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優しい、気が利く、思いやりがある。それが周りの俺への評価だった。

だが俺自身はそんな奴だとは思わない。

確かに俺は優しくあろうとしていた。ただしそれは自分を守るための優しさだった。言い換えれば臆病だったんだ。

何も取り柄のない自分が持てるもの。それが優しさだった。何も努力せずに得られるもの。それが優しさだった。

だが、そうやって身につけた付け焼き刃の優しさは本当の優しさではなかった。

本当に優しいやつは俺とは違かった。


異世界に来てまで優しい奴で居続ける。馬鹿馬鹿しいと思う奴もいるかもしれない。だが俺はそうすることで本当に優しい奴になれるのではないか。本当に永井一が自信を持てるのではないか。そんな思いを抱いた。


これは自分のためだ。人々を救いたいだなんて心からくるものではない。ましてやカールのためでもない。もう俺は後悔しない。






街で得たものはカールの悪徳ぶりだけではなかった。どうやらこの世界には魔法があるらしい。と言っても街で見られたのはほんの小さなものだったが。水を出す魔法、小さな火を一瞬出す魔法、瓶の蓋を開ける魔法などなど。俺の期待していた守護霊を出したり、相手を服従させたり、殺したりする魔法は見れなかった。

もっとも、そんな魔法を街中で見たくはないがな。


さて、カールの負の遺産を帳消しにすると言ったが、俺は国のことも街のこともカールのことについても何も知らない。誰かに教えてもらう必要がある。

だが、永井一ではなくカールがそれらについて知らないというのは不自然だ。

記憶喪失だと言えばいいか?

いや、ダメだ。そんな奴に政を任せられるか!

本から学ぶか?

いや、ダメだ。この世界で俺は会話はできても文字は読めない。


じゃあどうする?

なんにせよ、信頼できる人物を見つける必要があるだろう。何かしらの秘密を打ち明けても大丈夫な。そんな人を。

思い浮かぶのは今のところトルーかセバスチャンの二人くらいだ。もっとも、知り合ってから一日も経ってないが。


まあ、そうだな。とりあえず数日過ごして人との関わりを増やす必要があるな。信頼のおける人物を見つけるまで俺はカールを演じる必要がある。

やりきってみせる!


俺は昼食を平らげ、行政会議へと向かった。

出席者は以下の通りだ。


領主 カール(永井一)


総務長官 ハル


財務長官 カーネ


外務長官 クレイ


軍務長官代理 パウル


本来はもう少し役職があるそうだが、総務官が権限を吸収しているそうだ。そして軍務官に関しては中央政府。つまり皇帝からの召集に応じていて、現在不在のため代理が来ているそうだ。


「全員揃っているな。ではカール様、開会のご挨拶をお願いいたします」


基本場を仕切っているのは総務長官のハル。凛々しい顔立ちをしている。が、どこか近付き難い雰囲気がある。年は30手前ぐらいだろうか。


スーツに似た服を着ているハゲが財務長官カーネだ。財務でカーネって何かのダジャレか?


退屈そうに外を眺めているのが外務長官のクレイだ。若い女性だ。それにしても退屈そうだ。


そして、白髪のイケオジがパウルだ。見入ってしまうほどの綺麗な白髪だ。


ていうか、開会の挨拶?なんて言えば良いんだ?わからないが、それっぽく言えば良いだろう。


「ゴホン。では行政会議を始める」


俺がそう言うと全員立って右手を左胸に置いて一礼した。礼儀作法か何かだろうか。俺もそこら辺覚えていかないとな。


「本日の議題は二つです」


「一つは本領南部で発生した水害について」


ハルの声に誰も反応しない。気まずい。


「南部3つの村で物的、人的被害が報告されている他、南部の工業都市カーベルへの道路への被害が報告されています」


「財務長官としては反対である!」


おいおい、誰もまだ何も言ってないぞ。


「…では道路の復興のみを行うこととします。よろしいですかカール様?」


まてまて、被害を受けたと言う村々を捨てる気か?流石にそんなことはない…いやカールなら見捨てるだろうな。俺が今やるべきはカールを演じること。だが、ここで被害に遭った人々を見捨てるのか?

