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喰界 -咆哮する遺骸の記憶-  作者: mutusimo
第1章 変異
3/14

崩れる境界

 ユウカが喰われたのは、昼過ぎだった。

 巡回・食料調達・物資回収の任務は中途半端だったが、陽が傾きかけ、これ以上の続行は危険だと判断し、村へ帰還を始めていた。


 ——あの瞬間は、脳の奥底にこびりついたままだった。

 ——心臓の鼓動が耳の奥に響く。

 ——ユウカの叫びと、肉が裂けた音が、その鼓動と交じり合う。


 村は森を抜けた小高い丘にあった。

 古の時代に使われていたという物資運搬路のトンネル、石造りのアーチと奥へ続く大通路。その中に、彼らの村は築かれている。


 洞窟を繋げ、トンネルの上へと続く多層構造の拠点。

 外敵を拒むため、侵入しづらく幾重にも枝分かれした通路。

 トンネル外部から内部へ執念と言えるほどの防衛設備も築き上げ、外から隠された避難経路も整備されていた。


 “難攻不落の村”——そう呼ばれていた。


 しかし、ライグ隊が麓にたどり着いた時、トンネル内部にまで異形の群れが侵入しているのが見えた。


「くそ……なんだあの規模は……!」


 奥へ進むごとに、空気が変わる。

 生温く、血と汗が混じったような異臭が鼻腔を突いた。

 

 獣たちは、百を超えていた。


 これまでにも、五十体を超える襲撃はあった。だが、今回の群れは桁が違った。


 突進を繰り返し牙で貫く猪型。異常な跳躍力で翻弄し爪で切り裂く猿型。異常な程の硬度を持つ甲殻と、桁外れの咬合力を持つ亀型。それらが混成した群れだった。


 総合脅威度は、恐らくSに届く。


 防衛設備の落とし穴は既に機能を停止していた。

 本来、斥候部隊がトンネル外部に掘られた落とし穴へ誘導し、穴の中へ仕掛けられた杭で串刺しにする。


 だが、今回はあまりに数が多く、穴を埋め尽くしてしまった。

 通行用の安全ルートも関係なく、獣の進行が加速している。


 トンネル内部から、銃声と獣の咆哮がこだましていた。


「ライグ、こっちだ! 援護する! 全力で駆け抜けてこい!」


 獣を背後から強襲している最中、声に導かれ内部に視線を向ける。

 本隊の隊員が、石積みの遮蔽壁で応戦していた。


 味方の援護を信じ、すれ違う獣を切り捨て、銃撃により牽制しながら合流する。


 斥候隊は五人編成。二部隊がトンネル内部へ展開し、本隊の援護をしていた。

 主戦力である本隊は十人編成。トンネル入口へ展開し、獣共の苛烈な攻勢を押し止めていた。


 現状保有する、すべての戦力の展開。これは“最悪の戦い”を意味していた。


「格子門が突破された! 左の通路から回り込まれるぞ!」


 怒号が飛ぶ。

 トンネル入り口に設置された侵入阻止用の鉄格子は、獣の力で歪み突破されていた。


「火を使うな! 避難路に煙が回るぞ!」


 炎幕罠も、追い詰められた今となっては使えない。

 避難通路を煙で充満させるわけにはいかなかった。


 本隊へ合流し、手早く情報交換を済ませる。


「落石は!」


「一度使った! もう溜めが間に合わねぇ!」


「ユウカは……ユウカはどうした!?」


 背中合わせになった本隊のリーダーが問う。


 ライグは答えず、目の前の亀型の眉間を太刀でかち割る。

 太刀を振るい間合いを制し、跳躍してきた猿型を半歩で回避、バランスを崩したところへ頭部を踏みつけ首へ突き刺す。


「ユウカは……喰われた。」


 短く答えた。

 その一言で、誰も何も言わなくなった。


 音を失ったのは会話だけで、周囲はなおもうるさかった。

 咆哮、衝突音、血の匂い。火薬の炸裂音。


 この村で誰かを失うことは、“世界がひとつ減る”ようなことだ。

 だからこそ、守ってきた。

 なのに、こうして、守れなかった。


 ライグは太刀を右手へ、リロードを終えた銃を左手に構えた。

 両手に武器を携えるその姿は、村で彼一人だけだった。


 飛び込んでくる猪型を右に捌き、横っ腹へ銃弾を叩き込む。

 流れるように体を右回転させ、猿型の顎を太刀で切り裂く。


「11時方向、2体来るぞッ!」


 斥候隊員の声。

 ライグが滑り込むように隊員の横に出て、銃で援護射撃。

 すぐに太刀を逆手に持ち替え、突っ込んできた二体目の猪型を斬り伏せた。


「ライグ、戻れ! 無茶すぎる!」


「下がったら、後ろの奴らが喰われる!」


 喰われた瞬間のユウカの顔。

 仲間を庇って、倒れていった戦士たちの姿。

 太刀を振るたび、銃を撃つたび、その想いが全身を焼いた。


(喰われたままじゃ終われねぇ。俺が……全部、喰らってやる)


 気づけば、身体が熱を帯びていた。

 目が、鋭くなっていた。


 ——境界は、音もなく、崩れ始めていた。


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