プロローグ 灰色の少女
心配なく たよれること
ほしいものを あたえられること
無条件に あいされること
すべてを受け取った少女は 桜のように愛らしい
どこまでも純粋で、素直だ
そして、ウサギのように軽やかに跳んでいく
ゆえに地獄へ堕ちるのも、一瞬である
少女は、良心の塊なのだから
耐え続けられなければ 餓鬼に成れ果てる
「ねぇ、知ってる? あるアプリを使うと、死者の世界に行けるんだって」
そんな噂が中高生の間で、密かに流れ始めたのは、校庭の紅葉が赤く色づく10月頃だった。
周りにいた女の子たちは、そんなわけないじゃんとキャッキャッと言い合う。
「本当だって。それで、そのアプリを開くと、数日から数か月、仮死状態になって……」
と、話し手の女の子は一旦話を止め、女の子たちの好奇に満ちた視線が自分に集まっているのを確認するように、見渡した。
いつの間にか、近くにいた男の子のグループも聞いてない振りをして、耳を澄ましている。
「死ぬらしいよ」
女の子たちの疑いと好奇心に満ちた歓声が上がった。話し手の女の子は、想像通りの反応に、明るい声でケラケラと笑った。
男の子たちは呆れ、話題はそのグループの気になる女子の話へと移っていく。
その女子グループにいながら、全く怪談噺に興味を示さない女の子がいた。派手な金髪をカールさせ、マスカラで睫毛を限界まで伸ばした女の子は、一心不乱に数冊のパンフレットを見比べていた。
「マリは気にならないの?」
金髪JK、伊藤マリは顔を上げた。怪談噺をし始めた女の子、岡本愛梨はマリの机の上に座ろうとしたので、慌てて冊子をどかす。
「何が?」
パンフレットを見るのを邪魔されて、少し不機嫌になったマリが愛梨を見た。
「だーかーら、あるアプリを開くと、死者の世界に行けるって話!」
そんなことあるわけないじゃんと、マリが思わず鼻を鳴らす。
愛梨は気分を害した様子もなく、まぁ、デマだよねと、笑っている。
マリが再び、パンフレットの表紙に目を落とした。どこでその服を着に行くのかという男性がポージングしている。
真っ白な髪に、黒いサングラスまでは、わかる。しかし、赤やら、黄色の分厚いこたつのような生地を数枚重ねたジャケットに、ふっくらした青色のズボンを履いていることだ。
「ファッションデザイン専門学校?」
愛梨がパンフレットを勝手に読んでいるので、マリは慌てて取り返した。
「そろそろ進路きめなきゃだぁ」
誰かがいうと、周りの女の子もうげっとした顔になった。
「マリは、ファッション専門学校に行きたいの?」
愛梨のその問いに、マリは、まぁと薄いピンクのネイルを机の下でいじる。
少し憂鬱ゆううつになる。
親に反対されることは、明らかだからだ。
マリの家庭は少々複雑である。母子家庭で、母親はひどくルールに拘る人だった。「正座で食べなさい」「9時に寝て、6時に起きなさい」から、「学生の間は髪を縛りなさい」まで、意味のわからないルールを設ける癖があった。
その反動が出たように、校則違反ではないからと高校デビューで、金髪に染めあげた。
マリの髪を見て、母は、ポカンと口を開けた。白髪が混ざった髪がよく見える。そして、眉間がちぎれんばかりに、皺を寄せた。
「みっともない! はやく直しなさい!」
ほっそりした体から、大弓が飛び出したかのような声だった。
その後、2時間ほど、今までにないくらいの剣幕で、母親に激怒される。マリは、それに負けず、指の差し合い、怒鳴り合いとなった。
「大っ嫌い!!!」
結局、口論に負けたマリは家を飛び出した。
公園のベンチに座って、化粧が落ちることも構わず、ボロボロ泣いた。
桜が咲いていたが、ひどく肌寒い日だった。
