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第6章 夢の切れ端

 蚕が糸に

 糸が布へ

 布はドレスとなった

『ダサいわね』

 私は一歩、前進した

 マリが目を覚ますと、そこは元の世界では無かったことに、少し落胆した。

 目覚めると、ベラのうっとおしい顔がまず、目に入った。

「ベラもオマエの顔を見たくなかったオヨ」

 マリは心の声が漏れたのかと思った。

 ベラの相変わらずの毒舌に、マリは安心して笑ってしまう。おでこにタオルが載っているところを見ると、どうやら、ベラが看病してくれたらしい。

「ベラ、ありがとう」

 マリが素直に礼を言うと、気持ち悪いオヨと、ピシャリと襖の外に出ていった。マリはなに、あの態度と苦笑しつつ、あまり怒る気にはなれなかった。

 その後の夕霧の話を訊くと、ルナは悲惨だった。

 魔女を追い出し、悪霊たちも煉獄送りできたものの、ルナの半分以上の街がヒドラによる炎で、燃えてしまった。

「ドワーフや町人たちは、またせっせと、街を造りなおしているでありんす」

 窓の外を見ると、職人たちは厳しい顔をしつつも、汗を流し、愉しそうに作業している。逞しいと夕霧とマリはカラリと顔を見合わせて笑った。

「マリ、無理難題を言って、申し訳なかったでありんす」

 夕霧は深々と頭を下げた。マリは、慌てた。

「そんな、素直に謝られても……。それに、私が勝手にこっちの世界に来て、勝手に帰りたいって言っただけだし」

 マリは、朝美のことを思い出し、なんとも言えない気持ちになる。

「けれど、何の関係のないルナを救ってくれたことも事実でありんす。ありがとうござりんした」

 手を揃えて、丁寧に夕霧はお辞儀した。一つ、一つの仕草が芸術品のように美しい。マリは、これまでの苦労も、なんだか、どうでもいい気持ちになった。

「もし、困りごとがあったら、いつでも相談するなんし」

「それって、今度こそ死ぬってことじゃん」

「そうでありんすね」

 二人は、同い年の少女のようにカラカラ笑った。マリは、夕霧が美しさだけでなはく、サヨやベラのような同性が夕霧を信頼し、心酔する理由が少し分かった気がした。

「いい表情になってでありんすね」

 夕霧は、色っぽく、そっと微笑む。マリは苦笑した。

「いろいろ、ありましたから」

 マリは夕霧に合わせ、ちょっと、大人びて答えたのだった。 

 マリは、重々しい巨大なあの世の門の目の前に立った。隣には、菊梅菫のハニワの姉妹、そしてアンディ、ヘンゼルとグレーテルが、見送りに来てくれた。

「寂しくなるわね」

「マリがいなくなるなんて」

「今度はマリが作ってくれた服を着たいわ」

 三体のハニワたちはマリを囲みながら、おしゃべりが止まらないようで、お互いに割り込むように、会話をしている。

「マリ、寂しくなるよ」

 アンディが白い皺が刻まれた顔を真っ赤にさせている。よくみると、ウィスキーの瓶を片手に持っている。

「アンディさん、本当に助けてくれてありがとうございました」

 元々、アンディが三途の川で助けてくれなかったら、マリは消滅していたかもしれないのだ。深々とお礼をする。

「気にしなくていい。その分、誰かを助けてくれたら」

 アンディが瓶をあおりながら言っているところが、ちょっと決まりはつかないが、マリはニコニコして、頷く。

「マリ、最初はごめん」

 グレーテルは地面を見つめながら、小さな声で言う。

「私も、最初は意地悪してごめん」

 二人が不器用に謝り合うのを、みんなは優しく見守った。

「あと、あんたが死んだら服の話、しよ」

 グレーテルは、今日は短パンに白いニットと、現代っぽい女の子らしい恰好だ。

 うんと、マリは力強くうなずく。

「ヘンゼルも、お大事にね」

「死者にお大事にねっていうのも、可笑しな話だけど」

「みんな、元気でね」

 騒がしいハニワ姉妹たちとアンディに言葉をかけ、マリはそわそわと辺りを見渡した。 

 ヤモンは相変わらず、現れない。あの世の門の向こう側では、夕霧に許可された者以外、入ることができない。実質、ここが本当の別れだった。

 マリはヤモンの姿が見えないことに落ち込みながら、扉に向き合おうとしたとき、遠くで何かあわただしい影が見えた。

 マリは、怪訝に見つめた。

「マリー!!!」

 幼い少年のような声。緑色の草っぽいひょろしとした姿……。そして、つい最近マリを振り下ろしたウサギのシルエットが急速にこちらに近づいてくる。

「わっ!!!!」

 マリが咄嗟に避けると、アーヴィンはそのまま頑強な門に突っ込み、ギャァという声を上げた。

 ヤモンはぶつかる寸前で、アーヴィンから飛び降り、事なきを得た。そして、そのまま、マリのほうへ駆けていく。

「これ!」

 ヤモンはコロコロ転がって、ピョコンと立ち上がる。そして、ヤモンはポッケから、何か取り出した。そして、マリに、拳を握りしめたまま、差し出す。

「?」

 ヤモンの葉の掌を開くと、麻縄の先についた緑色の深い煌きを放った丸い石が付いている。

「めっちゃ、可愛い……」

「翡翠ってお石なんだって」

 ヤモンは、マリの首に掛けたいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

「取ってきたの?」

 マリはヤモンのために、膝を屈ませた。ヤモンはよじ登って、それを首につける。

「そう! 三途の河原に落ちてるって、ベラが教えてくれた! それで、ドワーフのおじちゃんに作ってもらったの」

 ヤモンが誇らしそうに目の前に立っているのをみると、少し疲れたような顔をしている。本来なら亡霊なら肉体的に疲れないはずだが、癖の強い二人を相手にして、相当疲労していた。

