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喰界 -咆哮する遺骸の記憶-  作者: mutusimo
第1章 変異
7/14

魔法の行使、私には届かない

作中、矛盾点があり、第2話を改稿しています。

先にそちらをご覧ください。

 術式地図の上の光点が揺れた。


 戦線から届く魔力反応の輝きが、不規則に瞬きながら弱まっていく。――消えていくのではない。ただ、疲弊しているのだ。


 ノア・シュミットは唇を結び、地図に指を添えた。魔力供給ラインが一部、緩やかに乱れている。


「北東第五戦線、右側。供給術式が不安定です。再接続、いきます。」


 前線後方に展開された支援陣地――そこは、防壁こそ張られているものの、簡易設営の布製テントと、術式接続用の装置、そして負傷者の仮設療養棟が並ぶのみの、極めて質素な空間だった。


 常時、冷却装置が淡く蒼白い霧を撒き散らし、「チリ……チリ……」と粒子を焼くような音を鳴らしている。


 この陣地には、私のような支援兵のほか、負傷兵の簡易収容所、修理班の仮設スペースがある。すべては“維持のための場”にすぎない。だが、戦線の維持においては、欠かせない場所でもある。


 私は術式地図の上に手を置き、震える指で、魔力供給のルートを繋ぎ直す。


 この地図には、脅威度A級魔獣の魔核が一基接続されている。


 本来は施設レベルの支援設備に使われる魔力源だが、今は私たち支援陣地の“命綱”になっている。


 魔核から魔力を供給する仕組みだ。この作業には、膨大な魔力と集中力を要する。供給術式は燃費が悪く、術者の出力に応じてこちらの消耗も増す。


 そして、術式構文にも限界がある。術式の線は擦り切れ、焦げ、最後には焼き切れる。


「供給、完了。次、東ラインの再接続……行きます。」


 私は魔力を持っている。数値で言えば、平均以上。しかし、私の中で“閉ざされて”いる。


 それでも、術式を動かすことはできる。誰かを繋ぐ“媒介”にはなれる。


「第五戦線、光度低下! 術者の生命反応が揺れてる!」


 隣の支援兵――ロジアが叫ぶ。


 私は咄嗟に術式の右端を指で押さえ、接続中だったラインを切り替え、南東の術者に仮接続を行う。


 それでも、限界は近い。


「地図、構文第六層、限界間近……次で焼き切れる……!」


 私は術式の中に残された微細な迂回ルートを探し、なんとか一手だけ継ぎ足す。


 焼き焦げた部分を避け、術式の線を継ぎ足すのは――命を繋ぐような感覚だった。


 術式盤に表示される“味方の光点”――それは、術者本人の魔力応答と、生命活動の安定度を複合して示すもの。


 今、そこかしこの光が、不規則に揺れていた。


 それは、疲労。消耗。呼吸の乱れ。戦闘によって削られ続ける命の、微かな灯火。


「……皆、限界だよね……。」


 思わず独りごちると、ロジアが冷却装置の調整をしながらつぶやいた。


「限界なんて、とっくに越えてる。けど、それでも戦ってる。あの人たちは、そういう連中だ。」


 彼女の言葉を聞きながら、私は地図を見つめ続けた。


「ノア、ありがとう! 助かった!」


 前線から飛んできた通信魔法に、私はようやく肩を落とす。


 その声の主――レオニス中尉は、魔術師部隊の最古参。


 燃焼魔法エルグ・バーンを操り、脅威度Sの個体を単騎で退けたこともある術士だ。


 だが、その彼の光点も、今は滲み、ちらついている。


 魔力の流れが途切れるたび、誰かが喰われる未来がちらつく。


「あと一刻もすれば、術核が冷却に入るわ。次の魔核が届くまで、二十時間はかかる。」


 補助員の声が背後で響いた。


 その一基が尽きれば、術式地図は燃え尽き、供給は止まる。


 採取班が戻る保証はない。魔核を取るには命を懸けねばならないからだ。


「……それまでに術式が限界を迎えたら……。」


「限界迎える前に、こっちが壊れるさ。」


 ロジアが笑うように言った。


 誰もが薄々わかっている。私たちは、命を繋ぐ仕事をしているのではない。


 命を、支えるために少しずつ、削っているだけだ。


 それでも、私は――


「ノア。今の再接続、見事だったよ。」


 支援兵のひとりがそう言ったとき、私は目の奥がじんと熱くなるのを感じた。


 何もできない。けれど、ここにいることで、救える命がある。そう信じたいだけだった。


 その時、地図の一角で、ひときわ濃い青の光が瞬いた。


 ある術者が、高出力の魔法を展開しようとしている。


 魔力の圧力が地図を通じて、私の指を焼く。


 全身が震える。背中が汗で濡れていく。


 私には魔法を“行使”することはできない。


 でも、ここで繋ぐことなら――まだできる。


「繋ぐよ。私は――」


 誰かの命が、喰われてしまう前に。


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