数十分後、近所の通報を受けた警察に見つかった。
そのまま補導を受けた。
ダルッ。
さらに母から、警察と近所の人に迷惑をかけことを怒られる。
なんだ、この日は。
そう思うくらい、ひどい入学式の一日だった
それから母は何度も、『黒髪にしろ』といい続けるも、マリが頑として変えようとはしなかった。
この喧嘩の膠着状態は、3ヵ月にも及び、その間、お互いに一言も話さなかった。
二人の長い意地が終了したのは、母の何気ない一言だった。
「ご飯、食べる?」
これで終了した。
マリがファッションデザイナーになることを母から反対されるのは、聞かなくてもわかる。母はファッションデザイナーである、14年前に亡くなった朝美おばさんのことを毛嫌いしていた。
朝美おばさんの話を匂わせただけで、母はあからさまに顔をしかめた。そして、壊れたロボットのように、「そうね」としか、相づちを打たなくなるからだ。
気になって、マリは親戚のいろんな人に聞くも、皆、腫れ物に触れるかのように、話さなかった。
漸ようやく、母と叔母の不仲な理由をマリが知ったのは、母の実家の旅館に帰ったときだ。年配の仲居さんにしつこく聞くと、根負けして、渋々話してくれた。
幼い姉妹は仲が悪くなかった。朝美おばさんが、母に服をプレゼントするほどに。
妹の朝美おばさんは自由な人だった。厳格な父親のいうことなんか、どこ吹く風という態度で、好き勝手に生きたようだ。
その皺寄せは、長女である母親に行き、いつも妹を疎んでいたという話だった。
マリはそれだけで、あんなに仲が悪くなるだろうかと、疑問を抱いたが、年配の仲居さんは、『あら、腰が』と言って、話しを終わらせるように、逃げた。
しかし、今、進路に悩むマリは、『朝美おばさんが生きていたら、相談できたのに』と、思うことは多かった。
無意識に、マリはブレザーの胸ポケットに触れた。
「そういえば、アプリの話は誰から聞いたの?」
マリは先はどの話を、半ば強引に戻した。周りにいた子たちは、まだファッション学校の話をしたそうだったが、強引に終わらせる。
愛梨は、知りたい? と悪戯げに微笑む。
マリは頭を軽く数回、振った。
愛梨はとっておきの秘密を話すように、
「山下先輩」
と言った途端、
「なんだ、ノロケじゃん」
周りから、ブーイングが流れ、女の子たちの話題は急転換して、恋愛話へと移っていく。
その隙に、マリはパンフレットを鞄に仕舞った。
マリの頭の中は、母親をどう説得するかでいっぱいだった。女の子たちの会話を、ラジオのように、ぼんやり聞き流していた。
学校帰りの放課後、夕日がゆっくりと沈む閑散とした住宅街を、マリはスマホをいじりながら歩いていた。
「カァカァ」
電信柱の電線の上には、異様な数のカラスが止まり、鳴き喚いている。
しかし、マリはイヤフォンの音量をガンガンに上げ、スマホを見ていたので、全く気付かなかった。
画面をスクロールする。
オレンジが丸々入った、フルーツ大福の投稿写真を、惰性でイイねを押した。
「東京か……」
ファッションデザイン専門学校に行くなら、最新の流行の街、東京で、学びたかった。
平日の夕方でも、人通りがない、この町を飛び出したいという理由もあったが。
マリが、メッセージアプリを開こうとした瞬間、見慣れないアプリを発見した。青い空に満月という、変なアイコンだ。アイコンの下には、〝Luna〟と書かれてある。
「ルナ……?」
こんなアプリいれたっけ……。
マリが思案を巡めぐらせるも、インストールした記憶は無い。
まさか、昼間の愛梨が言っていたことがよぎった。しかし、どう見ても、殺人アプリには見えない。
「なわけないか」
マリは気にすることもなく、アンインストールボタンを押す。