「ヤモン、マジでありがと」

 マリは、ぎゅうっとヤモンを抱きしめた。ヤモンは頬をピンク色にさせて、ニヤニヤとしている。

「マリ、もう堕ちてこないでね」

 ヤモンは、目をうるうるさせている。マリはもう一度、ヤモンを抱きしめた。

「ヤモンに逢うためなら、もう一回、堕ちてもいいかも」

 マリは本気と冗談を半分ずつ、混ぜた。

 ヤモンは顔をくしゃっとさせて、マリの胸に飛び込んだ。マリはポンポンとする。

「マリ、そろそろ時間だよ」

 アンディは少し涙目でヤモンを抱える。

 アーヴィンもオロオロと菊のスカートをハンカチにして、鼻を噛んでいる。気づいた菊は、アーヴィンを蹴っている。

「うん!」

 マリは涙目になったが、拭う。

「みんな、元気でね」

「死んでるのに、元気もないわよ」

 菊がとぼけたように話す。

「マリこそ、元気で」

 梅がウィンクした。

「がんばってね」

 菫がアンディの近くに寄って、優しくマリに話している。 

 マリが力強く頷くと、星の花びらのカタチをした鍵を門の鍵穴にはめ込む。ギィッという重々しい音ともに、あの世の門が開いた。

 マリは最後に挨拶しようと、後ろを振り返る。みんなが笑みを浮かべて手を振っている。

 ヤモンの寂しそうな瞳をしている。

「みんな、また会おうね!!!」

 マリは最後まで皆の姿を目に焼き付けて、手を振りながら、扉の先へと歩き出した。

 徐々に白い光に包まれ、皆の姿が見えなくなる。あまりの眩しさに、マリは目を閉じた。

「わぁ」

 目が開くと、目の前には一面真っ青な花畑が広がっている。ルナと違い、清清しいほど、白い太陽が出ていて、どこまでも空は青い。

 マリは目を凝らした。星形の形をした花は、太陽の光を目いっぱいに受けて、可憐でありながら、凛と咲いている。

「キキョウだよ」

 マリが後ろを振り返ると、ギルバートがステッキを持って、立っていた。肩の上に乗った小さな青い花を摘まんでいる。

「ギルバート伯爵!?」

 マリは仰天した。てっきり、ここは亡霊は入れないと思っていたのだ。そんな疑問を見透かしたように、ギルバートは応える。

「私は亡霊じゃないし、権限を持っている」

 梟の顔の紳士は、マリが驚いたことに満足げにしている。マリは、ギルバートの正体の謎が深まるばかりだった。

「ギルバート伯爵は何しにこちらへ?」

「見送ろうと思ってね」

 梟顔の紳士は、ゆったりと歩くが、足が長いので、マリは速足となる。

「あそこの洞窟が生者の世界と繋がっている」

 花畑の奥の崖には、かがめば、大人が一人ギリギリ入れるほどの小さな洞窟が見えた。

「狭すぎ」

 マリは率直に言う。

「大丈夫さ、小柄な君なら」

 マリはそれだけじゃなく、この先のことを思い、超不安げに、ギルバートを見つめた。ギルバートはそんなことを気にせず、サクサクと歩いていく。

「マリ、まだ何か不安なことがあるのかい?」

 ギルバートは、マリの不安を見透かしたかのように、その身長を屈めて、マリの顔を梟頭が覗き込む。

「洞窟が不安で……」

 ギルバートは背筋をまっすぐに伸ばして、フムと一言唸った。

