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五十一:冬来たり


 ベッドにて目を覚ました俺は、もう「俺」の主導権を握り返していた。

 あれは一体なんなのだろうか。

 俺はなぜ、あんなものが体に巣食んでいたのか。



 疑問は絶えない。



 俺は、どうしようもない。



 俺をどうにかできるのは、俺しかいない。



 よって、あれも1人の俺なのである。

 最強への固執が俺に常におかしく、最早狂気の域を超えている。

 人を殺すことになんの躊躇いも感じず、一才の手の震えも起こらない。



 どうやら俺はすでに、人ではなくなったようだ。



……俺が覚えているのはここまでだ。


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 目を開ける。

 そこは、黒い空間だった。

「白……くない?」



「こんにちハ。そしテ、ようこソ。冥界ニ、ようこソ!」



「は?」



「おヤ?あなタは私の眷属でしョ?どうしましたカ?」

「……はぁ?」

 待てよ、つまり、こいつが……《悍ましき死を運ぶ者》……?



「はイ、その通りでス!」

「なぜ俺の考えていることをっ!?」

「そりゃあまァ、あなたの()()()ですからねェ!」



「……じゃあ、お前は、何を俺に望む。いや、俺に何をしようとしている」

「おォ!話が早くてよろしイ」



 この目の前の影……とにかく真っ黒で巨大な空間そのもの。

 影でかたどられた口が開き、言葉を吹きかける

「……あなタ、私に、なりませんカ?」

「えっと?」

「つまり、あなタ、《悍ましき死を運ぶもの》になってみませんか」



「俺は、強くなれるのか?」



「えぇ、もちろン」



 悪魔の囁き。

 天使の手を叩き、神に唾かける。

 邪神の誘いに乗る。



 何でもいい。



 今日から俺は《悍ましき死を運ぶ者》。



 ここで、夢の世界との接続が切れた。


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 自分の手が黒い。

 いや、視界に所々真っ黒な何かが混じっている気がする。



 起きて感じたのは、不思議な違和感。



 決してやってはいけないこと、人間として踏み越えてはならない一線を踏み越えてしまった気持ち。



 俺は……人間?

 俺は……人間?

 俺は……人間?



 何度も自分に問う。



 そして答える。

「ああ、俺、もう人間じゃないや」



 笑い声が聞こえる。



 死の鎌が手に現れた。

 決して壊れることのない、死を運ぶ鎌。

 体には黒いフード付きの服を着て、顔には尖った鼻の先が伸びたような白い面を被っている。

 手袋をつけ、瘴気が無闇に垂れ流れるのを防ぐ。



 額に当たる部分に熱を感じる。

 気づくとすでに面は顔に密着していた。



 ついに、俺は変わった。


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「うわぁ!」

 体がビクッとなって跳ねる。



 背中がそり、腰の方に鈍い痛みが走った。



 異様な高揚感は消え、残るのは虚しさだけ。

 様々なものが手からこぼれ落ちてしまったような気がしてならない。



 俺は顔を埋める、

 手で覆う。



 泣く。



 慟哭が部屋に響き渡る。



 俺は考え続ける。

 自分が行ってきたことを、ずっと、ぐるぐると。



 でも、もう後戻りはできない。

 色々としでかした。

 自分じゃないものの意思で行われた全てのこと。

 その全てを自分以外のせいにすることは許されない。



 自分のことは、自分で蹴りをつける。



 俺は、自分の体に浮かぶ紫色の紋様に気づくことはなかった。


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 外に出て空気を吸う。



 新鮮な空気が肺の中に入り……咽せた。

「ゴホッゴホっゴホっ!」

 なんだ、何が起きた!?