クルクルと紡ぎ車が周り、アプリは消えた。
日の沈む直前に、マリは、庭付きの青い屋根のこじんまりとした家に着いた。
庭の芝は綺麗に刈られ、ピンクや紫のダリアが来客を迎えている。
マリが玄関に上がり、ローファーを脱ぎ捨てる。
おかえり、という母の低く、厳格な声が聞こえた。
キッチンにいる母を覗く。
何が楽しくないのか、いつも眉間に皺をよせていて、キャベツを切っている。包丁が哀れだ。
ジュウという油の音と共に、いい匂いが漂ってきた。
二階の自室に鞄を置いて、部屋用の服に着替える。
「マリー! お風呂して!」
母親に言われ、マリは風呂場へ向かう。
クマのカタチをしたスポンジを握りながら、母親をどう説得するのかで、頭が一杯だった。
そのままキッチンに行き、母の手伝いをする。8つのとき、父親が亡くなってから、自然と身に付いた習慣だった。当時は、母は落ち込んでいる姿を一切見せなかったが、料理をしているとき、ふと茫然としていた。
その、何とも言えない空間が、母をどこかに連れ去ってしまうのではないかという不安に駆られ、マリは『手伝うよ』と、自然と零れた。
まな板でトマトをとんとん切りながら、いつもよりもマリは無口だった。
沈黙に耐えかねたのか、母が『学校、どうだった?』といつもの質問をする。
「うん、まぁまぁ」
これもいつもの解答。
マリの口がいつもより重いのを、母も気づいていたと思うが、気にせず母は、料理を続けた。
気づけば、食事が終わっていた。
片付けが終わったあとは、各々リビングでまったりとする。
テレビのバラエティー番組の演出用のわざとらしい色をつけた、空っぽな感情で大げさに笑う声が聞こえてきた。
マリは、頭の中でシュミレーションした結果、今日は言うのはよそうと思った。真っ向勝負しても、意味がない。
とりあえず、叔母さんがどんな人なのか、聞いてみよう。そうしたら、何か打開策がみつかるかもしれない。
「お母さん」
んー? とテレビを虚ろげに見る母は、上の空で答える。
「えーと、朝美叔母さんって、どんな人だったの?」
母は眉間をピクリと動かして、訝いぶかしげにこちらをみる。
マリは、それに気づかないふりをした。
以前、母親に理由を尋ねたことがあった。ぼんやりとした目つきで、病気で亡くなったと、口を閉ざした。マリはそれ以上、踏み込んだらいけない気がして、そっかと、話を終わらせた。
けど、今回は引き下がれない。
「あんた、急にどうしたの?」
「いや、叔母さんのことは、あんまり話したことないなって、急に気になって」
マリは我ながら、話題が急すぎると内心で焦った。
母は、少し疑わしそうにしている。そして、ぼんやりした目つきで、記憶の糸を手繰り寄せている。
「可笑しな人だったよ。いっつも、お父さんにに反抗して」
母は感情を腹の底に沈めたような声で、ボソリボソリ言葉を絞り出す。
「服作りなんかの何がいいんだか」
最後は、軽く吐き捨てるような口調だった。
「別に、服作りが悪いわけじゃないじゃん」
マリは思わず、口を挟んでしまった。
「何、あんたどうしたの?」
さすがに、怪しんだ母親はこちらを訝しげにみた。
いや、まぁ、とマリはモゴモゴする。率直なマリは、言葉の腹の探り合いが向いていないと改めて感じた。
まだ、なぜ朝美叔母さんが嫌いなのか、服作りはなぜ嫌いなのか、何一つわかっていない。
「ダメだからね」
不意に母親が口を開いた。
「まだ、何も言ってないじゃん!」
マリは内心の驚きを隠しきれず、焦った口調で思わず口から飛び出た。
母はやっぱりといいだけに、ため息をつく。
「ダメよ。あんたが朝美のことを好いているのはわかるけど、普通大学に行きなさい」
母が引く様子は全く無い。
