かに並ぶ。外装は厚い樹脂で覆われ、雨や砂埃をものともしない。若い組立士がひとつ取り上げ、画面の保護フィルムを剥がしながら言う。

「この箱の中に、本当の国が入っている気がしますね。」


端末は単なる鉄とシリコンではなかった。設計者はこう続けた。

「心臓部は自国製の集積回路だ。メモリは多めにし、記録は暗号化。起動は鍵でしか動かない。外からは見えないが、内部には鍵格納用の小箱(HSM)があり、署名されたファームでしか動作しない。無線は厳しく制限し、日常は有線で動く。これが『端末の姿』だ。」


技師は端末の仕様を論じるとき、寸分の誇張もなく慎重だった。画面のコントラスト、屋外でも見やすい輝度、SSDの暗号化――それらはすべて「国家の記憶」を失わせぬための細工であった。工場から出る端末は、出荷時に固有の署名が刻まれ、配備後は現場の管理者だけが起動の鍵を持った。


一方、港町の冷たい地下室には、新しい種の建物が現れた。鉄格子で守られた扉を開けると、波のようにラックが並ぶ。そこが「各省庁が抱えるサーバ群」の端緒である。管理官は来訪者に向かって静かに説明した。

「ここは単なる計算機室ではない。行政単位ごとに分かれた、国家の写しだ。各省には専用のサーバクラスタを置き、ログはこのローカルノードに集める。だが消えては困るデータは、遠く三箇所に複写しておく。災害でも攻撃でも、記録は残らねばならない。」


彼らは言葉を交わしながら、サーバの動線図を壁に貼る。フロントの業務サーバ、短期ログの貯蔵、そして遠隔のアーカイブ。三点の地に分散配置し、ひとつが落ちても他が代わりを務める――それが「分離・再現・復旧」の約束だ。


夜の巡回中、若い管理官がチラリと笑いを見せた。

「データは国家の記憶だからね。二つ以上の複製。だが鍵は一箇所にまとめては駄目だ。鍵を分け、人的管理を二重三重にする。ログは消えないように書き残し、改ざんはできぬよう堅く鎖でくくる。」


港を出る風が、冷たく彼らの顔をなでた。遠くでは光ファイバーケーブルの保守班が作業を続け、地図の上では光の線が都市と都市を結んでいく。端末は厳重に配備され、サーバは確実に守られ、国の意思は新しい箱の中で眠りなく続いていく――。


明賢は工場を見渡し、静かに言葉を落とす。

「我らは記憶を守る。そのための機械を作る。それが国家の誇りだ。」


夜は更ける。だが工場のランプは消えない。端末は箱に丁寧に収められ、サーバは冷えて回る。国家の記憶は、確かにその中で静かに目を覚ましていた。


鉄の鍵と光の守人


端末とサーバが整ったころ、明賢はひとつの言葉を掲げた。


「機械を造ることは容易い。しかし“信じられる仕組み”を造らねば意味がない。」


その言葉から、国家情報保全局――が誕生した。

この局の役目はただひとつ。電子情報の守護だ。

彼らは、あらゆる行政端末・軍用機器・通信中継装置に至るまで「鍵」を配布し、「認証」を行い、「記録」を追う。


鍵は三層で構成された。

第一層は端末内部に焼き込まれた「識別鍵」。

第二層は使用者に配布される「個人鍵」。

第三層は庁が一括で管理する「国家署名鍵」。


これらがすべて一致して初めて、端末は起動する。

暗号は帝国大学の数学科が設計した国産のRSA暗号アルゴリズムによって守られ、解読には数百年を要すると言われた。


さらに局は、電波と光回線の両方を監視する「常時監査網」を構築。

不正通信が検出されると即座に端末は遮断され、数秒後には警告が走る。

行政機関におけるすべての操作――文書作成、サイン、送信、保存――その一つひとつが署名され、改ざんを許さぬ記録として残された。


やがて、人々はこう呼ぶようになった。


「この国の電子は眠らない」と。



人の手が守る電脳


どれほどの仕組みを作っても、最後に動かすのは人の手。

だからこそ、明賢は命じた。

「電子は神のごとく速い。だがそれを扱う者は誠実でなければならぬ。」


こうして全国の帝国大学と高等学校には「電子行政官養成課程」が設けられた。

学生たちは機械工学、情報処理、通信工学、暗号理論、そして倫理法規を学んだ。

試験は厳格で、一つの失策が国家の扉を開けてしまうことを叩き込まれる。


合格した者は「情報曹」と呼ばれ、行政機関や軍の通信中枢に配属された。

彼らは機械の整備だけでなく、ログの監査、暗号鍵の交換、通信の認証も担う。

夜でも局から暗号鍵更新の信号が飛び、端末が一斉に暗転、再起動して鍵を更新する光景は、まるで夜空の星が瞬くようであった。


そしてもう一つの人材組織が生まれた――「電子保全隊」。

彼らは軍の一部でありながら銃ではなく端末を携える戦士。

電波妨害、サイバー侵入、妨害信号の解析を専門とし、実戦では敵の通信を遮断し、味方の回線を守る。

戦場で最初に撃つのは砲ではなく「信号」。

それを支えるのが、電子保全隊の任務であった。



 光の糸で繋がれた国


数年後。

大陸間を走る光ファイバーは、海底を這い、山を越え、ついに日本領地を繋げた。

地図上では一本の線にしか見えないが、内部には何千、何万ものデータの糸が流れている。

日本本土から新大陸、オーストラリア、南アフリカへ――どこでも指令は瞬時に届いた。


行政端末は全て有線で接続され、軍の指揮系統とも統合された。

例えば横須賀の海軍総司令部で発せられた命令は、1秒も経たずにサンディエゴやシドニーの艦隊司令部に届く。

陸軍の基地も、海兵隊も、すべてこの光の網の中で動いていた。


通信網の中枢には「中央情報センター(セントラル・プロセシング・アーカイブ)」が置かれた。

それは国の“頭脳”と呼ばれる巨大サーバ施設であり、行政・軍・教育・研究などすべてのデータが集まる。

この施設の地下深くには、冷却水が絶えず流れ、無音の中で数万の計算機が稼働している。

そして局の監視塔からは、常に青い監視ランプが灯っていた。


通信員の一人がその光を見上げ、呟いた。

「もう線ではないな。まるで神経だ。帝国そのものが、生きている。」


――電子の海の中で、国家はついに「意志を持つ存在」へと進化したのであった。

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