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喰界 -咆哮する遺骸の記憶-  作者: mutusimo
第1章 変異
8/14

人として

 生きている。


 その事実が、ライグに圧し掛かる。


 第二拠点が燃え落ちた夜、獣の咆哮と血飛沫に塗れながら、ただ生き延びた。


 意識の底で、水音のようなざわめきが響いていた。


 まぶたの裏が熱い。全身が重い。思考は深い泥の中に沈み、抜け出せない。


 「……っ……ああ……。」


 誰かを呼ぼうとするが、名前が出てこない。喉は焼けるように渇き、息を吸うたび肺が軋んだ。


 やがて、ぼんやりと僅かな光が差し込む。重たい瞼を押し上げると、そこには、木々のざわめきと、濁った空があった。


 見覚えのない場所。けれど、どこかで見たような色。


 ライグは、第2拠点の外に仰向けに倒れていた。


 腹部の裂傷からは血が滲み、防具のあちこちが裂け、罅が入っている。右手に握ったままだった太刀は刃の大半が欠けてしまい、鞘を失っていた。


 (……生きてる……?)


 呆然とする脳裏に、仲間たちの叫び声と、血に濡れた第二拠点の光景が過った。


 誰もいない。生存者はいない。


 ライグはひとりだった。


 ふらつく身体を起こし、灰まみれの大地を見下ろす。空に、細く赤い月が浮かんでいる。地面には、第二拠点で逃げ込んだ仲間たちの痕跡――乾きかけの血溜まり、砕けた武具、引き裂かれた衣服だけが残されていた。


 ライグは、何も言わなかった。泣きも叫びもしなかった。ただ、膝をつき、目を伏せ、静かに震えていた。


 何度も口の中で名前を呼んだ。だが、誰の名を呼んでも、返事はない。




 彼は「死に場所」を探すように歩き始めた。


 魔物の気配がする森へ、ふらふらと足を踏み入れる。


 水も食料もない。疲労も回復していない。


 ただ、獣に出会い、喰われて、すべて終わらせたかった。


 唸り声。木が軋む音。獣の気配が、すぐそこに迫っていた。


 だが、不思議なことに、戦闘になると――ライグの身体は、意志に先んじて動いていた。


 太刀を逆手に構え、左膝を軸に半身で転がる。地を蹴り、迫る猪型の突進を半歩で回避。太刀を振るった。


 反射だった。


 構えも狙いもない、ただの振り下ろし。それでも、刃は獣の横腹を裂いた。


 叫び声を上げた獣に追撃を入れようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


 (駄目だ、足が……。)


 斬り返すべき筋肉に力が入らない。それでも、肩を入れて強引に体勢を持ち直し、再び太刀を振るう。


 避ける、斬る、引く、受け流す――その繰り返し。呼吸が荒くなり、酸素が足りない。


 それでも、まだこの身体は、“生きよう”としていた。


(……なんで、俺は、生きてる。)


 その問いに答える者は、もういなかった。




 森の奥。焚き火すらない暗闇の中、ライグは枯れた木に背を預け、目を閉じた。


 服はもう原型を留めていなかった。傷に貼りついた血が乾いて剥がれかけ、背中の弾帯には、もう銃も弾も残っていない。


 寒さが骨に染みる。唇がひび割れ、傷口は化膿し始めていた。


 疲労、痛み、無力感。寝ることなどできなかった。


 時折、瞼の裏に“あの光景”が浮かぶ。


 第二拠点の崩壊。斥候たちの最期。泣き叫ぶ少年の声。


 そして――知性を持つ獣の、あの目。


 喰らった者を踏みにじり、あざ笑うように響かせる声。


「やめろ……やめてくれ……。」


 叫んでも、誰も答えない。音は闇に吸われるだけだった。


 その時だった。


 記憶の奥――ユウカが出陣前に声をかけてくれた。


『大丈夫。ライグが強いのは知ってる。』


 ルードが戦闘中に発破をかけてくれた。


『ライグ!お前ならできる!未来を繋ぐぞ!』


 逃避行の最中、少年から感謝の言葉を受け取った。


『絶対に、守ってくれるって……知ってた。』


 皆の言葉が、ふいに浮かんできた。


 その瞬間、胸の奥が熱くなった。


 焼けつくような苦しみではない。


 生きたいと、叫ぶような、確かな鼓動だった。


 ライグは、ゆっくりと震える手で砕けかけの太刀を掴んだ。


 目に力が戻る。


 誰も守れなかった。


 だが、まだ、誰かを守れるかもしれない。


(俺は……まだ、生きてる)


(終われねぇ。喰われたままじゃ、終われねぇ……!)


 膝をついたまま、拳を地面に叩きつける。


 その刹那。


 視界の端、森の中から赤い光が――にじむように、こちらへ迫ってきていた。


 ――敵だ。


 匂いでわかる。あれは、“喰うもの”だ。


 だが、不思議と恐怖はなかった。


「来いよ……次は、俺が……喰ってやる。」


 太刀を構える。


 まだ、死ねない。


 まだ、“喰い返して”ない。


ようやく、ライグの最強への道が開けました。

最期まで、どうぞよろしくお願いします!

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