「いいじゃん。あたしの進路ぐらい、自分で決めさせてよ」
こんな予定じゃなかった。今日、言うつもりはなかったのに……。あたしのバカ。ほんと、分かりやす過ぎ。
「あんたの進路が不安だから、言ってるんでしょ」
「不安不安って、じゃあ、なんにもできないじゃん」
「別に、普通大学に行けばいいって言ってるじゃない」
あぁ、また、これ。
幼い頃からの束縛の記憶が甦る。
欲しいものも、黒いクマのぬいぐるみも女の子らしくないから、ダメ。高校進路のときも、あの高校は、頭が悪いから。
いっつも、あれもダメ、それもダメ、これもダメって……ダメダメばっかり……。
マリはイガイガするような感情が胸に沸き上がり、蹴飛ばしたいような衝動に襲われた。
「ダメばっかり! なんで寄り添ってくれないの?」
思わず、机にドンッと手をつく。
「あんた飽き性なのに、専門学校に行って、なれるの? デザイナーに」
不意に母親が強い口調できっぱりと言う。
「そんなのやってみなかったら、わかんないじゃん?」
確かにマリは1つのことが長続きしない。今まで中学生のとき、部活のバトミントンも、友人との不仲で1年生の春にやめた。勉強も、全体で十位以内の成績を取ったことが無い。長続きしない過去の残骸ざんがいが、心の隅に陣取った。
「進路はやりたいこと決めたら、簡単に辞められないんだよ」
そんなことはないと、マリは心のなかで思う。しかし、確かにそうという声も響く。
「そんな、専門的なことに絞って、大丈夫なの?」
母の矢継ぎ早の言葉に、頭の中で、そうかもしれない、という感情と共に、そうじゃなくてという想いも込み上げる。
それらは、結局、否定された怒りと焦りの感情に包まれ、胸の中で押し潰されていく。
結局、口から出てくる言葉は、感情的な回答だった。
「勉強と部活と、一緒にしないでよ」
マリは冷静さを完全に欠いて、怒鳴る。
「一緒よ。やりたくないことが出来ない人なんて、途中で躓つまづくわよ」
「じゃあ、やりたいことはやっちゃいけないの?」
「あんたが不安だから言っているのよ」
シューッと、ポットから蒸気が噴き出す音が聞こえた。
終わりとばかりに母親はカップを持って、お湯を注ぎに行く。
母は黙って、カップを持ち、リビングを出ていった。
母の右手の赤い小粒の石の指輪が鈍い光を放っている。
やっぱり、何言っても、話が通じない。
マリも扉をバタンと力づくで閉めた。母親への嫌がらせを込めている。自室の階段を駆け上がる。扉を再び、バタンと開けて、自室の部屋に転がり込んだ。
なんで、わかってくれないのか。
わからずや! わからずや! とマリは何度も枕を殴る。
それでも、胸のなかにわだかまった怒りを消すことができない。深呼吸しても、深呼吸しても、怒りがふつふつと沸き上がり、我慢できずにマリはすっと立ち上がった。
机の中から、スケッチブックを取り出す。
秋色のワンピースを、書きなぐるようて、デザインする。緑色の脛すねまである分厚いコートに、黄色のボタンをいくつも付けていく。ジーパンを描き、赤色のニット帽を被らせる。
友達と紅葉を見に行くようなそんな恰好。
数時間、無心にマリは描き続けた。
「うん…、かわいい…」
溜息をつき、色鉛筆を置く。
腹の中で燃えていた炎が鎮火ちんかして、ぼんやりする。
可愛いものは好き。それだけで、ワクワクするから。
確かに、明確に、服作りでないといけない理由はない。普通大学に行って、アパレル店員になる道もある。
ふぅと息を吐き出す。
けど、それは違うんじゃないかという葛藤がある。勿論、ファッションデザイナーになれない不安もある。けど、やってみたい気持ちがある。
なぜ、分かってくれない?
