小野道風
おじいさんのありがた~い おはなし。
晴明と小式部は藤原行成の屋敷に着くと案内を頼んだ。
「主人は、部屋に籠っておりまして……。」
「ご存じの通り、都内では怪異事件が起こっておりまして、ご様子を知りたいのですが」
「行成さあ~ん!」
小式部が大声を出すと、部屋の中から声が聞こえた。
「通しなさい。」
行成の部屋に向かうと、中が騒がしい。
「この騒ぎは、どうしたんですか?」
「え、何か聞こえますか?行成殿は書を書くときは一人で黙って何時間も集中してます。」
「晴明さん、これは普通の人には聞こえないみたい。」
行成の部屋に入ろうとふすまを開けると、ダンディな老人が
<小式部ちゃん、来てくれたんだね。>
「天神様?」
なんと、行成の部屋から菅原道真公が、ニコニコしながら現れた。
中を見ると、傘を持った老人が、行成の前に座っている。
「ああ、晴明さんに、小式部さんじゃないですか。」
何事もないように行成が返事をする。
「行成さん。この部屋の人たちが見えてるの?」
「え、晴明さんに小式部さんでしょ。」
「他に天神様と、傘を持った男の人がいるよ。」
<わしは道風じゃよ。>
「え、あのカエルの人?」
「小野道風殿ですか。」
<そうじゃ、まあカエルはいないが、傘は持ってきたよ。ばくちに使うカードにされていい迷惑じゃがの>
「え?道風師匠がいらっしゃってるんですか?」
行成はおどろいて周りを見ている。
<このものには、わしが見えないようでの。せめて寝てくれたら夢に出られるんじゃが>
<まあそれで、気づかないかと、紙を取り上げたり、筆にいたずらしたりしておったんだ。>
<いたずらじゃない!指導じゃ。このものの筆遣いはまだまだ、甘い。これで第一人者だとは、情けない。>
<墨を顔にかけるのはいたずらだと思うがの。>
道風と天神様はいろいろ言い争っているようだった。
「ああ、それで騒がしかったんだ。」
「それで、お二方はなぜここにいらっしゃるのですか。」
<そうであった。この者のもとに行った道風どのがな。怪異があって近づけないというので、来てみたら、変なものが憑いておってな。まあ、逃げて行ったけどな。>
<ところが、怪異が逃げた後、行成が寝ないのじゃ。で、書き続けちょるのじゃ。>
見ると、行成の周りには書き散らした紙が広がっている。晴明がその一枚を広げると
「『恨』ですか。」
「これは『呪』だよ。」
他にも「怨」「霊」「叉」など様々な文字が書かれている。
「ちょっと待ってください。」
晴明は行成の額に手を当て呪を誦えると、行成はばたりと倒れ、眠ってしまった。
<寝たの。>
<見事じゃ。道風殿、今の内じゃよ>
道風は、行成の頭に手を当てると、すーっと消えて行った。
「天神様は何か知ってるの?」
<ああ、怪異が暴れている件じゃろ。>
「将門さんの祟りって話だけど」
<そうでもないんだがのう。将門の魂はバラバラにされておってのう。それぞれ祀られておるから、問題はないんじゃ>
「じゃあ、今回の件と関係ないの?」
<いや、そこが問題での。一つにしないと力が足りんのじゃ。>
「封印の力ですか。」
<そうじゃ。もともと将門の魂は、異界の門を封印する力を持つ神のものだったんじゃ。それが人の世に出て、バラバラになって封印する力が足りんのじゃ。>
「悪霊ではないんですね。」
<わしも死んだあとは、恨みで悪霊とされたが、その後、天神様として祭られたんで、人には危害が加えられん、もうその気もないけどな。今じゃ、学問の神様にされてるのが、なんかこそばゆいがの。>
「ということは、将門さんも神様になってるのね。」
<そうなんじゃが、異界の門は一つに集めんと封印する力が足りんのよ。>
「なるほど、それでは、将門公の魂を集める必要があるんですね。」
「でもなんで、バラバラになったの。」
<それは自分でやったんだろうよ。それが一番の祟りになるからのう。それで他の悪霊や妖怪まで元気になって、異界の門の力が弱まったんじゃ。>
「それでは、門を閉じるには、この玉が必要ですよね。」
晴明は懐から、七条河原で拾った2つの玉を取り出した。
<ああ、その中に将門の魂が封印されておる。>
「これには中に星が入っていて、こちらが4つ、こちらが2つ。これは意味があるのですか。」
<これはな、恕羅魂玉と言ってな。7つ集める必要があるんじゃ。>
「やはり7つですか。金時殿の直観は当たってますね。」
「あと5つはどこにあるの?」
<それはよくわからんのじゃ。まあ、そうじゃの、まずは伝説があるところが怪しいのう。伝説や言い伝えには根拠があることが多いものじゃ。>
「伝説って、歌詠んだら笑って消えたとか、射落としたとか、飛んで行ったとかあるよ。」
「関東まで行く必要もありますね。まああちらが本拠ですからね。」
<7つ揃わなけらば効果がないのでな。信頼できるもので手分けすることが肝心じゃな。おお、わしはそろそろ帰らねばならぬようじゃ。また会おう。>
「天神様ありがとうね。業平様にもよろしくね。」
天神様は片手を軽く上げると、にっこり笑って消えて行った。
「この行成殿の書いたものはもらっていきましょう。」
「価値高いもんね。」
「いえ、それだけじゃありませんよ。」
あの花札の人です。