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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

不思議な入り口

作者: 小桜紫雨
掲載日:2025/08/20

そんなに怖くはないです。


 仕事も終わり職場から真直ぐ帰宅して今日も美味しく健康にも配慮された食事を作ってくれた母に感謝しながらそれをいただく。

 ご飯も食べて一日の疲れをゆっくりお風呂に流してお気に入りの窓辺へ向かう準備をする。

 髪をドライヤーで乾かした後、二階の自室に戻り窓辺に座り硝子に頭を付けて外を見ながら思考を辞めて頭を空っぽにするこの時間が私は気に入っている。

 外の景色はお世辞にも良いとは言えない。

 目の前に広がるのは狭くはないが広くもない畑で今は何も植えられていなくて野菜の残骸が見えるだけ。

 一年を通せば今は一番無残な姿と言えるだろう。

 元々外の景色などどうでもよくて見ても居ないので気にもならない。

 スマホをミュートにしてパソコンの電源も落としテレビは元々この部屋には無いし興味もない。

 ラジオも偶にパソコンで聞く程度で大抵は直ぐにそれも煩くなって消すのが私の定番。

 時間はまだ午後8時過ぎたあたりでまだまだ眠るには早い。

 たっぷりこの時間を楽しむ事が出来そうだ。

 

 何時もの様に母の笑い声が聞こえて来る。

 しかしテレビを見ない私には興味も持てない。

 父は寡黙な人で下から声が聞こえて来る事は無い。

 今頃はおそらく一人で碁を打っているのだろう。

 この窓は父の仕事で父に窓辺に座れる様にして欲しいと家を建てる時に私が言うと黙って頷き作ってくれた。

 窓もペア硝子の上二重サッシで少々くらい寄りかかっても安全だ。

 

 私がボーっとし始めてそれほど時間の経過を感じない内に黒いが少し煤けたフード付きの外套がいとうを着た人々が此方に向かって歩いて来るのが見えて来た。

 全部で八人その八人全員が異常に背が高い、おそらく2mを軽く超えている。

 その人々は二列に規則正しく並び、ゆっくりと歩いて来るのだが全員が上下左右全く揺れる事も無く進んでいる。

 ゆっくりとだが滑る様にとはこの事を言うのだろう。

 近くまで来ると全員の外套が全身全く揺れていない事が判り異常が起こっている事も解る。

 家に来るのかと少し怖かったが、既に思考を辞めて頭を空っぽにしていた私に判断力は無く、異常が判っていても動くことが出来ない。

 

 そうしている内にその人々は隣りの家へと次々と入って行った。

 後から考えるとその人々は止まる事も無く、ゆっくりとはいえ速度を全く落とす事も無く隣りの家に入って行ったのもおかしかったがその時の私にその判断力も無かった。


 暫く時間が過ぎ、あれは私の夢で現実には何も無かったんだと私は思い始めた。

 心のどこかで今起きている出来事は人間が見てはいけないものだと判っているからだ。

 そう信じようと私が意思を固めようとすると樫で出来た長い棒を輿の様に担ぎ八人の人々が隣りの家から出て来た。

 輿である部分に乗っているのは輿では無く鉛で出来た棺だ。

 その中に何故か隣りのお爺さんが入っているのが私には判る。

 鉛で出来た棺は私には判断が出来ないが過去に見た事も無い複雑な模様が入っているのも分かっている。


 その人々は家の正面まで来ると止まった。

 すると道路を挟んだ向こう正面の空中に穴を開けた。

 穴の中は真っ黒だが豊かな水をたたえていた。

 人々は棺を穴の中に入れると去って行く。

 しかし一人だけ残り穴の隣りに立っていて私の方を見てゆっくりとかすかな笑みを浮かべている事が判る。

 その人は此方を見ている事は解るが顔は全く分からない。

 しかし、目だけが全体的に薄く青く淡く光るが虹彩も瞳孔も存在しない。

 鉛の棺はゆっくりゆっくり水の中を深く深く進む。

 その水はとても深くやがてゆっくりとてもゆっくりと鉛の棺を潰して行くのが理解できた。

 私が理解すると穴の隣りに居た人は静かに頷くと穴を閉じて来た時と同じ様に帰って行く。

 いつもなら少し意識すると元に戻れるのに今日に限って私の意識は覚醒しない。

 

 少しすると救急車のサイレンが聞こえて来た。

 私の意識は救急車のサイレンの音と共にグルグルと回る、足が天井に有ったり頭が床に有ったりする。

 やがて私はどうにかベッドに着くと意識を失った。

 そのまま朝を迎え目を覚ますと私は慌てて階段を降りる。

 母が起きていて朝食の支度をしていた。


「隣りのお爺さんが亡くなったよ!」


「昨日の救急車の事?いつもの事じゃない由美は大袈裟だよ」


 そう、隣りのお爺さんはよく救急車で運ばれる。何時もの事だ。

 そして次の日、両親と私はお通夜に来ている。


 しかしその魂は既に無く四十九日を待たずして水の中を沈み続けている。

 おそらく何回も何兆回も嫌、永遠に沈み続けていると考えた方がしっくりとくる。

 お盆やお彼岸にもお墓の遺骨の元にもお爺さんの魂は帰って来る事は永遠に無い。

 永遠に水の中を沈み続け、鉛の棺に潰され続けている。


 私にはお爺さんに何があって、どんな罪があったのかは分からない。

 お爺さんには少しの恨みも、少しの嫌な思いをした事も全く無い。

 お爺さんにはおかしな噂も全く無くて、ただ会えば会釈をして挨拶を交わしていただけだ。

 必要以上の事は全く無かったからお爺さんには思い入れも無かった。

 

 母からは「どうしてお爺さんが亡くなった事が判ったの?」とは聞かれたが、あの事は全く話してはいない。

 母には「ただ何となく偶然だよ」何度となく聞かれる度にそう答えている。

 

 私にとってはそれは結構強烈な経験となり、その後多少は躊躇ったが三日とは持たなくて私の好きな時間なのであれから何千回と続けているがあの時と同じ事は一度たりとも無かった。

 あれから変わったのは畑が公園と住宅になった事かな?

 しかしやはり外の景色には興味が持てなくて畑でも公園でも変わらない。

 あの人々が現れた場所付近にはコンビニになった事も変わった事だ。

 現実的に大きく変わったのは朝食と夕食が私の担当になる事が多くなり私の好きな時間が減ったのが大きく変わった事だろう。

 

 今でもしっかりと棺の模様と棺が潰れる様子も覚えている。

 あり得ないのだが棺が私の隣りにある様に覚えている。

 穴の側に居た人が見せてくれたのかな?

 ただ人間の魂は物質では無いので永遠に潰す事が出来る存在である事が私にも理解が出来た。

 物質に拘り強く執着しているのも人間だけであると、それを私に穴の側に居た人は私に教えたかったのかしれません。

 静かに頷く姿を思い返すとそう思えてしまいます。

 

自身の実体験をヒントに書きました。

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