魔法を使えない支援兵
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温かい目で見守ってください。。。
戦場は、五感を濁らせる。
耳に響くのは金属と咆哮の交錯。鼻を刺すのは焼けた血と焦げた骨の匂い。空は重く、灰色の雲の下で、今日も人は命を削っていた。
「――北東第五戦線、峡谷ラインに魔力反応、急増中。数値……通常時の1.9倍を記録。モンスターの波状攻撃、来ます」
私、ノア・シュミットは、支援部隊の一員として前線後方に展開された陣地で、術式地図を睨んでいた。
このラインが崩れれば、中央基地が側面から突かれる。既に防衛拠点のうち二箇所は落とされた。残る支部は四つ。中央を含めて、かろうじて六角形の陣を保っている。――**今だけは**、まだ。
私の手元には、魔力術式を埋め込んだ手書きの古い地図がある。地図を中心として、敵味方の魔力反応だけが光の点となって示される。地形が崩れたり、戦場を移動すれば、地図はすぐ無効になり、度重なる戦闘により何度も描き直されてぼろぼろになっていた。
修復する技術は失われた。風化した端末に記録された術式すら、もはや再現できない。旧時代の遺物を動かせる者などいないのだ。
「第四戦線、左斜面の陣が膨張しています。地形変化注意、後退を。」
私の言葉に、前線の魔術士が短く応答する。誰も余計な言葉は使わない。感情は、命を削るから。
魔法を使う者たちは、魔力を酷使しすぎると血を吐く。魔法の威力に耐え切れず、指が千切れ、閃光により目が潰れる。だが、それでも“撃つ”。この世界は、そうしなければ生きられないから。
私は魔力を持っている。数値は平均以上。だが、発動だけができない。
呪文を唱えても、0から構築しても、術式に魔力を通すことすらできない。
なぜかは分からない。誰も教えてくれない。ただ、“使えない”。それが私の全てだ。
「ノア、魔力供給ライン、切れてるぞ」
「……今、繋ぎ直します。三秒ください」
地図の上に指を滑らせる。新たな供給ラインを組む。陣地から味方の光点へと線をなぞりながら、魔力の流れを手動で再構築する。
魔力供給の術式は地図に付与されている。モンスターから取れる魔核を接続し、魔力の無い者でも術式行使できるように組まれている。
本来、自分自身の持つ魔力によって魔法は行使される。ただ、今回のような防衛線になるとそれだけでは足りない。陣地にある魔核から地図を通し、魔力が供給される仕組みとなっている。
だから、魔力供給に失敗すれば、仲間が死ぬ。私の目の前で、仲間が何人も倒れてきた。
前線の向こうでは、黒いモンスターたちが蠢いている。牙を剥き、咆哮をあげる。ただただ喰らうだけの、喰界の住人たち。
「供給ライン、再接続完了。次の一撃、撃てます。」
「了解。ノア、助かる。」
感情のこもらない短い言葉。それでも、私は少しだけ救われた。
支援部隊の私に、誰も期待はしていない。だが、“ここにいる”ことで守れる命があるなら、それでいい。
ふと、積まれた資材の中に紛れていた金属片に目が止まった。旧時代の部品。ほとんど風化し、原型も定かでないそれが、ほんの一瞬、光ったように見えた。
「……」
気のせいだ。動くはずがない。整備技術も術式構文も、誰も残していない。私には、触る資格もない。
ただ、なぜか、その光に、僅かな“意志”のようなものを感じた。
戦場は続いていた。
今日もまた、誰かが喰われる前に、誰かが生き延びなければならない。