愛梨と愛梨のお母さんを見ると、とても仲がいい。一緒にショッピングしたり、悩みの相談もよくしていたり、まるで親友みたいな関係だ。
自分の母親とは、大違い。比べること自体、おかしなことだとマリも分かっている。しかし、愛梨のようなお母さんだったら、少しは理解してくれるんじゃないかと思うと、虚しい。
スクールバックの中にガサゴソと、手を突っ込んだ。ボロボロのスケッチブックが出てくる。
中を開くと、大量の試行錯誤さくご中の服のデザインを見つめる。
最初はなんとなく、母の実家にあった叔母さんの作品集を眺めていた。見ているうちに、実際に作ってみたくなって……。それからは、小学校のお洒落な女の子の服をアレンジしたり、モデル雑誌から、見よう見まねで描いて、いつか自分の服を作ってみたいと、アイディアをかき集めていた。
その中でも特に、丁寧に張り付けた雑誌の切り端が貼ってある。
鮮やかな新緑のワンピースが写っている。
乳白色のさらりとした生地の帯で腰を締め、西洋のパーティーで着るようなデザイン。
腰の部分に、緑の生地が何枚も重なり、モデルさんが歩くと、花びらのように舞い上がる瞬間を切り取っている。
朝美おばさんの服が、海外の雑誌で取り上げられていて、こっそり、実家の雑誌から、切り取ったものだ。
見よう見まねの作品は、今では数百のデザインがスケッチ上の中で溢れている。
デサインをすることが好きで好きで堪らない。
けれど、こんな下手なデザインでは、絶対に母は認めてくれないだろう。スケッチを見せても、『だから?』と言うに違いない。
マリは、ほとんど、母親を理解することを諦めていた。
マリは唇を噛み締めて、スケッチブックをスクール鞄にしまった。
窓の外には、異様に黄色い満月が浮かんでいる。
「変な月…」
マリが呟くと、スクールバックから、ブーッとスマホのバイブ音が鳴った。マリは携帯を開く気分にはなれず、それを無視して、宿題をしようと、教科書を取り出した。
しかし、しつこく通知音が響く。悪友たちがスタ爆しているんだろう。
マリは、宿題をやることを諦め、携帯を手に取った。通知をオフにして、お風呂に行こうと思ったからだ。
『〝Luna〟が起動を要請しています』
という通知が99件も入っている。
「迷惑メール……?」
いや、確か、帰り道に知らない間にこのアプリが入っていた。
マリは、なんとも言わない気持ち悪さを感じ、顔を顰しかめた。
〝Luna〟というアプリを消そうと、画面から探し出す。
画面の2ページ目にあった。
昼間みたものとは、あまりに違うデザインに驚いた。
赤い空に真っ黄色な三日月が浮かんでいる。
確か、昼間は青い空に満月だったような……。
なぜか、愛梨の『死者のアプリ』の話が頭の中でよぎり、マリは首を振った。
死者の世界なんて、阿呆あほうらしい。
せいぜい、詐欺メールが届くくらいで、噂が誇張こちょうされただけ……。
そう思いつつも、嫌な予感を感じずにはいられない。
その予感を肯定するように、Lunaの通知が続々と届く。
「は? なにこれ!?」
早く、早く消さないと……。
「なんで、なんで、消えないの……!?」
アンインストールボタンを数十回タップしても、画面からアプリは消えない。
ウイルスにでも感染したように、異常な通知音が鳴り響く。
何度目かわからないアンインストールボタンを押そうと長押ししたとき、
『アプリを起動させてください』
という、画面に切り変わった。
マリは全身に寒気を感じて、いいえを連打する。しかし、何度押しても、同じ画面が出てくる。
数十回目のアンインストールボタン押したとき、
「アプリを起動させてくださいアプリを起動させてくださいアプリを起動させてください」
という文字が画面にびっしりに埋まった。
マリは思わず携帯を、投げた。
壁にぶつかって、ガンッというう壊れてもおかしくない音が響く。
同時に、通知音もピタリと止まる。
パキパキと、ガラスの破片が散っていた。
気づけば、マリは肩で息をしていた。
手や背中に汗をかき、部屋の中はひどく熱気が籠っている。
隅で投げられたスマホは、うんともすんとも言わない。
逆にそれが不気味で、マリは一刻も早く部屋から出たかった。
スマホに近づかないようにゆっくり扉のほうに移動する。
ドアノブに手をかけ、出ようとした瞬間、ピコンと音が鳴る。
マリはおずおずと振り向いた。
ひび割れた画面には、文字が表示されている。
『Lunaが起動しました』
画面を見た瞬間、マリは部屋から出ようと駆け出した。
スマホから白い光が弾けた。光の中から、赤い爪の手がマリの服をぎゅっと掴んだ。凄い力で、スマホの中へ引きずりこもうとする。
「イヤァ……」
叫ぼうとしたときに、自分の声がもう聞こえなかった。
辺りは真っ暗になった。
暗闇は怖い。こないで……。
マリが目を閉じると、意識が途切れた。