「マリ、イザナキとイザナミの話は知ってるかい?」

 ギルバートは唐突に語りかける。

「日本の神様の話?」

 そうだとギルバートは頷いた。確か、日本の神様の話だと、マリは授業で名前だけ聞いたことを思い出した。

「簡単に話すと、死んだ妻、イザナミが生き返ってほしくて、夫のイザナキが黄泉の世界を訪れたんだ。そこで出遭ったイザナミは夫に自分の姿を見ないでほしいと言った。なぜだかわかるかい?」

 そこまで、言って、ギルバートはマリを一度見た。

「女が男と会いたくないときっていえば、前髪がマジでダサいときよね」

 マリは愛梨がそういって、デートをすっぽかした話を思い出した。ギルバートはちょっと愉快げに笑った。

「うん、そういうことだ。イザナミの体はとうに腐っていたのさ」

 マリはうげと、顔を顰しかめた。好きな人に腐った体なんて、たとえ死んでも見られたくない。マリは深く共感して、頷く。

「けれど、そのことを知らないイザナキは、約束を破って、妻の姿を見てしまうのさ」

 マリはうわぁという顔をする。

「イザナミは怒って、イザナキを追いかけ回す。しかし、イザナキは逃げ切るっていう顛末(てんまつ)さ。実は、こういった神話はたくさんある」

 マリは、じわじわと嫌な予感がしてきた。

「めっちゃ、そうじゃないことを祈ってるけど、あたしがこれから行くところもそういう場所ってこと?」

 ギルバートはご名答というかのように、拍手した。

「マリ、君がこれから行く場所は時空と世界の(ことわり)がない。いうなれば、秩序が何もない世界だ。その中で、僅かでも迷ってしまえば、二度と元の世界に帰れない」

 マリは深い溜息を付いた。やはり、最後の最後まで、平穏に帰ることはできないようだ。

「じゃあ、振り返らなければいいってこと?」

「そうさ。あとは自分が誰なのか、そして帰りたい場所を強く願えばいい。簡単なことだろう?」

 マリは、頷く。振り返らないだけなら、簡単だと思ったのだ。ギルバートはステッキをクルクル回す。二人は気づけば、洞窟の前に立っていた。

「さて、ある程度の説明はした。何か、質問はあるかい?」

 ギルバートは、コテンと首を傾げる。マリはその仕草がなぜだか、ギルバートが教師のように感じた。

「ギルバート伯爵、彼方教師でしたが?」

 マリは笑った。ギルバートが驚いたように、目を開く。

「ほぅほぅ、なぜ、そう思った?」

 ギルバートは不思議そうに目を煌かせている。

「だって、話し方が教師そっくりだったから」

「ほぅほう、私は教師ではない。しかし、マリ、君はいいデザイナーになるかもね」

 ギルバートは初めて声を上げて、笑った。マリは意味わかんないと笑った。ギルバートはさぁというように、マリの手を取って、洞穴まで導く。

「マリ、絶対の気持ちを忘れないようにね」

「案内してくれて、ありがとう、ギルバート伯爵」

 ギルバートは優雅にお辞儀をした。それを目にマリがお辞儀を返す。マリが意を決して一歩、洞穴に足を踏み入れた瞬間、真っ暗闇に包まれた。


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