俺はそんなことをするためにここにいるわけではない。


「南部の駐屯兵を復興の手伝いに向かわせると言うのはいかがかな?」


俺が行動を起こす前にパウルがそう言った。


「領民を見捨てたとあらばカール様の名誉に傷がつきます。それは本領にとって決して良い結果をもたらさないと私は考えますがどうですかなクレイ殿?」


「…お好きにどーぞ」


可愛くねぇ…

ここはパウルの後押しをしよう。


「そうしてくれ、駐屯兵を回せば財政にも負担をかけないだろ?」


そう言った俺をその場にいたハルを除いた全員が不思議そうな目で見た。そうだろうな。カールはそんなこと言わないだろうからな。

ハルは俺をじっと見つめていた。


「…仕方ありませんな。しかし、誰が軍費の決定権をお持ちかお忘れなきよう」


カーネの嫌味に対しパウルは眉一つ変えなかった。


「次に本領ではないのですが隣接する北方の州での政情不安についてです」


「…オストホーフェン本家か…」


パウルが暗い顔をする。俺ことカールもオストホーフェンの姓を名乗っているがどうやら俺の方は分家らしい。


「クレイ殿は何か知っておられますか?」


「…跡目争いに軍事クーデター。農民反乱に魔物襲撃。あそこは騒がしいところだわ」


ハルの問いに対しクレイがそう答える。


「カール様、そして北方の警護強化に、領民への統制の強化を行うこととします。異論はー」


「どれだけ金がかかると思っている!ただでさえ中央の召集での出費が嵩んでいると言うのに!」


そう言うカーネをハルが睨みつかる。


「…チィッ!」


「では本日の議題は以上です。他に何かある方はいらっしゃいますか?」


「…ないようでしたら以上で会議を終了といたします。カール様。閉会のご挨拶を」


「えー。本日の会議は以上とする!解散!」


そうして行政会議が終わった。あー疲れた。

ひとまずわかったことはここでの実権はカールにあると言うことだ。カール…俺にも権力はあるがハルのことを無視してことを進めることは難しそうだ。独裁者の二つ名が霞むな。

それにしてもオストホーフェン家についても気になる。政情不安ってのが気がかりだ。何もないと良いがな。

パウルってやつは好印象だ。そして他のやつは…

まあいい。パウルには後で話を聞きに行こう。

そんなことを考えながら部屋に行くとトルーが茶を用意して待っていた。


「お疲れ様です。カール様」


「ああ、ありがとう」


「…本当に体調の方は大丈夫なのですか?」


「見ての通り、元気だ」


本音を言うと気を張り詰めてたせいで結構限界がきてる。


「本日の酒宴はいかがいたします?」


そんな話もあったな。それにしても領民を放っておいて贅沢三昧…やはりカールは絵に描いたような独裁者だな。


「中止だ。やはり気分が悪い。今日は早く寝るとするよ」


「左様ですか…医者を呼びましょうか?」


「大丈夫だ。トルーももう休め」


トルーはとても驚いている。名前で呼ばれたことが。はたまた優しくされたことか。


「…やはり医者に診てもらいましょう」


そう言いトルーは医者を呼びに走って行ってしまった。


「お、おい!大丈夫だ!」


そんな俺の声も届かずトルーは医者を呼んできてしまった。トルーがアウゲーと呼ぶ医者は早速俺の問診にとりかかった。どうやら魔術も使うらしい。

まずい。俺がカールでないことがバレるかもしれない。だが、逃げ出せるような状況でもない。


「こ、これは…」


「な、なにかありましたか先生…」


「カール様の脳の魔力状態に異変が…」


「カール様の記憶は…失われている可能性が…」


ば、バレた。いや、厳密に言えばもっと深い事情があるんだが。まずいことになった。認めるか?いや…認めたとしたら…

俺はシラを切ることにした。


「なんのことだか…」


「おかしいと思ってたんですよ。今日のカール様は様子がおかしかった。城内でも話題になってましたよ!」


クソっ!そりゃそうだ。俺に独裁者の真似なんかできるか!

認めるしかないのか?だが認めたらおしまいだ!俺は一度決めたことは守ると決めたんだ!俺はカールとしてカールの負の遺産を帳消しにする!


「ちがっ」


「ほーい。ちょっとだけお時間を頂戴いたしますよぉ〜」


そして俺は深い眠りについた。



















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