歌の心
おじいさんのありがた~い おはなし。
「晴明さ~ん、開けて!」
小式部が言うと、門がすーっと開いた。
屋敷から、小僧が 一人出てきた。
「師匠は、忙しいんです。小娘は帰りなさい。」
「あなた、もとは 紙きれのくせに えらそうに、いつもいつも!」
「晴明さ~ん!」
「ああ、小式部さんですか。どうしました?」
「パパから玉のこと聞いたわ。」
「封印の玉ですね。」
「さがしに行くんでしょ。」
「どこにあるのか、何個必要なのか、全くわからないんですよ。」
「占ったの?」
「そうですね。やってみましょう。」
晴明は占いをはじめたが、苦しそうな表情になり、
「東の方角というのは分かるんですが……。」
とまで言うと、手を止めた。
「何かに妨害されているようですね。」
「さすが最強怨霊ね。やっぱり東って関東?」
「まあ、縁のある場所ですから、確実に数か所はありますね。」
ふと、晴明は、机においていた手紙に目を止めると
「そうでした。頼光殿から、行成殿の様子を見てきてほしいと言われていました。」
「今、あの書体が都で大ブレーク中の行成さん?」
「ええ、部屋にこもったまま出てこないそうなんですよ。」
「わたしもついていくわ。」
「そうですね。危険はないと思います。」
そういうわけで、二人は藤原行成邸まで、様子を見に行くことにした。
その頃、藤原公任邸を訪れた教通は、公任と面会していた。
「おお、教通殿。今日はどうされた。」
「歌の心というものを学びたいのです。」
「ほう、歌の心とな。」
公任の傍らにある脇机には、たくさんの手紙が積まれていた。それを見ながら
「毎日のように、歌集に使ってくれと、歌が届くんじゃ。」
「はあ、結構ありますね。」
「いや、これは今日届いた分じゃ。」
「そんなに来るんですか?」
「じゃがの。この中で秀歌というものは一つ二つあればいい方じゃ。で、まあ文句なしに良いもの、あとから読み直してみるもの、そのまま没のものと、分けるんじゃ。」
公任は、部屋の中にある3つの箱を指した。箱からあふれそうになっているのが没なのだろう。
「どのようなものが没になるんですか?」
「そうな。いろいろあるが、まとめていうと技巧と心のバランスかの。」
「バランス?」
「おれすごいだろうと技巧に走って、中身がない。思いを込めすぎて独りよがりになる。」
「技巧と心のバランスですか。」
「それにの。過去の名歌をそのまま取り込んでの、見た目は良いけど、ただの劣化コピー。うまい本歌取りというものは、そこに新しいテイストを加えるものじゃ。ほれ、これなんか、最悪じゃ。見た目のいいフレーズをつぎはぎしているだけじゃの。」
見せられて、教通は真っ赤になった。それは小式部に送った歌だった。
「なぜここに?」
「読むか?」
教通は、渡された手紙をてにとった。
ー滝の音は 関五にかかる ことなきや 名こそ流れて なほ聞こえけれー
「見事な本歌取りじゃ。わしの歌を使って、教通殿のことを心配しておる。」
小式部の女性らしい文字が、ぼうーっとにじんできた。
「歌の技巧と心、趣向、歌人の永遠の課題じゃ。みなそれで苦労するのだよ。」
「公任殿も?」
「ああ、わしも多くの駄作の上に人に見せられる歌があるよ。ただな天才は、その駄作を見せないものなんだよ。」
「なぜ?」
「天才であるためじゃよ。」
滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
という百人一首にある公任の和歌の本歌取りです。
滝の音(公任の教え)、関五(関白道長の五男=教通のこと)
公任様の教えは教通に与えられることはないのでしょうか。このままでは悪い評判が広がって
藤原一族の名折れとなりますよ。というような意味になります。