 周りにある新鮮な酸素が苦しい。



 二酸化炭素が欲しい。

 窒素が欲しい。

 硫化水素が欲しい。



 瘴気を吸い込みたい。

 生気は、いらない。



 気づくと手袋をつけていて。

 どうしようもなく外したくなって。



 手袋を外すと、黒いもやが自分の周囲を飛び回る。

「あぁ──気持ちいい」



 そして、ゾッとする。

 こんな得体の知れないものを吸って、多幸感を得てしまった自分がいることに。



 鉛のように重い足を引きずり、ようやく家の中に辿り着く。



 扉という扉を閉め、明かりを全て消し……俺は部屋の隅で膝を抱えた。



 俺は考えた。

 今からいいことをたくさんすれば、元に戻れるのではないのかと。



 俺は考えた。

 もう、俺は戻れないので、いっそ悪いことをたくさんしようと。



 1人の分身を作る。

 そこから姿を変え、ごく普通の一般人と変わらないように調整する。

「こいつらを他のパーティに入れて……壊滅させよ」



 俺は決めた。

 この世界を完全に悪に染めると。



 俺は膝を抱えたまま、完全な分身を作り、外に追いやる。



「誰かのところに入れてもらい、()()()()()

 分身はしばらく躊躇い──頷いた。



 俺はそれを確認すると、布団を被る。

 真っ暗闇が、気持ちいい。



 俺の居場所はここだったんだなと思わせられる。



 あれ?俺、最強になるんじゃなかったのか?

 そして気づく。



 最早、思考すらももう一人の俺に誘導されかけていることを。



 思い切り布団を振り払い、分身を追おうとしても、既にその姿は見当たらなかった。



 俺は、雄叫びをあげた。

 長く、強く。



 自分の中にある何かを吐き出そうとするかのように。

 嘘偽りに塗れたこの世を壊そうとするかのように。



 全てから解放されたいと願うかのように。



 視界が何度も暗転する。

 体の平衡感覚がなくなり、転ぶ。



 再び起き上がった時、もう既にそこに今までの俺はいなくて。

 「俺」という体を乗っ取ったもう1人の俺は、起き上がった。

 白い面をつけて。



 なので、ここから先に起こったことは全て俺が知り得ない情報だ。

 そう。

 星祈ナスメレ共和国の犯してしまった最大の過ちによる、最悪の結果。

 それを俺が知ることは、できなかった。



 それがいくら、大事なことだったとしても。


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side:政治用星人形(ゴーレム)



「ほぅ……これほどの豊かな資源を持っていたのに活用しないとは……勿体無い」

 私は荒れ果てた一面の大地を見て、そう溢した。



 実際勿体無い。

 希少価値の高いものから、一般生活で使うような重要な鉱物まで、ほぼありとあらゆる「石」が埋まっていたのだから。



 今、私は魔王城の中を散策している。

 いや、そこまでゆったりとしたものではない。

 いつ何かが飛び出してこないかと、緊張を持って探っている。

 だが、近くに《少女》を置いているため、そこまで恐怖はない。



 灰色の髪をした少女の目に生気はなく、不気味だが、星人形(ゴーレム)にそんな感情はない。



 ちょうど次の階層に行こうとする。

 と、大きな音──雷が落ちたような音が、魔王城の中に響いた。

 音の向きからして、おそらく玉座のあたりなのだろう。



 早く逃げなければ。



 おそらく、《王》達が、帰ってくる。



 さすれば、もう我々に命はない。



 視界が暗転する。

 目を開くと、そこには……《王》達がいた。

「……なあ……お前の……隣にいる……のは……誰だ?」

 疲弊し切ったような顔を浮かべている《王》もいれば、悲しみに暮れた顔を浮かべる《王》もいる。

 しかし、何より、目の前にいる《大罪王》からは、殺気しか感じなかった。



 私は、浅はかで、傲慢だった。

 そして、その傲慢さを埋め合わせてしまう兵器を作り上げてしまった。



「がはッ……」

 瞬間、《大罪王》の体にいくつもの穴が開く。

 再生するも、その瞬間破壊される。



 隣の《少女》の瞳からは、スキル発動による真っ黒な光がこぼれ落ち、地に落ちた。



 それは、涙のようだった。



 私はすぐさま御方を見つける。

 御方はゆっくりと歩み……私の頭部が吹き飛ばされた。



 《少女》の瞳が《幻奇王》の方を向く。

 そして、《幻奇王》の体の大部分が、消滅した。



 私の体の中から黒い手が伸び、頭部を掴んで元に戻す。

 誰かに命じられたかのように、私は《少女》を連れ、この魔王城から出た。



 もう、我々の歩みを止められる者はいない。

 私は部下に命じ、星祈ナスメレ共和国へ帰った。

 誰にも襲われずに。


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