五十:狗尾草が垂れている
俺は「諸刃の剣」を持って駆け、倒すべき俺にとっての「悪」の眼前まで迫る。
ふと俺はある事実に気付いた。
一瞬だけだけど……俺の周囲の時間が、止まった?
……その事実を認識した瞬間、身体中で歓喜が何度も何度も爆発する。
ああ、理解した。
俺は、光の速度を出したに違いない。
おぉ、神よ!
俺はついにお前らの住む神域に達したぞ!
おぉ、神よ——お前らの力はもう、お前らだけの力じゃないんだぞ!
——頭の中に映像が刷り込まれた気がした。
自分の体が一瞬でズタボロに切り裂かれる様子を。
咄嗟に後ろに1歩後退する。
誰も動けないはずの一瞬の世界で、サユノマサの攻撃が炸裂した。
「「超越鎌鼬」発動」
……なぜ、喋ることができる?
いや、そんなことどうでもいい。
今重要なのは、この時の止まっているはずの世界で発動された、全てのものを切り刻む「風」だ。
……絶好のチャンスなのに、迂闊に近づけない。
だが、俺は強く、そして賢い。
俺はすでに分身を、周囲に大量に撒き散らしている。
視界に、剣身が半分からポッキリと折れた「神之剣」が入った。
(んー、あれは放置でいっか)
とりあえず全ての分身に質量を持たせる。
そして各々が俺の「諸刃の剣」オリジナルのコピーを所持している。
——そもそもこの「諸刃の剣」は、姿形は両刃剣と変わらないが、なぜか自分も敵と同じくらいのダメージを負う代わりに、敵に抜群の効果を与える剣、だ。
なので、そう簡単には使いたくない……普通なら。
だが残念だ。
俺は何度も復活する。
お前らを、殺し尽くすまで。
そしてオリジナルのコピー。
これは自分に相手に与えたダメージの10倍の威力の攻撃を自分に返す、という、本当にいらないもの。
だがこれを使うのは誰だ?そう、俺ではなく、分身だ。
よって、この時点において、1人は確実に、殺せる。
——今の位置なら、《鼻》を殺せるな……いや、《耳》のほうがいいのかもしれない……やっぱり脅威で考えるのなら《鼻》か。
全ての分身が光速で剣を振り、地を目掛けて落とす。
ふとあることを思い出し、つい全ての分身をある人物にむけてしまった。
そして、その人物は死んだ。
2回目もまた、あっさりしたものだった。
『生物が1匹死亡したことを確認しました。名は、《耳》のロムルス・セィリタです』
『ここにおいて、さらに1日経過を宣言します。全員の能力を完全回復しました』
『今から3日目です』
『健闘をお祈りします』
時間が再び流れ始める。
そして皆は確認するだろう。
自分が死んでいないことを。
そして目を見開くことだろう。
《耳》が笑いながら真っ二つになっていることに。
……なぜ笑っている?お前はなぜ、笑っている?おい!俺の知らないことを知っているのか!おい!答えろ!
……そうだ、彼はもう、死んでいるのか。
なぁんだ!俺には関係のない話だったに違いない。
そう決め、この汚らしいモノを踏みつけ、踏み潰した。跡形もなく肉はひしゃげ、骨は確認できる範囲全てにおいて折れた。
「ふぅ〜、すっきりした」
……は?この言葉、俺が言ったのか?いや待て待て……今この体の主導権を握っているのは、誰だ?
空気が、湿ってきた。
「貴様……何といった?」
「あ゛?」
「貴様は何と言ったかと、聞いている」
《魔獣王》が「威圧」を飛ばしてくるも、俺には全く効果がないようだ。
「あぁ、そう言うことか……こんな雑魚でも、俺の気分をよくするために役立ってくれるんだな、って思ってな」
……待て待て待て、おい!おい!「俺」は誰だ!?違う、「俺」は俺だ……お前は誰だ!?出せ!ここから出せ!
「で、雑魚が吠えてどうした」
……やめろぉ!!やめてくれぇ!!
「死ね」
《魔獣王》の口にぽっかりと大きな空間が開く。
その空間を見通すことは不可能であり、何よりも絶対に関わってはいけない雰囲気がプンプンする。
……この思考は、誰の思考だ?俺の思考かあいつの思考か。いや、今はまだ俺の思考なのか……?
「ああ、お前がな」
「俺」は諸刃の剣を構え、《魔獣王》の口に向けて放った。
《魔獣王》はスキルを発動する。
「看破(覚醒)」が発動しました。「暴飲暴食」の発動を確認。「大きな口」の発動を確認。
「待て!《魔獣王》」
《不折王》が声を張り上げる……お前何もしてないだろう、この戦いで。
「死ね」
「ああ、そうか」
「俺」の投げた「諸刃の剣」。
《魔獣王》は「俺」が「諸刃の剣」を投げる直後にスキルを発動した。
口に含んでいた……仮に「暗黒空間」としよう。
「暗黒空間」を発射する。
この発射された「暗黒空間」は地面ごと抉りながら迫ってくる。
……ついには、「俺」の「諸刃の剣」に触れ、それを飲み込む。
……「俺」の体に激痛が走り、絶叫を上げかけた。
しかし、あの「暗黒空間」が跳ね返され、そして同時に全ての「領域」を抉りとったことを確認した……面白いほどに筋書き通りに話が進むなぁ。
後ろから迫っていた「俺」の分身が、《不折王》を貫いた。
「は?……ガぱっ」
《不折王》の背中に穴が開き、不説王は血を吐き出す。
《不折王》は、ここで消しておきたい。
彼の体に纏う「気」の所為で、「諸刃の剣」の威力が想像以上に減衰している。
だが、それでも、一撃が入り、ダメージを与えていることが確認できた。
つまり、不死身ではない。
「はは……は。おい貴様、感謝するッ!」
《不折王》が何かを呟いた。
……「俺」は不思議に思ったようだ。いまだにアナウンスが流れない。
そもせいで、《不折王》の呟きを聞き逃してしまった。
「看破(覚醒)」発動。「吸収」発動を確認。
「んあ?」
《不折王》は「俺」の「諸刃の剣」を自らの体内に吸収した。
彼の能力が、爆発的に上がった。
「ああ、そう」
だが、「俺」は何の反応も示さない。
そのまま「吸収」を発動している《不折王》に向けて折れた「神之剣」を投げた。
《不折王》はあろうことか、それを手で掴んだ。
ああ、愚かだ。
「じゃあな」
目を極限まで開いた《不折王》は、その場で蒸発して消えた。
《鼻》が《不折王》の方を向き、そして目撃したことだろう。
蒸発していく最中の《不折王》の脊椎を。
肉は一瞬で蒸気となり、骨も蒸気となり、吸収された栄養は全て自然へ返される様を。
「……」
《鼻》は、その場で固まる
「え……何これ」
彼女の言葉は、全てのものの気持ちを代弁していたことだろう。
『生物が1匹死亡したことを確認しました。名は、《不折王》のティタヌタインエイです』
『ここにおいて、最後の1日経過を宣言します。全員の能力を完全回復しました』
『ただいま生き残っている16名を予選通過者とします』
『お疲れ様でした』
しかし《不折王》に別れの挨拶を返す暇もなく、「システム」は「俺」達の予選通過を宣言する。
——そういえば、残りの生物はどこへ行ったのだろうか。
この思考を最後の記憶として、俺の意識はだんだん遠くなっていった。
——すぐに自分が漂っていることを確認する。
どうやらここは「思考の世界」らしい。
ふと気になってキョロキョロと辺りを見回すも、書いてあるのは文字の羅列ばかりだ。
そもそも空間自体は明るく白いため、特に何かが見えないと言うわけではない。
——ああ、これ、俺の思考か。さっき考えていたことが載っている。
「ようこそ、「思考の世界」へ」
変な場所にいきなり連れ込まれて、いきなり変な奴の声を聞く。
……いや、この声の主は……。
振り返る。
そして話しかける。
「ああ、久しぶりだな。サユノマサ」
「ああ、久しぶりだ」
記憶と変わらず彼女は美しく儚げだ。
しかし、彼女がとても強いことを俺は知っている。
ただ、残念ながら彼女は笑っていない。
「さあ、話し合いを始めようじゃないか。フール=リッシュエスタ」
「はは、嬉しい提案だ。サユノマサ」
狗尾草が垂れるように俺は頭を下げた。
一瞬の瞬きも許されぬ、緊張に満ちた空間が構築された。




